第14話 8 人災③

 照くんの胸の中に、男の子の手がずぶずぶと入っていく。

「~~っ‼」

 声にならない悲鳴が僕の口から出た。

 照くんから血は出なかった。が、男の子が手を引き抜いた際、彼は光球を掴んでいた。男の子の片手に収まるぐらいの、白と黄とで点滅している光球。


 それは、昔絵本か何かで見た人魂のようにも見えた。


 ぐらりと、照くんは前のめりになる。

「……っ照くん‼」

 僕はすぐさま照くんの体を支える。

 彼は目を瞑って、意識を失っているようだった。どれだけ声をかけても、彼は一向に目を覚まさない。

「……え? 照……?」

 かずまくんも驚きのあまりその場を動けていないようだった。そんなかずまくんの胸にも男の子は手を差し込む。男の子は先ほどと同じようにかずまくんから光球を取り出した。

 かずまくんは床に倒れ込む。すぐに支えたかったけれど、照くんを支えるので精一杯だった僕は手を伸ばすこともできなかった……。

「お兄さんたちもこれで、僕たちの仲間になれるよ‼」

「2人に何したの‼ それを返して‼」

「やだよ‼ さ、お兄さんたちも一緒に行こ‼」

 男の子は僕に手を伸ばす。

 もうだめだ、と僕はぎゅっと目を瞑る。


 と。


 バチンッ!


 男の子の手が弾かれた。

「……え?」

 僕はなぜ男の子の手が弾かれたのか分からなかった。男の子も驚いたように手をさする。彼の手はじわりと焼けただれている。

「え……」

「……あーあ。お兄さん、悪い人かあー……。まあいいや。仲間はできたから!」

 男の子は立ち去ろうとする。

「ま、待って‼」

 僕は手を伸ばす。……が。

 その前に、男の子は颯爽と逃げてしまった。


 どうしよう……。このままじゃ……。

 僕は照くんとかずまくんに目を向ける。やはり目は覚まさない。

 あれが魂……みたいなものだとしたら……。

 考えただけで恐ろしくなる。

 とうとう大事な人まで巻き込んでしまったから……。


 でも、今は何かしないと……! とにかく今はあの男の子を捕まえないと……。

 でも、この2人はどうしよう……。救急車? でも、早く魂を取り返さないといけないし、そもそも魂が無いから呼んでもだし……。

 見た感じ照くんもかずまくんも呼吸しているし、顔が青白くなっているというわけじゃない……。けど放っておくわけにもいかないし、特にかずまくんは頭を打った可能性もあるし……。

 その時、ポケットの中に入れていた僕のスマホが鳴った。

「……西条さん‼」

 僕はすぐに取り出し、西条さんの言葉も聞かずに叫んだ。

「い、いつきく」

「西条さん‼ った、大変なの‼ 照くんと、かずまくんが……!」

 だめだ。僕の脳もパニック状態でうまく伝えられない。

 けど、伝えるしかない。どんなに無様でも状況を必死に伝えるしかない。

「……え? 嘘、でしょ? とうとう、無関係の人に手を出したってこと?」

 西条さんの声が枯れていた。息切れもしているようだ。

「……いつきくん。今そこの地区にね、私の仲間を呼んであるの。もちろん医療にかかわる人もね。えっと、2人とも呼吸は安定してる? 怪我とかしてない?」

「呼吸は、大丈夫……。でも、かずまくんは床に倒れた時に頭を打ったかも……」

「……もうすぐに向かっているはずだよ。いつきくんは、その間に逃げて。その地区からすぐ離れて」

 西条さんは自分の呼吸を落ち着かせながら言った。

「その地区に向かわせているのは、あくまでも私の仲間の中の医療班だけ。いつきくんがその地区にいることで、ヤミがまたそこにくる可能性があるの。だからとにかく離れて」

「うん……」

 僕は急いで走り出す。

 照くんの家からすぐに離れる。


 ……分かった。

 僕がここにいるだけで、更に危害が加えられることも。

 ……なら。

「……ねぇ。招き猫はどこにいる?」

 僕は尋ねた。


 多分。あの男の子は招き猫と合流する。僕はそう思った。というかそれしか男の子と関連するものが見当たらない。


「……招き猫は……。今は、裏山にいる……。でも、私じゃまだ対処できない。結構遠い地区にいるから、裏山まで行くのに時間かかる……。だから……」

「……分かった」

 僕は意を決した。


「僕、今からそこに向かうよ」


「っ⁉ だ、だめ‼」

 途端、西条さんの声が大きくなった。

「だめ‼ 危険だよ‼」

「照くんとかずまくんの魂を取り戻さなきゃ‼」

 西条さんは電話口で「行っちゃだめ‼」と言っている。

 けど、僕の足は自然と裏山の方へと向かっていた。


 夕焼けが広がる。

 赤い世界が、始まる。

 きっと瞬く間に、闇の世界になるんだろう。


 暗くなっていくにつれ、ヤミは活発に動くんだろう。

 西条さんの言う通り、僕もヤミに飲み込まれてしまうかもしれない。


 けれど。


「……僕のせいなんだ‼ 僕が本来狙われていたのを、照くんとかずまくんが守ってくれた‼ だから、魂を抜かれた……。距離的にも僕が近い。だから、僕が行く」

 僕は通話を終了し、鞄を持って必死に裏山へと走った。



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