第16話 10 隠されたモノ①

 が、次第に西条さんの表情に焦りが生じる。

「……ループしてる……」

 西条さんはありえないことを言い始めた。

「ル、ループ?」

「そう、ループ……。いつまでたっても、出口に着かない……」

 西条さんは地面を蹴った後、勢いよく茂みの中へと突っ込んだ。

「わぷっ!」

 一気に葉っぱが口の中に入ってきた。西条さんが僕を降ろしたので、僕は口に入ったそれらをぺっと吐き出しながら座り込む。

 隣では西条さんは悔しそうな表情をしていた。

「やられた……。私たち、ここに入った時点で閉じ込められたんだ……」

「閉じ込められた……? で、出れないの?」

 当たり前のことを聞いてしまう。

 だって、じゃないと。話していないと、とても正気なんて保っていられない。

「ヤミを殺さない限り、出られないわ……」

「……そういえば、だいだらさんとかは……? そういや、ヤミの元たちも見当たらないけど……」

「……ここは裏山だけど、私たちが知っている裏山じゃない。ヤミが……あの招き猫が作り出した異世界。異世界だから、だいだらさんもヤミの元もいない」

「……そんな……」

「それより……」 

 西条さんは僕の頭を両手で掴む。

「わ、た、し‼ 言ったよね‼ 来るなって‼ いつきくん、もう少しで魂を抜かれてヤミに変形させられるとこだったんだよ? 一度ヤミになったら、二度と人間には戻れないんだよ‼」

「て、照くんが……。かずま、くんも……。じゃあ、2人が、……ヤミ……?」

 僕はその事実にガタガタ震えるしかなかった。

 西条さんは更に何か言おうとしていた。けど、途中でため息をついて、言葉を止めていた。

「……2人は、まだ大丈夫だよ。自分からヤミになるのと、他人の力によってヤミになるのとじゃ時間のかかり方が違う。あの2人が、自分を追い込むぐらいの悩みがあるとは思えないし。あったとしても、招き猫の力でヤミ化させるには相当時間がかかる」

 西条さんは立ち上がる。

「2人がヤミにされる前に、私が招き猫を殺しに行く。いつきくんはここで待ってて」

「で、でも……!」

「待ってて」

 西条さんは先ほどよりも圧をかけて言う。

 僕は黙るしかなかった。その様子を見て西条さんは空を駆けて行ってしまった。


 空を見る。

 すっかり夜だ。スマホの画面で何とか周りの様子は見える。と言っても、茂みの中だからどこを向いても緑色の葉っぱと茶色の細い枝だけ。

 体温を奪うような冷たい風が吹く。轟音は、まだ聞こえない。

 木々が揺れる音と、鈴の音は聞こえている。

「……こわ、い……」

 西条さんは「ループしている」と言っていた。

 つまり出られない。西条さんが倒れたら、僕も照くんもかずまくんもヤミとなる。


 二度と人間に戻れず、彷徨い続ける化け物と化す……。


「……っ」

 僕はまだいい。代わりに僕が魂を抜かれヤミになる覚悟でここまで来たから。

 でも。あの2人がヤミになってしまうことが、とても恐ろしい。

「……っ。い……やだ……」

 僕は吐きそうな不安を何とか飲み込む。


 と、その時。


 ガサッ。


 僕の正面から、2つ結びの女の子が茂みの中にやってきた。

 僕と女の子の目がばっちりと合う。


「あ……」

「……」

 僕は血の気が引いた。が、女の子は無表情のまま僕を見つめる。

 どんっと、女の子は僕を押した。情けないことに僕は後ろに転んでしまい、茂みから押し出されてしまった。

「……っう……」

 女の子も茂みから出て、倒れ込んでいる僕を座って見下ろす。


「……べちゃべちゃ」

 僕が商店街で見た子だった。彼女の左腕はあの時と同様大きなハンマーになっている。

「ぐちゃぐちゃ。ぴちゃぴちゃ。ひたひた」

 女の子は真顔で僕の方を見て、口から擬音を発する。

 僕は女の子が何を言っていて、何をする気か分からなかった。

 けれど、どこか哀しげな表情をしていることには気づいた。

「……な……、何……?」

「ぱちゃぱちゃ。ぐちぐち。ぺちゃぺちゃ」

 目の前の女の子は、僕の手を取った。

「や、やめて‼ やだ……!」

 僕は女の子の手を振りほどこうとする。


 その時、だった。



「大丈夫だよお。痛くしないから。怖くないからねえ~?」



 突然、中年男性の声が聞こえてきた。

 いや、……声だけじゃない。


 映像が、脳内に流れてきた。

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