第6話 3 ささやかな日常

・・・

 転校してから、1週間が過ぎた。

「……学校、大丈夫かい?」

 和室にいたおばあちゃんが、僕に問いかけてきた。

「……うん」

 僕はリビングで大量の課題を片付けながら答えた。転校前後でバタバタしていたせいで、勉強に集中できていなかった。だいだらさん以外ヤミを見ることも無かったため、ここしばらくは勉強の日々に明け暮れていた。

「友達はできたかい?」

「まあ、それなりには」

 僕は数学ドリルの1ページをめくって答えた。

 クラスメートの人とはそれなりに話せている。みんな優しい。とはいえ、廊下を歩く時とかはやっぱり1人だ。心のどこかでは僕もみんなも警戒しているのだろう。

「いじめられてはいないんだね。よかった。……前は泥んこで返ってきたから驚いたよお……」

「あの時はごめん……」

「いや、いいのよお。怪我が無くてよかったあ」


 おばあちゃんにヤミのことは言えていなかった。

 多分、おばあちゃんはヤミを視ることができないから。


「そういえばバタバタしていて引っ越し祝いをしていなかったね。今からケーキでも買ってこようか? スーパーに売っているだろうし」

 おばあちゃんは黒のジャケットを羽織る。

「いつきは忙しいだろう? おばあちゃんが行ってくるわあ」

「うん。ありがとう」

 僕はおばあちゃんを見送ると、また課題に手を付ける。


 ……。

 …………。


 あの時。……小学校……くらいだったか。

 こびりついている光景がある。

 

 僕が目を覚ました時。

 赤と黒だけが、部屋を染め上げていた。 

 やけに鮮やかな赤だったのを覚えている。


 そのシーンだけがやけに脳にこびりついている。

 そうして、何が起こったか分からないまま。部屋が赤と黒で染まっている理由も分からないまま。

 

 お母さんと妹が死んだことを病院で告げられた。


 警察が言うには、家族以外の血痕は残っているため部外者による殺人事件の可能性があると言っていた。

 

 その場にいた中で、僕だけが生き残った。


 その後、単身赴任していた父の元へと送られた。が、その父も疲労で倒れてしまった。

 そのため僕はおばあちゃんのところへ送られることになった。


 ……。

「……ふう……」

 嫌なことを思い出してしまった気もするが、とりあえず課題は終わった。

 僕は鞄に課題をしまう。

 と。

「……お守り……」

 交通安全のお守りが、鞄の底から出てきた。

 が、それは……。


「ああ……!」

 お守りは火に当てられたように黒く焦げていた。交通安全と書かれた文字はかろうじて読めたが、そのほかは汚くなっている。手でその焦げを払ってみるが、お守りは変わらず黒いまま。

 

 まさか、ヤミのせい……? 

 あの招き猫と関わったから……?


 ゾッと、冷たい感覚が背に伝う。

 家も和風様式というせいもあり、全てが不気味に感じてしまう……。

 気にし過ぎなのかもしれないけれど……。


「……」

 とりあえず西条さんに連絡しておこうと、僕はスマホを開く。

 その時、おばあちゃんが帰っていた。

「半額のだけど、買ってきたよお!」

 おばあちゃんは嬉しそうにプラ袋を見せつけた後、僕の持っているお守りに目を向けた。

「そのお守り……」

「ご、ごめん! 汚れちゃったみたいで……!」

「……」

 おばあちゃんは眉を顰め、目を細めて僕の背後を見ていた。

「おばあちゃん?」

「……何もついていないようにみえるけど……一応、盛り塩でもしておこうかしらねえ」

「どういうこと?」

 まさか、おばあちゃんはヤミの存在を知っているのだろうか?

「……まあ、ケーキ食べながらでも話をしようかねえ」

 おばあちゃんはそう言って、席に着いた。


 おばあちゃんが買ったというのは、8分の1にカットされたショートケーキ。

「僕、霊か何かに取りつかれているのかなあ」

 ショートケーキのいちごにフォークを刺し、僕は尋ねてみる。

「ん……。わからんよお。だけど、この土地には気味悪い伝承が残っているんだよ。人ならざる者が神隠しを起こしているっていうね……」

「人、ならざる者……」

 多分……ううん、確実にヤミのことを指しているね……。

「昔から人が消えたり変死したりする土地でねえ。都市伝説や怪談の類だと思うけど、少し不気味でねえ……」

「……」

「いつき、大丈夫。何かあったら何でもおばあちゃんに言ってくれ」

 震えてしまう僕の頭を撫で、おばあちゃんはにこやかに言った。

「大事な孫だもの。わしが守ってやるよお」

「うん。ありがとう、おばあちゃん」

 その気持ちが、純粋に僕は嬉しかった。

 嬉しかったけど……。


 言えないんだよね……。

 だって。

 心配もかけたくないし、おばあちゃんを巻き込みたくないから……。







 次の日。

「……って聞いたんだけど、どういうこと?」

 登校中に出会った西条さんに、僕は昨日聞いた伝承を離した。

「ああ、その話ね。結構有名よ。昔も視える人は一定数いたのかもね」

 西条さんは教科書とにらめっこしながら言った。

「あ、あの……。危ないよ……?」

「……今日からテストでしょ? あのー……私、いつも赤点取ってるからさー……。もう補習受けたくなくて……」

「そ、そうなの?」

 招き猫の件で、西条さんはかなりしっかりしているイメージがあったから……。意外……。

「いつきくんはずいぶん余裕そうだけどお?」

「テストの範囲、そこまで難しいところは無さそうだし……」

「うわあ、嫌味―! ……後でノート見せて」

 いたずらっぽい笑顔につられ、僕は思わず笑ってしまった。

「……そおだ、いつきくん‼ 今日空いてる? よかったらショッピングに行かない?」

「ショッピング?」

 ……いや待って。テスト期間だから勉強した方がよくない?

「そーそー。クラスの人と一緒に行くつもりあの‼ ほかにも10人ぐらいはついてくるって。行こっ!」

「……あのー、テスト勉強は……?」

「い、痛いところを突かないでよー……。学校という場は勉強だけじゃない‼ そう‼ 青春を楽しむ場所だ‼」

 どや顔で言われましても……。

「……いつきくんって真面目だよね。気を付けてね。まじめな人ほどヤミになりやすい傾向にあるから」

「真面目なのはいいことじゃないの?」

「いいことだよ。でも、それで自分を追いこんでヤミになった人をたくさん見たことある。……いくら頑張っても、化け物になったらすべてパアだよ、だから気をつけてね」

 西条さんは教科書ではなく、僕の目をしっかりと見て言った。


 やけに、その言葉が。

 ものすごく大事な言葉のように思えた。


「あ、着いたね。……ごめん、あとで課題写させてね……」

 そう言って西条さんはそそくさと行ってしまった。

 ……ちょっとは真面目な方がいいのでは……と言おうとしたが、もう西条さんはいなくなっていた。

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