第8話 5 異物①

・・・

 夕闇。

 すっかり、夕方になってしまった。

 クラスの皆はカラオケ店で解散するとのこと。前のことがあったので、西条さんは僕を家まで送ると言ってくれた。……何人かのクラスの人には誤解されたけど……。

 ともあれ、皆を見送った後に僕たちも帰るってところだが……。その前に西条さんが「ちょっとトイレ行ってくる‼」と言って、今いない。僕は先ほどいたパン屋の前でぶらぶらしながら待つことにした。

 夕方とありさっきよりも人が多い。学校終わりの高校生や仕事終わりのスーツの人たちもちょくちょく見える。


 ここ、なんかいいな。人がたくさんいるけど、そんなやかましいってわけでもなくて。ちょうどよく賑わっているのがまた心地いいな。

 あと、クラスの人たちが優しくってほっとした。カラオケも楽しかったし。初日で、招き猫に襲われたこと以外は良いことだらけだ。

 ……どうして僕がヤミを視えるようになったのかはわからないけど……。とりあえず、学校ではうまくやれるかな……。


 と、まさにそう思っていた時だ。



 シャンッ。


 鈴の、短い音が聞こえた。


「……!」

 僕の体が反射的に固まる。

 人々の様子に変化はない。……まるで、鈴の音など聞こえなかったみたい。

 僕はまたあの招き猫が襲ってくると思い、周囲を警戒する。が、招き猫の姿は見えない。

 

 シャンッ。シャンッ。


 また聞こえてきた。今度ははっきりと、先ほどより大きい音。

「な、何……?」

 どこから聞こえてるのか分からない。でも、この鈴の音は聞いてていい気分がしない。


 シャンッ!


「ひゃ⁉」

 鈴の音が、次は僕のすぐ隣で聞こえてきた。

「……っ、何⁉」

 さすがにこれはだめだ。怖い。今すぐここから離れなきゃ……!


 また、よくわからないものが命を奪いにくる……!


 僕は商店街から離れる。

 屋根付きの商店街から抜け、路地に入る。そのまま、鈴の音から隠れるために、路地にある店の後ろ側に移動する。

 店の裏側はゴミバケツが置いてあり、人も一切入らないような汚らしい場所だ。

 けれど、そこに人間が立っていた。


 子供だった。

 小学生低学年ほどの子。ローツインテールの女の子で、フリルいっぱいの白いブラウスを身に着けている。下は花柄のピンクのスカート。

 せっかく華やかな服を着ているのに、真っ赤な液体で台無しになっている。

 地面は赤く塗りつぶされている。

 女の子の左腕は、大きなハンマーに変化している。釘を打つための小さなハンマーじゃなく、叩く部分が人間の頭ぐらいに大きいもの。叩く部分だけが異様に大きく、まるでゲームやアニメの世界から出てきたようなものだ。

 女の子の下腹部から黒い粒子が出ている。

 この子、昼にすれ違った子だ……。


 女の子は、ゆっくりと僕の方に顔を向けた。


「……ぺたぺた」

 女の子の目が、僕を映す。

「ぐちゃぐちゃ。ぱらぱら。にちゃにちゃ」

 女の子は、擬音を発しながら僕に近付いてくる。


 恐ろしい。

 女の子の様子もだが、何より空気が異様過ぎる。ここだけまるでどぶの中に入り込んだみたいに息苦しい……。


 一刻も早く逃げなきゃ。


 と、僕が後ずさりした時。こんっと、僕の足に何かが当たる。


「……ひっ⁉」

 

 後ろを振り返る。

 僕の足と同じ大きさの招き猫数個が、横一列に並んでいる。まるで僕の退路を塞ぐように、それは列を成していた。


 ま、ずい……。

 正直、この招き猫を蹴飛ばしてでも逃げたい。でも、蹴飛ばしたらなんだか更に酷い目に遭いそうな気がする……。しかも、金縛りにあったみたいに足が動かない。


 と、とにかく、何かしないと……。

 僕は鞄からスマホを取り出す。西条さんに連絡しなきゃっていう考えが浮かんだから。


 と、次の瞬間。



 女の子は、ハンマーと化した左腕を振り下ろしてきた。


「っああ……!」

 

 足が、動いた。

 僕は横に飛ぶ。転倒してしまったので、半ば地面を転がりながら僕は攻撃を避けた。

 転んだ時、僕の体に赤いものがへばり付いた。

「……う……」

 鉄のにおいがする。ねばねばしたものが、僕の顔につく。

「……ま、さか……」

 赤いのは、血で……。

 この子供、人を殺した……?


 そんな考えが、思い浮かぶ。


「ぐちぐち。ぺたぺた。……べたべた」


 女の子はなおも僕をロックオンしている。足が動いたのならば早くここから逃げなきゃ……!

 でも、さっき転倒した時にスマホを落としてしまった。だから先にスマホを拾わないといけないんだけど……。

「あ……あ……」

 拾うどころか、動くこともできなかった。

 腰が、抜けてしまったのだ。


 動け、動け! 

 動いてよ……!


 念じてみても、体が動いてくれない。

 大声も出せなくなった。恐怖のせいで、何もできない……。

 けれど、目の前の女の子にとっては僕の状況など関係ないこと。女の子はゆっくりと僕の方へと近付いてくる。


 女の子は、一つも表情を変えない。

 何を考えているのか読み取れない。

 女の子はハンマーを引きずり、近付いてくる……。


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