第10話 6 内緒話
・・・
月がよく見える夜。蛙の鳴き声が聞こえてくる。
人気の無い公園で、少女……未憂がブランコに座っていた。小さな公園で、遊具はブランコと小さな滑り台だけ。公園を横切るための一本道はコンクリートでできているが、あとは芝生が広がっている。設置された明かりが小さく、一本道と遊具しか照らされていない。芝生の部分は闇が広がっている。
「……はい! おまたせ!」
陽太が未憂の後ろに突然現れ、彼女に近付いてきた。
「ほら‼ にくまんだよ‼ どうぞ‼」
「……ありがとう……」
陽太はほかほかのコンビニ肉まんを差し出した。未憂は微笑みながらそれを受け取る。
すぐさま未憂はそれを口に入れた。熱い肉やたけのこといった具材が口の中に入り、未憂は「はふっ」と声をだしながら咀嚼する。
「……えへへ。おいしい?」
「うん」
「これで1週間? 2週間? かな。だいぶ太ってきたんじゃない?」
「……デリカシーって言葉、知ってる?」
「なあにそれー?」
2人は笑いながら会話した。
「お母さんにはバレていないけど……。きっと、いつかバレてしまう。……どうしたらいいんだろう……」
「……みうちゃんのお母さんって、どんな人なの?」
陽太は首を傾げながら尋ねる。
「……」
「あ、ごめん。無理に答えなくていいよ」
「……怖い人。でも、私が全部悪いの。ごはんをくれないのも、殴られるのも、たばこを押し付けられるのも。全部、私がバカだから。まぬけだから。私が未熟だから……」
「未憂ちゃんは何したの?」
「……お母さんのいうことを聞かなかった。泣いちゃだめなのに、泣いちゃった。友達と遊びに行っちゃいけないのに、遊んじゃった。お母さんに口答えしちゃった……」
言葉の途中で、未憂は俯いた。
「今、私は勝手に外に出て、肉まんを食べている……。私、お母さんの言うことを破った……」
「……」
陽太は未憂の手を握った。
「……陽太くん……?」
「みうちゃん。僕ね。僕もね、未憂ちゃんと同じなんだ。僕さ、お兄ちゃんがいたんだけど。僕は、お兄ちゃんと比べるとダメダメでさ。よく母さんにも父さんにも殴られていたんだよ。『お前はできそこないだ、産まなきゃよかった』って」
「……酷い話ね」
「まあ、ね。で、とうとう僕は嫌になったんだよ……」
陽太は地面にある招き猫を持ち上げ、撫でる。
「……辛かったなあ。僕はどんだけ頑張っても褒められなくって、全部お兄ちゃんの手柄になるんだから」
「……陽太くん……」
「だからね」
陽太の体が、変化した。
陽太の頭に猫耳が生え、右手にはナイフが握られている。といっても右手の先端はドロドロに溶け、ナイフの柄の部分と同化している。
「……僕ね、分かったんだ。僕が何かしないと、こんな生活が続いてしまうって。分かっちゃったんだ」
「……それで。陽太くんは何をしたの?」
未憂は人外と化した陽太に怯えることなく尋ねた。
「恐ろしい敵を、やっつけた」
陽太は笑顔で答えた。
「なんかね。朝起きたらこんな姿になっててさ。それで、なんだっけ。……ああ、そうだそうだ。母さんと父さんとお兄ちゃんがね、なんか、鬼になってて。角が生えてて、何か皮膚がぼこぼこしててこぶだらけで。今思うと皆の姿が変わったんじゃなくて、僕の目が変だったのかなあ……。まあ、いいや。えっと、それで。僕はやっつけたの。倒さなきゃって思って、やっつけたの。そしたらね、皆動かなくなっちゃった。倒したら母さんたちは鬼から人間に戻ったけど、皆そのまま動かなくなっちゃった。化け物がいなくなって。いつまでたっても殴られることも怒られることもなくなったの。……嬉しかったなあ、あの時は。禁止されていたおもちゃで遊んでも誰にも怒られないし、お菓子も食べ放題だった。あと、空も飛べるようになってさ」
「……化け物……」
「うん。でね。しばらくテレビ見ててね。ニュースやってて。それで、他にも、僕と同じような子がいるってわかって。僕は恐ろしいものを倒す力を持ってたから、助けたいって思って」
「……それで、助けまわっていたの?」
「うーん、微妙。僕が駆けつけた時にはこの子たち自身で敵をやっつけてたから」
陽太は招き猫をキュッキュッと撫でながら答えた。
「……そうだ。新しく入った子がいるんだ。紹介しないとな」
陽太は招き猫の頭をポンッと叩いた。
すると、小さな招き猫の口から1人の女の子がひねり出された。
「……」
縦に伸びた状態で出されていたが、全身が招き猫の口から離れた瞬間元の姿に戻っていた。女の子に怪我は無く、不機嫌そうに未憂と陽太を見ていた。
「今日仲間にしたんだ。ほら、あみちゃん。未憂ちゃんにもあいさつして」
「……ぐちゃぐちゃ」
「……?」
「……ごめんね。この子、何か言葉を失っているみたいなんだよ」
「……」
未憂は食べかけの肉まんをブランコの上に置き、あみに近付く。
「私は未憂。……よろしくね」
「……にちゃにちゃ。ぐちぐち。ずぬるずぬる」
あみは下腹部を押さえながら答える。
「おなか、空いているの?」
「……多分、違うと思う。押さえている部分が何かトラウマになっているんだと思う。話してくれないから、何がトラウマか僕も分からないけど」
「あみちゃんは、どうしてここに?」
「この子、前から僕たちに助けを求めていたんだよ。で、今日来てみたら1人で敵をやっつけてた。けど、関係ない人まで傷つけようとしてたから、止めたんだ」
「……あみちゃん以外に、その招き猫にはたくさんいるの?」
「うん。僕の仲間は13人‼ 遊ぶためにももっと仲間が欲しいところだけどね。皆、敵に苦しめられていたんだよ。あ、一番ひどいと思ったのは、
「……あ」
未憂はデジタル腕時計に目を向ける。
「……時間。お母さんが帰ってくる。……もう、行かないと」
「送るよ」
陽太はパンパンッと手を叩くと、招き猫は巨大になった。金森いつきを襲った時と同じぐらいの大きさになる。
「乗って。巨大ロボット……的なやつだよ。これでババッと行っちゃおうか」
「ありがとう」
未憂は陽太の手を掴んだ。
招き猫が空を飛ぶ。その上に乗っている間、陽太は未憂の顔を見た。
「ねぇみうちゃん。よかったら、君も僕たちの仲間にならない?」
「え?」
「つらいでしょ? みうちゃんが良ければ、みうちゃんを苦しめる魔物は僕たちがやってあげるよ」
「……ううん。いい」
未憂は首を横に振った。
「お母さんは怖いけど、私が悪いの。私が、悪いから……。だから、いいの……」
「……まあ、無理にとは言わないけどさ」
陽太はどこか不服そうに言った。
ブランコの上に置いてあった肉まんは、すっかり冷めきってしまっていた。
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