第15話 9 神隠し

 案の定……。

 裏山の鳥居に着いた時には、すでに周りは暗くなり始めている。

 まだ山に足を踏み入れていないというのに。誰かが囁いている声が聞こえる。

 僕を誘う声が、体中にへばりつく。

 時折木々が倒れる音が聞こえる。

「……っ」

 正直、この時点で逃げ出したいとも思った。

 けれど、最優先すべきは……。


 僕はスマホの明かりを前面に出し、そっと鳥居をくぐり山に足を進めた。


 幸い、遊歩道は時折小さな明かりがあったので、真っ暗というわけではなかった。小さな明かりに照らされた道を僕は歩いていく、まだ、この道は歩けるように整備されている。

 遊歩道は小柄な招き猫でいっぱいだ。お出迎えするように規則正しく道に沿って並んでいる。

 道の招き猫は何も言わず、口も目も動かすことはなかった。ただ、歩くたびにシャラン、シャランッと鈴の音が聞こえる。

 どんどん奥へ。とにかく奥へと歩いていく。鳥居も見えなくなるぐらいに、奥へ。

 木々もさわさわと風に揺れて、手招いているように動く。

「……招き猫が……」

 進んでいくと、遊歩道用の道から外れた所に巨大招き猫の姿が見えた。しかも子供たちの声も聞こえる。

 ぐっと、唾を飲み込む。

 道から外れると更に暗い。遊歩道にある明かりはほどんど届いていないようだ。スマホで照らせばある程度明るくなる。けれど、遊歩道以外の場所は手入れされていないようだ。大きい石やら足を引っかけそうな雑草で、慎重に進まないと危ない。

 何より、子供たちの声がしている。道を踏み外せばどうなるか分からない……。

 けど。

「……ねぇ。誰か、いるの?」

 僕は遊歩道から道を外し、巨大招き猫の元へと足を進めた。


 進んでいくにつれ、子供たちの笑い声が大きく聞こえてくる。

 何とか巨大招き猫の下に着いた僕は、招き猫の体に左手をつき、右手に持っているスマホで照らしながら裏側を覗き込む。

 巨大招き猫の裏側には、5名の子供がいた。内2人は古めかしい着物を着ているし、1人はよちよち歩きの赤ちゃんだった。

「……だあれ?」

「なかま?」

「あそぼう? あそぼう?」

 子供たちはわっと走り出し、僕の周りを囲む。

 かごめかごめをするように。

「……あのさ。えっと、男の子知らない? 褐色の肌で半袖短パンの……」

「かっしょく?」

「……?」

「リーダーのこと?」

「多分、その子。その子に会いたいんだけど……」

「……お兄さん。私の遊び相手になってくれる?」

 ふと、5人の子供以外の声が聞こえてきた。先ほど僕が立っていた遊歩道上に左目が青く腫れた女の子が立っていた。

「あはは。あはは。私ねぇ、ずっとずっと、みんなと遊んでみたかったのお‼ お兄さんも私たちと一緒になりましょう?」

「……君たちは、多分、君たちのリーダーは、僕と同じ年の人の魂を2つ抜いて持っていったよね」

 足に力を入れ、僕は言う。

「うん。だって、遊ぶ人がいないと遊べないじゃない」

「お願い。それを返して」

 僕は膝を地面につけ、子供たちにお願いした。

「代わりに僕を連れてっていいから……。だから、奪っていった2人の魂を返して……」


 怖い。怖くないはずがない。

 死にたくない。

 けど……。


 僕のせいだというのなら、責任を取らないといけない。


「……お願い」

「……」

 左目が腫れた女の子が僕にゆっくりと近付いてくる。目から黒い粒子をまき散らしながら、ふらふらと。

「お兄さんが、私と遊んでくれる? 痛いこともしない?」

「……しないよ……」

「……なら」

 女の子は手を、僕の胸へと伸ばす。



 バチンッ!


 褐色の男の子の時と同じように、女の子の手は弾かれた。

「……は?」

 女の子は伸ばしていた右手を押さえ、キッと僕を睨みつける。

「……うそつき‼ だました‼ 痛いことした‼」

 女の子は激怒している。けど、僕には何がなんだかわからない。

 なんで手が弾かれたの? 僕は何もしていないのに……。

  

 ……あ!


 1つ、思い当たることがあった。僕は鞄の中をまさぐる。


 「縁結び」と書かれたお守りが、黒ずんだ状態で出てきた。


 おばあちゃんから貰ったお守り……。これが、ずっと守ってくれたんだ……。

 けれど2回も守ってくれた代償として、お守りは持ち上げた瞬間鞄の中で崩れてしまった。

「……許さない‼ 大人は醜い‼ 嫌い‼ 痛い‼」

 女の子も、周りにいた子供たちも煙になって、巨大招き猫の口の中へと入っていく。


 ギシギシと音を鳴らしながら、巨大招き猫が動く。

 無機質な目が僕を映し、口がカタカタと動く。


「許 サ ナ イ 許 サ ナ イ 許 サ ナ イ  許 サ ナ イ」


 巨大招き猫は僕を見下し、腕を振り下ろそうとしている。

 

 どうしたら……。

 お守りはもう使えない。


 僕はヤミが見えるだけ。見えるだけで、何もできない。


 何も……‼



「見つけたああああああ‼」

 突如、大声と共に西条さんが上から落ちてきた。

 やってきた西条さんは僕と招き猫の間にすとんっと綺麗に着地した。

「もう‼ いつきくん‼ なんで君は自分から危険なところに突っ込むかなあ‼」

 西条さんは頭から血を流しながら叫ぶ。手には小刀。

「照くん、と……、かずま、くんが……」

「説明はするから‼ 今はいったん逃げるよ‼ 乗って‼」

 西条さんは僕の腕を引き、招き猫から距離を取る。

 すぐに西条さんはしゃがみ「背に乗って!」と叫んだ。女の子に背負われるなんて……というプライドなんて僕の中にはない。

 西条さんは僕を背負うと、大きく地面を蹴った。

 次の瞬間。


 西条さんは、周りの木々よりも高く飛び上がった。


「……っえ⁉」

 

 僕もかなり上空へ。そこから西条さんは近くにあった比較的太い木の枝の上にいったん着地した。その後に幹を蹴って飛び、木々の合間をすいすい縫って移動する。

 テレビで見る、狩りのために高速で移動している野生動物の上に乗っているようだった。それと同じぐらいのスピードが出ていたはず。僕を背負っているということも感じさせず、西条さんは何回も地面や木を蹴って駆けていく。

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