第9話 5 異物②

「はーい、そこまでー」

 僕が死を覚悟した時、頭上から声がした。

 西条さんの声では無かった。幼い、男の子の声だった。その声に反応し、僕は頭上を見る。

 店の屋根の端に、褐色の男の子が座り込んでいる。半袖短パンのその男の子は足を屋根からぶら下げて、僕たちを見下ろしている。

「あみちゃん、だっけ。やりすぎだよー」

 男の子はふわりと飛び降りる。男の子が立っていたところは他と比べるとやや低いところだったが、それでも飛び降りたら無事ではないはず。ないはずなのに……。男の子は何事も無いように着地し、僕と女の子の間に入る。

 男の子は僕の方を見ることなく、女の子に顔を向けた。

「でも、やっとこれで僕たちの仲間になれるね!」

「……ぺちゃぺちゃ……」

「うん? ああ。大丈夫だよ! 君はこんなにも強いんだから‼ うまくやっていけるはずだ!」


 一体、何の会話をしているの……?

 僕にはさっぱりだった。噛み合っていないように見えるのに、2人の間では会話が成立している……。

 やめて。これ以上、異様な空気にしないで……。

 

 ただでさえ、僕の理解の範疇を飛び越えているのに……。

 けど、男の子たちはまだ意味不明な会話を続ける。


「で、どうする?」

「……ちゅ、ちゅ……」

「うんうん! 一緒に来る?」

「……ぺちゅぺちゅ」

「よおし‼ 分かったよ‼」

 男の子は女の子の手を掴んだ。

 そのまま、飛び立とうとしている。

「ま、待って!」

 咄嗟に、僕は叫んでしまった。

 初めて、男の子は僕の方を見る。

「き……君は……」

 「誰?」と言いたいけど、声が詰まる。


 だって。目の前の男の子もただの「人間」で無いことは分かるから。

 

 言葉に詰まっている僕を見ながら、男の子は満面の笑みを見せる。

「あれ? お兄さんも僕たちの仲間になりたいの?」

「……ひ……」


 どうして、目の前の子供は笑っているの?

 この惨状を見て、笑えているの?

 理解が、できない。


「でも残念‼ お兄さんは対象外‼ また今度ね‼」

 男の子がばっと右手を上にあげる。

 瞬間、後ろの控えていた招き猫たちが一番先頭にいる招き猫の方に飛び込んだ。にゅるんっと、飛び込んだ招き猫は吸収され、先頭にいる招き猫は大きくなっていく。

 やがて、路地を通せんぼするぐらいの幅で、車用の信号機と同じぐらいの高さの招き猫が完成した。

「さあ、行こっ!」

「……」

 男の子と女の子は空中を飛んで、招き猫の頭部に足をつけた。

「待って……!」

「じゃあ、出発進行~‼」

 招き猫は戦隊モノに出てくる巨大ロボットのように上空を飛んだ。そのまま、ふっと、空の中で姿を消してしまった。

 ただ1人、僕は残された。


 ……限界だ。


 脅威が去ったことにより力が抜けてしまったのかな……。

 僕は膝から倒れ込んでしまって、えっと、それから……。


 視界が、真っ暗になった。




・・・

「……くん。いつきくん‼」

 西条さんの声がし、僕は目を覚ました。

「……西条、さん……?」

 僕は起き上がる。膝から倒れたのは覚えているけど……。気を失ってしまったのかな……。

「何があったの⁉ この惨状は何⁉」

 西条さんは血塗れの地面を見ながら言った。

「一体何があったの⁉」

「……西条さん、こそ……。なんでここに……」

「ヤミの気配がしたから、ここまで来てみたら……。そしたらヤミはいなくていつきくんは倒れていて……。わ、わけがわからないよ……」

「僕だって、わけがわからないよ‼」

 僕はつい大声を出してしまった。

 西条さんがびくっとなったのは見えた。


 でも、もうそれどころじゃない……!


「なんだよ、これ‼ なんで、なんで僕ばっかり‼ もうこんな怖いことも、痛いことも嫌なのに‼」


 せっかく、この土地のことを好きになれそうだったのに。

 クラスの人は優しいのに。

 こんなことを西条さんにぶつけてしまう僕は嫌なのに。


「こんなの、見たくないよ‼」


「……」

 西条さんは、しばらく無言のまま立ち尽くしていた。

 涙が、声が、どんどん出てくる。声は何とか飲み込んだけど、その分涙が更に出てきてしまう。

「あ……、あの、ね……」

 西条さんは僕の手を掴もうとした。

 でも、僕はその手を受け取れなかった。それどころか、その手をはたいてしまった。

 拒否してしまった。

 

「……いつきくん。本当、ごめん」

 西条さんは沈痛な表情で口を開いた。

「守ってあげられなくて、本当にごめんなさい。人混みの中にいるヤミは初めてだったから油断してた。……そうだよね、普通からしたら、これは怖いことだよね。怖いことから逃げたいし、経験したいわけないよね……」

「……」

「……夜が来るよ。このままいたら、またヤミがやってきちゃう。だから帰ろう?」

 再度、西条さんは僕に手を差し伸べてきた。

 僕は立ち上がり、スマホを拾って歩き出す。


 けれど、西条さんの手を取ることはできなかった。


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