第13話 8 人災②

 轟音。それと。

 びちゃっと、果実が潰れたかのような音がした。

 招き猫が拳を上げると、女性がいた場所に女性はいなかった。その代わりおびただしい血とぺちゃんこになった肉塊が散らばっていた。

 先ほど女性といた男性は悲鳴を上げた。


 その悲鳴と轟音で、近くの家から出てきた人たちは、地面を染めているのが血だと分かった瞬間悲鳴を上げていた。

 しかし、人々に招き猫の姿は見えていない。


 やがて。

 魔法少女の変身が解けるように。

 招き猫が消え、未憂と陽太、招き猫が地面に落ちた。

「みうちゃん、やったね‼ 悪い奴をやっつけたよ‼」

 陽太はぐったりと座り込む未憂の肩を掴み、喜ぶ。

 未憂はただぼぅと自分の手を見ている。

「……私。……お母さん。……死んだ?」

「うん、そうだよ‼ もう復活しない‼」

「私が、やっつけたの?」

「うん‼ そうだよ‼」

「……うふふ」

 未憂の口角が、上がっていく。

「笑顔」になっていく。


「陽太くん。私、次は友達が欲しい。みんなと遊びたいけど、もっと欲しい。もっともっと。みんなも、仲間が欲しいでしょ? だから私に近付いた。でしょ?」

 未憂はゆらりと、不気味に立ち上がる。

 もはや正気を失った目をしていた。

 その目で陽太と招き猫を見て言った。

「陽太くん。みんな。……私に、協力して」


・・・

 上から一気に押しつぶされそうな圧力。


「……っ!」


 3人で照くんの家で勉強している時に、僕はそれを感じた。

 今もなおそれを感じる。息が詰まりそうな空気が流れる。

「……あ……!」

 僕の心臓の鼓動が早くなる。精神的なものではない。上から物理的に人間を押しつぶそうとしている力を感じる。実際に潰れる力ではないようだが、それでも苦しさを感じる。

「お、おい。大丈夫か?」

「どうしたのー……?」

 2人は異変を感じていないみたいだ。

「だ、大丈夫……」

 

 て、ことは。僕の直感だけど。


 これは、ヤミの仕業だ。


 しかも招き猫に出会った時と同様、僕の体は本能的にまずいと感じている。

 早くここから離れないと、と。

「……ちょっとごめんね……」

 しばらくすると上から感じていた圧力は消えた。けれどまだ恐怖は消えない。とにかくこのことを西条さんに知らなきゃ……!

 僕は鞄の中に入れていたスマホに手を伸ばす。

 と、その時に机の上に置いてある照くんのスマホが鳴った。

「ん? ちょっと出るわ」

 照くんが電話に出る。

「おい、照‼ お前大丈夫か⁉」

「何がだよ」

「お前の家から学校までの道で、事件があったみたいだぜ⁉ なんか、血がいっぱい流れてて……! 警察は刃物を持った奴がまだうろついているかもしれないって‼」

 元々照くんの話し相手の声が大きかったのと、途中で照くんがスピーカーに変えたため、僕もその事件とやらを聞くことができた。

「……え。それー……、本当?」

「こいつ、すっげえ焦ってるし。嘘ついているとは思えねぇし……。多分、本当……」

 照くんとかずまくんが顔を見合わせている間、僕は西条さんに電話を掛ける。

 出てくれた。


「いつきくん‼ 今どこにいるの⁉」


 切羽詰まった西条さんの声が聞こえてきた。

「えっ、えっと……。照くんの、家……」

「今すぐ離れて‼ あの招き猫、いつきくんを狙ってる‼」

「は……⁉」

 僕はすぐに理解ができない。

「どうして⁉ しかも急に⁉」

「招き猫が更に強力になった‼ ヤミが見えるいつきくんを仲間に引き込むつもりだわ‼ この気配、めちゃくちゃやばい‼ 今すぐそこから逃げて‼」

「に、逃げてって言っても……」

 僕がそう尋ねたと同時に、西条さんの電話が切れてしまった。

「どうしたー?」

「……西条さんから。に、逃げてって……」

 僕はパニックになりながら玄関へと走る。


 次は、照くんやかずまくんが巻き込まれる可能性だってあるのだ。

 それは、だめ‼ それだけは避けたい……!

 僕は驚く2人を残し、玄関の扉を開ける。


 ガチャリ。


 僕の心臓が、止まりそうになった。

 

 扉を開けると、目の前には褐色の男の子が立っていた。


 そう。招き猫の上に乗っていたり、商店街でヤミとなっていた女の子と話していたりした男の子だ。

「昨日ぶりだね、お兄さん‼」

 男の子は無邪気な笑顔を僕に向けた。

「昨日はごめんね、誘ってあげられなくて! でもね、今日はね誘ってあげられるよ! 僕たち友達が欲しいんだ⁉ 殴ったり蹴ったりしない友達が‼」

「……と、もだち……」

 足が、すくむ。

 ……いや、足が、動かない。

 見ると黒い粒子のようなものが、僕の足に纏わりついていた。

「お兄さんも友達になってよ! 僕たちと遊ぼう‼」

 男の子は僕に手を伸ばす。

 とても笑顔で。これから楽しいところに行くんだよ、と言いたげに。

 どこまでも、悪意なしに。

 手が、迫ってくる。


 と。

「おい、やめろよ」

 ぱしっと、照くんが僕の横から男の子の手を掴んだ。

「照くん⁉」

 僕は驚いた。まさか、照くんにも見えるとは……というか触ることができるなんて思ってもいなかったのだ。

「いつき、嫌がってんだろ。よく分かんねぇけど、強引はよくねぇよ」

「そーそー。いつきも嫌なら嫌って言った方がいいよー?」

 かずまくん⁉

「てか、いつきの知り合いー?」

 かずまくんも照くんの後ろからやってきた。


 だ、だめ……。近付いちゃ、だめ……。

 僕に近付いちゃ……。


「……だめ‼ 照くん‼ かずまくん‼ 手を離して逃げて‼」

「だってこいつ、いつきが嫌がることしてたじゃんか‼」

「……お兄さんたちも、仲間になりたいんだね」


 瞬間。


 男の子の手が、照くんの胸に突き刺さった。

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