第7話 4 探検

・・・

 テストは、まあそれなりに解けた方とは思っている。

 1週間勉強漬けではあったが、そこまで苦ではなかった。まだ2年の初めのところだから、難しいところもそこまでない。

 ……まあ、今僕の目の前で死にかけたような目をしている人はいるが……。

「……ほんとすごいよねー、いつきくん。なんかもー、何もかもすごい……」

 西条さんは僕の数学ドリルの答えを必死に写している。

 放課後、ショッピング……。

 の前に西条さんが課題を終わらせていなかったので、彼女は僕のを写している。

「西条がまともに勉強してないだけだろー……」

「ほら彩月。あと3ページだよ‼ 頑張れ‼」

 男女問わず、ショッピングに行く予定の人たちは西条さんを囲んで待っている。

「転校生。お前字が綺麗だよなー。勉強もできて羨ましいー」

 時々、クラスの人たちは僕にも話しかける。

「あ、あのさ……」

 そうだ。クラスの人とも交流する機会だ。せっかくだからこの村について色々聞こうと思う。

「この村、なんか有名なところとか行きつけの店とかある? あったら教えてほしいな」

 すると、クラスの人たちは顔を見合わせる。

「……どうしたの?」

「……あー……。なんつーか。この村、まじで何もないかも。1駅過ぎたら店もたくさんあるけど、マジで何もないぞ……?」

「あるとしたらこれから行く商店街だけど。あそこも村の端のところだからね……」

「あ、あそこは? 結輪(ゆいのわ)公園は? あそこめちゃくちゃ綺麗だってテレビでも流れていなかったっけ?」

「行ったところで何もないけどな……」

 男子たちは呆れ顔で返答する。

「悪いな、転校生。ここはマジで何もねぇわ。ま、電車使えばある程度何かあるところには行けるけど……」

「っよし‼ 終わった‼」

 会話しているうちに、西条さんの課題が終わったようだ。

「いつきくん、ありがとう‼ 助かった‼」

 「よし!」という掛け声とともに、西条さんが立ち上がる。

「ショッピングに行こう‼」

「……勉強は?」

「いつきくんー? そういう野暮ったい質問は無しだよー?」

「いや、西条は少し勉強した方が良くね? お前絶対に数学の森先生に目ぇつけられてるし」

「いーやー‼ 勉強やだ‼ ショッピング行くー‼」

 西条彩月は鞄の中に筆箱を入れて準備を始める。

「で、どこ行くの?」

「さっきも言ったとおり、商店街。市街地を抜けた先にある。そこぐらいしか行けるとこないけど、雑貨屋とか文房具屋とか、あと食べ物系も多いな。最近カラオケ店もできたみたいだし」

「ふーん?」

 僕はグーグ〇マップを開く。えっと、商店街というのは学校の裏山を抜けた先にある。学校の正門から行き帰りする僕の家とは逆方向だ。

 遠そう……。4キロぐらいは離れているみたい……。

「……転校生、お前自転車持ってる派?」

「いや、持ってない……。かな……」

 14人中8人が「俺も」「私も」と手を挙げた。

「……時間はある⁉ よし、走るぞ‼」

「4キロを⁉」

「ああ‼」

 

 と、言うことで……。転校数週間後、結構きつい運動をすることになりました……。



 走っている(時々歩いたり、自転車を借りたりしている)うちに、村について分かったことがある。

 1つ目。クラスの人が言うように、ここはびっくりするぐらい何もない。あたり見渡す限り田んぼ。田んぼを抜けても素朴な色合いをした家々しかない。店もかなり少ない。……あ、でも小さな美容院はよく見かける。

 2つ目。この村はやけに行方不明者が多い。掲示板とか、電柱にあちこちに張り紙が張ってある。ヤミのせいかもしれないけど、真相はまだわからない。


 どこまでも簡素な村で、僕にとっては新鮮だった。

 景色も綺麗だ。緑があるおかげで、なんだかゆったりできそうだ。時間があれば散歩したいと思う。


 碁盤の目のように整備された市街地を抜け。

 約1時間かけて、商店街に着いた。

 ……とは言え、そんな大規模なところでは無かった。十字型の道に沿って店が並んでいるところ。雑貨屋、文房具店、八百屋、パン屋、和菓子屋……。あとはシャッターが閉じている。道の天井には屋根がついているが、よく見ると所々黒ずんでいる。

 ここまでくると流石に人が多い。活気あふれている……とまでは言えないけど、賑わっている様子は伝わってくる。

「さてと! 雑貨屋さん行こっ! 新しいアクセサリー売ってるかも‼」

 西条さん含め女子たちは、素晴らしい速さで雑貨屋に入っていった。

「……俺らは何か食う?」

 男子の1人が僕の肩を叩き、パン屋を指差す。

 ガラス越しにカメの形をしたメロンパンや、いちごクリームを挟んだサンドイッチが見える。しかも食欲をそそる匂いもしてくる……。ちょうど走っておなかが空いていたのも相まって、ふらふらと誘われてしまいそうだ。

「あいつらの分も買ってやろうぜ」

「あ。ちょっと待ってね」

 僕は財布の中を確認する。僕の今の所持金は3000円。しばらくは小遣いももらいにくいため、計画的に使わないといけない。

「あ、いいよいいよ。奢ってやるよ、転校生。なんたって、今日はお前が主役なんだから」

「え、で、でも……」

「いいよいいよ。じゃあ、その代わりと言ったらなんだけど、もっとお前のこと教えてくれよ」

 男子たちがパン屋に入りながら、僕に集まってくる。

「名古屋って、実際どんなところ? あと、都会の学校って遠足とかどこ行くの?」

「え、えっと……」

「ここよりもなんかビルがたくさんあるんだろ? 田んぼが無いってのは本当?」

「うーん。僕は住んでいたところは……。田んぼは無かったかも」

「電車が10分毎に来るってホント?」

「普段どんな店に行ってたんだ?」

 また、例のごとく質問攻めにあってしまう。まあ、チョココロネをおごってもらったんだ、無視はできない。

「……そういや、なんでこの村にやってきたの?」

 その質問が耳に入ってきた瞬間、僕はトングを落としそうになった。

「あ……。いや、答えたくないのなら、その……」

「ううん、大丈夫。びっくりしただけ。あー……。身内が死んじゃって。お父さんの元にいたんだけど、お父さんが倒れちゃったって。それで、おばあちゃんがいるさずな村に来たんだ」

「あ……。そうだったんだ……」

「悪い。気を悪くさせたら……」

「ううん。いいよ。パン、ありがとうね」

 男子の1人が会計をし、僕の分のチョココロネを渡してきてくれた。

「ま、ここは何もないけどさ。何もないからこその良さがあるから。……あ、L〇NE交換しとく?」

「……みんな、優しいね」

 正直、身構えていたところがあった。こう言っちゃなんだけど、僕はよそ者だから。よそ者に対しては冷たいのかなとか考えていたから。ここまでみんな優しいなんて予想外だった。

「や、優しいか? 普通じゃね?」

「なあ。あんたのこと、『いつき』って呼んでいいか? あんたも、俺らのことを気軽に呼んでいいぜ?」

「ありがとうね。えっと、照くんに、かずまくんに……、あと……」

「ここで呼ぶのかよ! やめろよなんか恥ずかしい……」

 男子たちは道端で笑う。

「……そうだ」

 僕はL〇NE交換しながら、おばあちゃんから聞いた伝承を思い出す。

「ここの村。……てか学校の裏山。鳥居があるけど、心霊スポットなの?」

「みたいだな」

 男子たちは口々に言う。

「なんつーか。小さいことからあそこには怖い神様がいて、悪いことをするとその神様に連れていかれる、とか聞いたことある」

「噂じゃ、村の外から来た人が行方不明になったっていう話もあるぜ?」

「おいおいいつき。お前あぶねーじゃん。気をつけろよ?」

 やはり皆、ヤミは知らないが裏山は危ない場所であるという話は聞いたことがあるそうだ。

「あれ? もう仲良くなってるの?」

 女子たちがプラ袋を持ってやってきた。

「もう帰ってきたのか?」

「まだ数人中にいるよ」

「ほら、パン買ってきてやったぞ」

「うわあありがとー‼」

「てか怖い話で思い出した。今度なんかやってみない? こっくりさんとか」

「えー? あれ面白半分でやってよかったっけ?」

 という会話を聞きながら、僕はチョココロネを一口齧る。

 と。


 ふわ……。


 1組の親子連れが僕らとすれ違う。

 父親らしき男と、小学生ほどの少女。少女の腹あたりから、なにやら黒い粒子が飛んでいるかのように見える。

 まるで、意志を持っているように。黒い粒子はぷかぷかと少女の周りを浮かんでいる。

「……ん?」

 僕は振り返る。

 振り返っても、まだ粒子は飛んでいた。

「……?」

「いーつきくん?」

 西条さんが後ろから話しかけてきた。

「西条、さん……」

「えへへ。おまたせー」

 どうやら西条さんは気が付いていないようだ。すぐに言おうと思ったが、僕や西条さんの隣にはクラスの人がいる。下手なことは言えない。

 僕は目で訴えてみる。が、西条さんはこれにも気が付かない。

 一応、先ほどの少女はだいだらさんや招き猫のような人外ではなかった。人の形をしていた。僕の気のせいだったということもある。

 ヤミと断定できないのだ。それに、断定したところで、僕にはどうしようもない……。

「いつき。おい、いつき。そういやお前ゲームはするのか?」

 男子の1人がまた質問してきた。

「え? ゲーム?」

「てかいつきはスマホに何入れているの? パズ〇ラ? モン〇ト?」

「え、えっと……」

 か、考えていたせいですぐに反応できなかった。

「あー。あそこじゃない? カラオケ店ができた所って」

「あ、ほんとだ」

「行こ行こ‼」

 女子の1人が指差した場所にはカラオケの看板があった。発見した瞬間、クラスの人がそこに向かって真っ先に歩き出す。

「いつきくん‼ いつきくんも行こっ!」


「う、うん……」

 西条さんの手を取って、僕は歩いていった。

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