第二章 旅立ち・クリストフ


 ところどころ抉られた状態のまま荒れてひび割れた地面。乾いた土くれの上に転がっているのは錆びた鉄の塊だ。そして崩れ落ちた壁の一部。焼き払われて焦げた、何かの残骸。見回してみても周辺には生命の欠片もなかった。見渡す限り荒廃した土地。枯れ木一本、雑草すらも残っていない死の町――――だったのに。

「見ていてごらん」

 純白のローブを身に纏った老人が告げて、手にしていた杖を軽く振った。

「これが魔法だよ」

 ほんの一瞬。

 ただ、それだけで、その場所に生命が満ちた。

「……すごい」

 目の前に広がる緑の絨毯。色とりどりに咲いた草花。伸びた広葉樹の葉が陽射しにきらめいている。先程まで酷く乾いて埃っぽかった風がさわやかに吹き抜けていく。甦った植物たちの芽吹きによって。

 漂う甘い香り。風に舞う花弁。どこからともなく飛んできた小さな虫たち。

「魔法って、すごいね! 僕もやりたい。できるようになる?」

「学んでみたいかね?」

「うん!」

「だったらこの景色をようく覚えておきなさい。魔法にはさまざまなことができる。でもね、一番大切なことを忘れてはいけないよ。魔法は――――――」





「…………ス、クリス?」

 何度目かの呼びかけで、ようやく青年は回想の海に深く沈んでいた意識を取り戻し、長い睫毛を瞬かせた。

「ごめん、少しぼうっとしてた」

 そうだ。ここはまだエリスレア国際宇宙ステーションの出発ロビーにあるカフェの一角。長旅はこれからだというのに、感傷に浸るのは早すぎるかもしれない。

「疲れが出たんじゃないか? だから無理するなとあれほど言ったのに」

 いつも兄のように彼のことを気に掛けてくれる同僚のユリアンが心配そうに顔を覗き込んでくる。

「平気だよ。大丈夫」

「本当か?」

「うん。ただちょっと、いろいろ思い出しちゃって」

 苦笑する青年、クリス・ヴェランデルは去年の冬にもう二十歳を迎えたというのに男くささが乏しく、目鼻立ちの整った面にはまだ少年のような稚さを残している。癖のないさらりとした銀髪と淡いブルーの双眸が、なおさらそういう印象を抱かせるのかもしれない。

 背丈も170を少し超えたところで止まってしまった。おかげでアスリート並みに長身で恵まれた体格のユリアンと並んでいると、よけいに幼く映る。もっとも彼といると実年齢より下に見られがちなのは、単に顔立ちや身長のせいだけではない。

「……そっか」

 ユリアンの手がクリスの頭をよしよしとやさしく撫でた。まるで幼い弟にするように。

 その過保護ぶりはいつものことだが、クリスは密かに嘆息した。

(絶対最初に会った頃のまま、僕の印象止まってるよね……)


 ユリアン・アイレンベルクと最初に出会ったのは、クリスが養父に連れられてエルセ連邦国に移り住んだばかりの頃だ。あのときクリスは十歳。一方、養父に師事して魔法を学んでいたユリアンは十八歳。すでに大人と呼んでもいい年齢だった。人種も、育ってきた環境も異なる上に、それだけ歳が離れていると普通は会話も嚙み合わない。交流するのは難しいと思われるのだが、ユリアンは出会った当初からまるで群れの長が雛鳥を庇護するが如く、何くれとなく面倒を見てくれた。

 また、養父のダニエルを師と慕って集まってくる生徒たちに非常に可愛がられて育ったクリスだが、同時に、八つ当たりに等しい嫉妬や羨望、出自に関する蔑視や差別にも常に晒されてきた。そうした煩わしい出来事からできるだけ遠ざけ、守ってくれたのもユリアンだ。

 後に本人から聞いた話によると、どうやら幼くして亡くなった彼の実弟と似ているところがあるらしい。どこが、と尋ねても曖昧に笑って教えてもらえなかったので、あまり褒められたところではない部分なのだろう。

(おっとりしすぎだとか、人がよすぎるってよく言われるけど、僕からするとユリアンの方がよっぽどお人好しなのになぁ)

「ん?」

 目が合った途端、どうかしたかと腰を屈めて再び覗き込んでくる。

 すっきりと整えられたダークブラウンの短髪に落ち着いた濃紺の瞳。真面目で堅実な人柄を表す風貌に浮かんだ朗らかな笑み。

(本当に、良い人なんだけど)

「毎度毎度、過保護すぎるってよ、オニイチャン」

 隣の席でコーヒーを飲んでいた男に茶化されて、ユリアンの眦がぴくりと吊り上がった。

「テオ……てめぇ」

「テオドールさん、な」

 ゆるくウェーブのかかった濃い金髪に切れ長の翠眼グリーンアイ。やや厚みがあり色気を感じさせる唇。少し崩れた感じの二枚目は艶のある声で呼び方を訂正したが、横やりに気分を害した同僚には通じなかった。

「年上でも同期なんだから敬称は必要ない。実績は俺の方が上だしな」

「おや、そうだっけ?」

「なんだ、そんなことも覚えていられないほど失恋がショックだったのか。聞いたよ、オペレーションセンターの噂の美女に振られんだって?」

「フッ、まさか。連敗記録更新中のおまえじゃあるまいし。こっちからサヨナラしたに決まってるだろう」

「ああ!? 誰が誰に連敗してるって?」

「いやぁ、単なる噂だけどねぇ」

 面白がってユリアンを挑発しているのはテオドール・ランベルティ、三十二歳。明るく社交的な性格だが、女好きで手が早いのでユリアンには軽佻浮薄と断じられている。

 当然ながら正反対の性格をしている二人は水と油だ。

「あの…………二人とも、リュカがすごく冷たい目で見てる」

 クリスがおずおずとした口調で告げると、ようやく二人はハタと我に返った。だが、時すでに遅し。ボックス席に腰かけているもう一人の同僚、リュカ・ファリエールは天使のごとき容貌に怒りの青筋をくっきり浮かべた冷たい笑顔で席を立った。

「さぁクリス、そろそろ時間だから行こうか。カフェで騒ぐような恥ずかしいオッサンたちは仕事の邪魔だから置いていこう」

「オッサン……」

 二人同時に致命傷を食らったようで、テオもユリアンもテーブルに突っ伏している。

「いや待て、俺はまだ二十代だぞ」

 ユリアンがなんとか抗ってみせたが、

「心はもうオッサンでしょ」

「うぐっ……」

 二十歳の若者に容赦なく切り捨てられた。リュカはクリスと同い年なのだ。そしてクルクルとした巻き毛のハニーブロンドに空色の瞳を持つ彼は、甘く可愛らしい容姿のわりに辛辣な物言いをする大変勝気な青年なのである。

「はいはい、ごめんよ。おじさんたちも一緒に行くから見捨てないで」

「一括りにするな」

 年長者二人はまだぶつぶつ言いながらも降参して席を立った。

 隣の席で話し込んでいる女性たちの声が偶然聞こえてきたのは、そのときだ。


「ねぇ、そういえば聞いた? 今広場でやってるガルディアの開通式、アカデミーのお偉いさんが参加してるんだって」

「えっ、例の天才魔法学者?」

「たぶんそうじゃないかなぁ。SNSでも話題になってたよ」

「だとしたら、ちょっと見てみたいかな。どんな人なんだろうね」

「すっごく偉そうなおじさんか、ヨボヨボのおじいさんじゃない?」

「えーっ、そんなの嫌だぁ」


 店の外へと歩き出しながら、リュカがくすりと口の端を綻ばせた。

「残念、ハズレ」

 口の中で小さくつぶやいたその一言に、隣を歩くテオがやはり小声で返す。

「まぁ式典で挨拶するのは偉そうなおじさんだけどね」

「確かに」

 セレモニーに参列するため特別控室に通された人物の顔を思い出して、四人全員が小さく笑った。

 全員私服で特徴的な白いローブを纏っていないため、傍目にはそれとは分からないが、彼らは今日開通式を迎える魔力推進型超高速銀河鉄道MGT77、通称ガルディアの関係者。つまり七年前に魔法協会が連邦政府に働きかけて設立された魔法科学技術アカデミーに在籍している魔法師のメンバーだ。

 忘れ去られた文明と共に、一度は滅んだはずの秘術――――魔法。大魔法使いオースティンがその技を復活させ、戦争を経て世間一般にも魔法が広く認知されるようになった頃、もう一人の天才によって魔法は新たな進化を遂げた。

 魔法と科学の融合、魔法科学の誕生である。


 元々魔法とは人々を魅了する便利で不可思議な事象の変化でしかなかったが、次第に広まってくると人知を超えた『軍事力』として重用される傾向が生じた。特に、軍事国家アルメトリア側とエルセ連邦国を中心とした連合側の戦争がそれに拍車をかけた。戦艦の保有数などで戦力的に劣る連合側が戦局をひっくり返すきっかけとなったのが、敵の橋頭堡である小惑星宙域に築かれた秘密基地を叩いた極秘作戦だ。その戦いで最も戦果を挙げたのが魔法を使う者たちだった。科学による武力だけでは不可能な戦略で、戦いに勝利したのだ。

 その結果、各国が新戦力として魔法使いを多く雇用し、独自の育成機関を設けるようになった。そうした需要の増加を世間は比較的歓迎したが、魔法使いたちの頂点であるオースティンはそれを良しとはしなかった。

 彼は弟子たちに語った。

『かつて大勢いた魔法使いたちが滅び、秘術が失われたのはおそらく力を持ちすぎたことが原因だ。強すぎる力はいずれ恐怖となる。持たざる者が大多数である場合、その差は軋轢となり、分断を生む。結果として過去の魔法使いたちは排除すべき存在として魔女狩りで追われ、英雄たちの手によって魔王として滅ぼされたのだろう』

 それが長年魔法の歴史を探り、調査と研究を続けてきた彼が導き出した結論だ。

『我々は決して同じ轍を踏んではならない。為政者たちの道具になってはいけない。世界を滅ぼす魔王になってもいけない。恐怖の対象ではなく、癒しや喜びを与える存在になるべきだ。それこそが我ら魔法使いが生き残っていく最善の道と心得よ』

 終戦後、彼の呼びかけにより魔法協会が設立された。

 オースティンの言葉に懐疑的な者もいたようだが、多くはそれに従い、人々の暮らしを改善したりサポートする方向で魔法を使用する者、開発する者が増えていった。その中で、特に才を発揮したのがクリスを中心としたオースティンの愛弟子たちだ。


 現在、魔法協会に認定されている魔法使いは全宇宙でおよそ十七万人。そのうち約半数の九万五千人がエルセ連邦国内に在籍している。認定資格を持つ者たちはそれぞれの能力によってC級、B級、A級、S級の四段階にわかれており、試験結果と実績によって昇格が可能である。また、それとは別に魔法科学という分野を得意とする者、研究を志す者は等級に関わらず魔法科学技術アカデミーの会員として登録され、魔法科学技術者の育成や研究プロジェクトの支援などの業務を行っている。

 魔法研究の中でも科学に特化した新分野であること、発足からまだ七年しか経っていないことなどから登録されているメンバーは八千人ほどしかおらず、そのほとんどが若手だが、優秀な人材が多い。アカデミー会員の大半が、認定者九万五千人のうちの一割しか存在しないA級資格を有しているのがその証拠だろう。

 むろんユリアンたちも例に漏れない。

 全宇宙に数多いる魔法使いたちの中枢、トップエリート集団。それが彼らアカデミー所属の魔法師だ。

 おかげでここ数年、魔法を起点とした科学技術の発展は目覚ましく、連合本部からの依頼を受けた新規プロジェクトが引きも切らない。そして、その成果の最たるものが、今日この日に開通する銀河鉄道なのである。


「ところでクリス、今さらだけど、どうしてあの形にしたの?」

 リュカに問われたクリスは歩きながら少し小首を傾げた。

「……あの形?」

「機関車ってヤツ」

「それはもちろん、最小のエネルギーで機体を前進させるための魔法式の設置にあのレールの形状が適していたからで」

「じゃなくて、なぜ船じゃなくて列車なのかってこと。キャパの制限はあるにしても、形そのものは大型飛行船でも別に構わなかったはずでしょ。問題はエネルギーの供給と循環方法なんだから」

「それは…………僕が宇宙船にあまり良いイメージを抱いていないせいかも」

 クリスは俯き、表情を曇らせた。

 戦乱から逃れ、祖国を飛び立った船で長い長い旅をした。奇跡的に生き延びることができたけれど、確率はかなり低かったはずだ。だから今でも宇宙船にはあまり乗りたくない。

「それに、発掘された昔の記録デバイスに収められていた映像を先生に見せてもらったことがあるんだ。重力のある地上を火力エネルギーで突き進んでいく鉄の塊がものすごく力強くて、格好よかった。長距離移動の手段を持たない人々が、新しい時代を切り開くために当時の技術の粋を集めて造り上げた乗り物なんだって思えた」

「……なるほどね」


 話しながら進んでいた彼らの目が、ちょうど今ターミナルの中央広場にて行われているセレモニーを捉えた。臨時で設置されたステージに立っているのはおそらく宇宙ステーションの担当者とPR活動に関わったスタッフやタレント、司会進行役の人間だろう。それに向き合う形で座っているのは、政府関係者と大勢の招待客。周囲をぐるりと囲んでいるのが報道関係と警備担当者。

 クリスたちが所属している魔法科学技術アカデミーの現会長であるエーリッヒ・シュティルナーも来賓として最前列の中央に腰かけていた。プラチナの髪をきっちりと撫でつけ、高い鷲鼻と鋭い眼光を持ち、五十代とは思えぬ肩幅の広いがっしりとした体躯に白いローブを纏っている。座しているだけでも威圧感があり、押し出しが良い。その両脇を固めているのは護衛役のA級魔法師だ。

「おーおー、物々しいねぇ……魔法攻撃と物理攻撃、両方のSPが360度完全防御態勢じゃねぇか」

 ぼそりとつぶやいたユリアンにテオドールが答える。

「政府のお偉いさんが来てるからな。俺たちのボスにはどっちの攻撃も通用しないだろうけど。あの人、物理攻撃の対処も相当場数踏んでるから」

「戦場上がりだって聞きましたよ。それでよく会長に指名されましたね。アカデミーの理念とは真逆そうなタイプなのに」

 怪訝そうなリュカの様子に、テオはユリアンと軽く目配せをしたものの特に反論はせず頷いて見せた。

「そうだな」

「まぁそういう意見があるのも事実だけど、もともと創立メンバーの一人だから」

 代わりにユリアンが取りなすように言葉を継ぐ。

「それに連邦の狸たちとの腹の探り合いなんて、若手には荷が重いだろ」

「そうそう。円滑な組織運営には人心掌握に長けた年長者が必要不可欠なんだよ。何しろ我がアカデミーの名誉会長にして、わずか十一人しか存在しない魔法協会認定のS級魔法師様がこの頼りなさだからなぁ」

 テオのセリフから一拍の後、彼を含めた仲間たち三人の視線がクリスに注がれる。

「…………」

「………………え!? 僕、頼りない?」

 残念ながら、返ってくる答えはなかった。




 セレモニーが行われている中央広場を抜け、専用のゲートを通って搭乗口へと向かった面々は、停車しているガルディアをそれぞれ満足気な面持ちで見上げたあと、車内へと乗り込んだ。

 列車型とはいえ、大型宇宙船の代わりに長距離を定期運行する予定の機体だ。収容人数もそれなりでなければならない。一車輌の内部は三層に分かれており、個室の他にもカフェやレストラン、フリースペースのラウンジなどの共用部が併設されている。全十一車輌のうち、二車輌が一等室、三車輌が二等、残り六車輌が三等に振り分けられており、等数によって設備が異なっているのも大型客船と変わらない。

 今回、関係者である魔法師たちには一等車輛の部屋が与えられていた。リュカとクリス、テオとユリアンがそれぞれ同室の二人部屋だ。

「うん、やっぱり最低でもこのぐらいの広さはないとね」

 貴族出身のリュカが室内をざっと見回してつぶやいた。二つ並んだ寝台の他に豪華なソファーセット、壁際には小さめだが書斎スペースもある。クローゼットに簡易キッチン、バストイレに洗面台付きだ。ちなみに二等個室に設置されているのは寝台と簡易ソファーセット、洗面台とトイレ、シャワースペース。三等は寝台に小テーブルと椅子、洗面台のみでトイレやシャワーは共用しかない。

 しかし目的地によっては半日後、もしくは翌日には到着するので個室を利用しない乗客には三等車輌の最下層に広めのボックス席が用意されている。当然、座席のみの乗客も車輌内にあるレストランやラウンジは利用可能だ。

「僕らはミラのエメラルド・ポートまで行くんだから、狭いと息が詰まっちゃうよ」

 そう言いながら、さっさと自分の荷物を広げ始めた。

 彼らは終点のケートス銀河まで赴き、運行管理センターを実際に視察した後、今後の路線拡張を見据えた周辺視察を行う予定なのだが、それぞれが抱えている別の仕事もある。移動中は自由行動を認められてはいるものの、そうそうのんびりと豪華旅行をしゃれ込むわけにはいかないだろう。

「そうかな。僕はむしろ広すぎるぐらいだと思うけど」

「またまた。クリスだって移動中にもやることいっぱいあるだろ? 確か新しい論文を作成中だって」

「あ、それはもう終わった」

「……相変わらず早いな」

「代わりに、ポータブル式転送デバイスの新開発について相談を受けているから、それについて少し調べなきゃならないけど」

「……相変わらず忙しいな」

 そんな会話を交わしている間に車内アナウンスが流れた。


『乗客の皆様にお知らせいたします。これより当列車はケートス銀河γ7カルア公国惑星ミラに向けて出発いたします。途中の停車駅はエルセ連邦国惑星マーディン、ドラーコβ宙域ベルツ共和国惑星ラスタバン、ラクトア星団ルフェーブル合衆国、インテルクルース星団惑星国家アルカス、アプソルート宙域バラーク自由連合惑星マクロプロス、α座宙域タルナート共和国惑星ザインブルク、ミザール星団アルゴス王国惑星メイオールに停まります。終点到着は五日後の正午を予定しております。それでは間もなくエリスレア国際宇宙ステーションを発車いたします』


 アナウンスが示す通り、この列車は連合の主要国を巡ってケートス銀河まで移動する。通常ならば超高速艇でも数年単位、亜空間移動を利用しても半月近くはかかる行程だ。それをわずか五日間で可能にしたのである。快挙という他ない。

「お、いよいよ出発。と言っても音も振動もないから、特に何も感じないんだけど」

 リュカの言葉にそんなことないよと返したクリスは、窓辺に歩み寄り、真空の宇宙の暗闇にスルスルと伸びていく銀色のレールを目にして胸を高鳴らせた。

(ああ、いよいよだ……)

 進路上の座標には、列車が近づくと発動する魔法の刻印が一定間隔ごとに刻まれている。それが『宇宙空間に敷かれたレール』だ。その上を通過することで列車内部で発動する魔法と、レール上の刻印魔法が反応することでエネルギーが循環し、車体を牽引する仕組みになっている。

 列車が通過する前後のわずかな時間だけ発動し、光る魔法が虚空の闇に浮かび上がる。

 その光景は色のない廃墟を一瞬にして美しい緑に替えたあの日の魔法と同じように、見る者の心を惹きつけるに違いない。


『一番大切なことを忘れてはいけないよ』

 養父として自分を育ててくれた恩師の言葉が、脳裏に甦る。

『魔法は人を幸せにするためにある。どんなときも、それだけは覚えておきなさい』


 発車の合図が鳴り響いた。

 宇宙空間に現れては消えていく線路の上を銀河鉄道ガルディアが走り出す。

(やっと叶った。とうとう行くんだ、この銀河鉄道で……僕は…………あの星へ)

 虚空を見つめる青年の眼差しが潤んだ。

(やりましたよ、先生)




 クリストフ・ヴェランデル・オースティン、二十歳。

 決意の日から十年目の春――――――仲間と共に、恩師の故郷を旅立った。




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