目に見えない世界

アンリ

第一章

(登場人物)


藤原七海(ふじわらななみ)

魔法学園の教師。

生徒や教師からは変わり者で通っている。

見た目は20代前半の女性だが実は……。


青山透(あおやまとおる)

魔法学園の生徒。

14歳の時に魔力を暴走させ、故郷の山奥の集落を崩壊させる。

それ以来、自分は償いのための人生を歩まないといけないと思っている。


山田太郎(やまだたろう)

魔法学園の教師。

孤立しがちな透を気遣う優しい教師に見えるが……。


七海「では、授業を始めようか」


透「先生、さっそくどんな魔法を教えてくれるんですか?」


七海「……魔法?」


透「はい、魔法です」


七海「君は私が魔法を教えるとでも?」


透「え?違うんですか?」


七海「私の専門は呪文や技法ではなく、知識方面だが?」


透「え…………」


七海「もしかして、何も知らずに私の講義を受けに来たのかい?」


透「……もうここしかないんです。他の先生は、何も教えてくれないので」


七海「ふむ。見たところ、君は魔力は他の生徒以上、ただし知識も技術も皆無と見た」


透「……あるわけないじゃないですか。頼み込んでも、誰も教えてくれなかったんですから」


七海「なら、まず基礎から学ぶべきではないか?」


透「そんな暇ないです!」


七海「そんな暇?」


透「私は魔力の暴走で故郷を失い、いまだにその罪を償えてない。基礎なんて学んでる暇ないです!」


七海「ほう?基礎を学ばずに何を学ぼうというのかね?」


透「今すぐに実践できる魔法を早く使いたいです。基礎なんて役に立たない。そんな意味のない基礎知識や初級魔法、学んでるなんて時間の無駄です!」


七海「ほう。君、自分が言っていることの意味、わかってるかい?」


透「何が言いたいんです?」


七海「君が言っていることは、文字の読めない子供に意味を理解せずに本に書いてあるそのことを実行しろと言っているのと同じさ」


透「……は?」


七海「できるのかい?」


透「できませんけど、関係ない話じゃないですか?」


七海「君は中学生のときにここに来たと聞いたが、今すぐ大学入試の過去問を全問正解しろと言われてできるのかい?」


透「……できませんけど。さっきから話に関係ないこと言って。本当は他の先生と同じで理由つけて面倒だから教える気ないだけじゃないですか?」


七海「だから、何も知らないのにいきなり魔法を学ぶことはできないと……」


透「もういいです。他を当たります。変わり者って言われてる先生ならもしかしたら教えてくれるって思ってましたけど、期待外れでした。失礼します」


七海「……はあ。噂通りの問題児だ。しかし、それでこそ、教育の甲斐があるってもんだ」




透「もう……何なの……なんでなわけ?私に基礎を学んでる時間ないってのに」


太郎「おや?君は、青山くんじゃないか」


透「……えっと、どなたでしたっけ?見覚えはあるんですけど」


太郎「まったく、君は毎回同じことを言うねえ。山田だよ、この学園の教師の」


透「……ああ、そうでしたね。興味がないので忘れてました」


太郎「それも前回同じこと言ってたよ。興味がなくても覚えてほしいな」


透「無理ですよ。基礎しか教えようとしない先生なんて、興味ないので」


太郎「……たしか、今度は藤原先生の講義を受けてみたと聞いたが?」


透「ええ。無駄でしたけどね。結局教師ってめんどくさがりなんですか?それとも、知らないのを誤魔化してるんですか?」


太郎「何をだい?」


透「魔法ですよ!私は故郷で犯した罪を償うために生きてるんです!そもそも、償うことができないなら私に生きてる資格ありません!」


太郎「そんなことは……」


透「あるんです!いくら規模の小さい集落だったとはいえ、私のせいで数十人が亡くなってんです!だから……」


太郎「……今すぐ魔法を覚えたいかい?」


透「基礎みたいな意味ない魔法じゃダメです」


太郎「君にとって意味のある魔法は?」


透「みんなを救える魔法。……可能なら、亡くなった人を生き返らせる魔法」


太郎「…………あるよ」


透「!?」


太郎「あるけども、代償がある」


透「構いません!教えてください!私は、できることなら私の故郷の人を生き返らせたい!」


太郎「なら、今夜藤原先生の私室に忍び込んで、とあるものを盗ってくるんだ」


透「…………え?」


太郎「ネクロノミコン。この世界にかつて存在した大魔法使いが書いた奇跡の魔導書だ。それなら、人を生き返らせることも可能だ」


透「なんでそんなものを藤原先生が……」


太郎「あの先生はこの学園の禁書を盗んで持っているんだ。そして、自分の実力ではなくあの禁書の力だけで、この学園の教師となった。この事実を僕は最近突き止めたんだが、残念ながら現状提出できる証拠が足らない」


透「そんな悪い人だったんですね……藤原先生って」


太郎「だから君がその証拠を手に入れてくれたら、あの先生の悪事を公にできる!そのお礼として、その禁書をあげることはできないが読む権利ぐらいは僕が学園に交渉してあげよう!藤原先生の悪事を暴いた功績さえあれば学園側も認めてくれるはずさ!」


透「本当、ですか?」


太郎「ああ、約束しよう!」


透「わかりました、やります!」


太郎「よし、今日の0時、僕がうまく手配して藤原先生が私室にいない状況を作ってあげよう。任せたよ」




七海「……ふふ。ついに動くようだな……丁重にもてなしてやろう」




透「ここが、藤原先生の、私室……ごくり」


透(本当は勝手に他人の私室に入るなんて、絶対によくないこと。……でも。でも、故郷がこれで救われるなら……!)


七海「何をしている?」


透「…………!」


七海「他人の私室に勝手に入り、何をしている?」


透「そ、それは……」


七海「もしかして、君が探しているのは、これか?」


透「…………!」


七海「おっと、残念。これは渡せないね、たとえこれは本物でなくてもね」


透「それ、藤原先生の私物じゃないのに、偉そうに言わないでください!」


七海「……私の私物じゃない?誰から聞いたんだい、その話」


透「誰だっていいじゃないですか!学校の禁書を盗んどいて盗人猛々しいとはこのことですね!」


七海「それはこっちのセリフだ。私の私物が学校の禁書なんて何の話だ?」


透「とぼけるうえにあくまで私物と言い張るんですね!?」


七海「何の話……!?」


透「……!?」


透(私の胸ポケットから何かが飛び出して……大きな蝙蝠!?気づけなかった、いつから!?)


七海「おっと、渡さないよ。君なんだろ、彼女に嘘を吹き込んだのは……山田太郎先生。いや……吸血鬼、ネームレス」


太郎「ほう……その様子、俺のことは早い段階で知っていたようだな」


七海「ネームレス、日本語で言うと名無しの権兵衛となるが、意味合い的にはいいのかい?」


太郎「ふん、俺に名前なんてどうでもいい。そもそもネームレスなんて名前、俺が考えたんじゃなくて周りが勝手に呼んでいる蔑称だからな」


七海「それにしても、私の生徒を利用してとんでもないことをしてくれたな」


太郎「ならその魔導書を、かつて大魔法使いが書いた世界の真理をすべて記した本を読ませてやればよかっただろう。そうすれば、基礎なんて吹っ飛ばして彼女が望む魔法なんていくらでも使えただろう。人間を生き返らせる魔法もな」


七海「……!なるほど、貴様、そうやって彼女をだましたのだな」


透「先生……これはどういう……」


七海「……透くん、今から言うことをしっかり聞くんだ」


透「え?」


七海「いいか、この魔導書に人間どころか生命を生き返らせる方法は載っていない」


透「……え」


七海「が、この世に確かにそういう魔法は存在する」


透「……あるんですね!?」


七海「その技法は私は知らないが、存在することは知っている。だが」


透「だが?」


七海「その方法は使用者の死だ」


透「でもあるんですね!よかった」


七海「何がよかっただ!?」


透「え?」


七海「自分が死んで、何がよかっただ?それで、他人を生き返らせることで、自分が死んで何の意味がある!?」


透「私の命一つで誰かが助かるなんて安いもんじゃないですか!?」


七海「馬鹿者!!!」


透「!?」


七海「生き返った者がそれで喜ぶとでも!?」


透「で、でも誰かを救うためなら私一人死んだって……」


七海「では聞く。お前が死んだ側で、誰かの命を犠牲に生き返らせられて、お前は素直に喜べるのか!?」


透「…………!?」


七海「お前がやろうとしてることとは、そういうことだ。死んで罪を償うなんて、いや、お前の人生で罪を償うことだって、誰も望んでない!」


透「……じゃあ、どうしたらいいんですか?」


七海「……お前は、あの時どうしてほしかった?」


透「え……?」


七海「まずはその答えを出せ。それが宿題だ」


透「…………」


太郎「……くだらん講義は終わったか?藤原先生。いや……妖怪、鵺」


透「!?」


太郎「日本のモンスターのくせに西洋の魔法使いに飼いならされてたペットが」


七海「そういう貴様こそ、なぜ蔑称がつけられているかよくわかった。……ハーフだな貴様」


太郎「そうだ。だから貴様の持っている魔導書なら、人間を捨て究極の吸血鬼になれると思ったんだ」


七海「愚かな」


太郎「……捕縛の魔法陣!?」


七海「覚悟してもらおうか……半人前」


透(…………すごいオーラ)


太郎「……さすがに分が悪い。撤退するか」


七海「……逃がすとでも?」


太郎「ふっ、悪いな。ブラッドミスト!」


七海「……!?透くん、伏せろ!」


太郎「また会おう。鵺……それと、未来の魔法使い」




七海「……ちっ、逃がしたか」


透「あの、先生……!?」


透(もしかして怒られ……え?)


七海「……無事でよかった。心配したのだぞ」


透「……先生」


七海「悪かったな。君の事情は知っていた。君が焦っていた理由も、君に居場所がないのも。だから私を頼ってきたのを。それを君がどんな人間か知るためにあえて他の教師と同じような態度をとってしまった。それはよくなかったと思っている」


透「……先生、あの」


七海「なんだい?」


透「……ごめんなさい。私のほうこそ我儘でした。今、先生に抱きしめられてわかりました。私、ちゃんと成果を見せなきゃ誰も認めてくれないって思いこんでました。誰も私なんか見てくれない、私は罪人だから。でも、先生に叱られ、抱きしめられて、私もいていいんだって、なんか……よくわからないけど、そう思いました」


七海「透くん……」


透「先生、まだ基礎の必要性わかんないので、まず、そこから教えてもらっていいですか?」


七海「……ふふ、君には苦労させられそうだ」

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