第5話 2 魔法少女の裏側②

「……たたか……う?」

「うん」

 西条さんは大きく頷く。

「正直言うとね。私1人じゃだいぶしんどいんだよね。ヤミが視える人、滅多にいないし。だからお願い! どうか、私と一緒に戦ってほしいな……!」

 た、戦う……。

「い……」

「い?」

「……嫌だ」

 僕は言った。

 そもそも僕は安心安全の生活を送りたいのであって、危険な目に遭いたいわけじゃない。戦うなんてもってのほかだ。

「え、ええ……。まあ、当然っちゃ当然かあ……」

 西条さんはぱっと手を離す。

「そりゃそうだよ‼ 僕はあのヤミに襲われたいわけでもないし、できるなら関わりたくないし。……悪いけど、僕は戦えないよ。関係無いんだし……」

「……」

 西条さんは一瞬悲しそうな表情になる。

 し、しまった……。「関係ない」なんて言い過ぎた……。

 僕はすぐに謝ろうとした。けど、西条さんは僕を責めることも、そのまま悲しむこともなかった。

「そーだよねえ……。それが、普通の反応だよね。ごめんね、怖がらせて」

「あ……。ごめん。僕も、言い過ぎた……」

 確かに、戦うのは嫌。

 けど、僕を勧誘してくる西条さんの気持ちも分からなくはない。すでに彼女の体は包帯だらけ。きっと1人で戦ってきたのだろう。

 その事実は、分かるから。

「……わかった。戦うことに誘うのはやめるね。けど、友達になってくれる? 今後君のことも守りたいし……」

「うん。いいよ」

 僕は手を差し伸べる。

「よろしくね、西条さん」

「……うーん」

 西条さんは手を取らず、僕の顔をじろじろ見る。

「な、何?」

「……なんか堅い。彩月って呼んでよ。私もいつきくんって呼ぶからさ!」

「え、ええ⁉」


 いやいやいや‼

 無理無理無理‼

 だ、だって女子の名前(しかも呼び捨て)で呼んだことなんて、人生において一回も無い!


「えー……ええ……」

「彩月―‼ さーつーき‼ よーんーで‼」

 西条さんは手を叩いて催促してきた。その音に合わせ、ヤミの元たちもぴょんぴょん跳ねている。

「さ……」

「さ?」

「………………西条さん」

 こ、声が小さくなった……。

「……え、ええー‼ ……ま、今はいいや。でも、いつか呼び捨てで言わせるから‼」

 西条さんはぐっと親指を突き出した。

「……さてと。帰ろっか。話はそれだけでしょ?」

「うん……」

「ラーメン屋でも行こうよ。友達記念に‼」

「で、でも。僕今日お金持ってなくて……」

「あ、それは大丈夫」

 西条さんはバックから財布を取り出し、5000円を見せつけてきた。

「奢るよ!」

 ご、5000円……。そ、そういえばお金持ちって言ってたね……。

「い、いいの?」

「うん。私が行きたいんだし‼ 行こ、行こっ!」

 西条さんは僕の手を引いていく。やや強めで引っ張っていくから、僕は転んでしまいそうだった。

 ま、まだ彼女の若干の強引さにまだ慣れてないや。

 でも、僕は友達ができたことによる嬉しさを噛みしめた。









・・・

 どこかの、マンションの中。

 大量のゴミ袋が部屋の大半を占めている。スーパーの弁当の箱やらティッシュやらが散らばっている。たばこの吸い殻もあちこちに転がっている。

「……」

 その中に1人、薄汚れた少女がいた。

 少女の左目は青く腫れている。誰かに殴られたであろう痕がある。その下には絆創膏。

 髪は腰ぐらいまで伸びているが、決してお世辞にも綺麗な髪とは言い難い。ゴミやほこりがもつれていて、異臭がしてもおかしくない。服も黄ばんだ長袖長ズボン。服で見えないだけで、胸や腕、腹にはたばこを押し付けられた痕や痣ができている。

「……おなか、すいた……」

 少女の体は少女ほどの年齢……6歳の平均と比べると大変やせ細っている状態だ。

 

 それもそのはず。少女は丸3日まともなものを食べられていない。


『……ここには何もない。ここを出られない。お母さんが帰ってきたら殴られちゃう』


 少女は体を動かすことをやめた。

 ぱたんと横になり、ゴミ袋が積まれたところを敷布団代わりに眠る。

 と。

 

 目の前に、見慣れないものがあるのに気づく。


「……まねき、ねこ?」


 少女の正面には、お店等で飾られているような招き猫が落ちてある。頭から顔にかけてはひびが入っている。

「……こんなところに、あったっけ……」

 少女は招き猫を両手で持ち上げてみる。振ったり、じろじろ観察してみる。


「カ ワ イ ソ ウ」

 

 突如、招き猫の口が動いた。

「ひっ!」

 少女は驚き、招き猫を投げた。

 招き猫はぼすっと音を立てて、ゴミ袋のたまり場に落ちる。

 横に倒れたはずだが、招き猫はなんと自力で立ち上がった。


「カワイソウカワイソウカワイソウ」


 口をカタカタ動かし。

 光の無い無機質な目を少女に向け。

 

 招き猫は、複数人の子供の声を発し続ける。


「な、何……。何なの……⁉」


 少女は恐怖を覚えた。金縛りにあったように、恐怖で逃げることができなかった。


 けれど、こんなイカれた「現実」から目を背けたくて。

 目を瞑り、耳を塞ぎ。

 「現実」から、情報をシャットダウンする。



 ……。

 …………。

 ………………。



 ふ、と。

 少女の頭を、誰かが撫でた。


「……え?」

 予想外のことに驚き、少女は目を開けて上を見てみる。


 そこには、少女と同じぐらいの男の子がいた。

 後ろを刈り上げた、褐色の男の子。5月にしてはまだ早めではないかと思う、白半袖に青い短パン。

 少女は目を見開き、男の子を見つめる。

「ごめんなあ。あいつら、驚かすことしかできないんだよ」

 男の子は「やれやれ」というジェスチャーをつけて言った。

「あなた……。どこから入ってきたの? 家には鍵がかかっていたのに……」

「僕たちは特別だから。鍵が無くったって入れるんだよ!」

 男の子は少女のいる部屋を見渡す。

「君も、僕たちと同じだね!」

「……何が?」

「僕の部屋も、こんな感じなんだ!」

 男の子は心底嬉しそうに言った。

「おそろい! 嬉しい!」

「……嬉しいの? それ……」

「まあ、僕はね。君はどうか知らないけど」

 男の子は落ちていた招き猫を拾う。招き猫からは依然として「カワイソウ」の声と、赤ちゃんの泣き声が聞こえる。

「それは何?」

「僕の仲間。ごめんね。こいつら、この状態だとこういった言葉を発することしか出来ないんだ」

「招き猫が、仲間……?」

「うん。僕たちは、君を救いにきたんだ」

 男の子は、少女に手を差し伸べる。

「救い……?」

「君に呼ばれて、僕たちはやってきたんだ!」

「……呼んだ覚え、無いのだけど……」

「ううん。君は呼んだよ。君の心は呼んでいた。だからやってきたの!」

 男の子は少女の手を掴んだ。

「さ、行こう!」

「どこへ……?」

「どこって、外だよ‼ 何か食べないとまずいだろう?」

「けど、家からは出ちゃいけないって……」

「大丈夫、出られるよ。僕たちとなら!」

 男の子は少女の手を引っ張っていく。

 鍵は、なぜか開いていた。

 少女は不審に思った。


 しかし、空腹のせいか。少女はこれ以上深く考えることはやめた。


 久しぶりの日光が、少女の体を照らす。


「名前は? なんて言うの?」

「……未憂みう

「みうちゃんだね! 俺は陽太‼ さ、行こ‼」

 陽太は左腕で招き猫を抱え、右手で未憂の手を掴み走る。

 未憂も彼に続いていく。

 2人の子供は、外へと駆け出していった。




 未憂の腫れた左目から黒い粒子が零れていたが、すれ違った「大人」が誰一人気づくことはなかった。


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