第4話 2 魔法少女の裏側➀
・・・
次の日。
「……うう……」
昨日、眠りにつけたのはいいものの、疲れは取れなかった。
それもそのはず。あんな、一歩でも間違ったら死んでいたような経験をしてぐっすりと眠れるはずが無い。
僕は重い足取りで学校へと歩く。休みたいっていう気持ちもあったが、転校2日目にして休むということはしたくなかったのだ。
それに。
西条さんのことが気になっているから。
昨日の傷は大丈夫なのか。彼女は無事に帰ることができたのか。まだ彼女が何者かについても明確な答えを聞け出せていないし。他にもまだまだ聞きたいことがある。
例えば、今も見えているあの黒い巨人が何か……とか。
昨日昼視えた人型の巨大な化け物は、今もこちらを見ていた。上半身のみが山から出ているだけだが、それでも巨大で威圧的だった。
それは今もまた、人間の目玉をくり抜きそのままくっつけたような2つの目で僕を見つめている。
ぎょろぎょろと目が動くたびに、巨人の輪郭もざわざわと動いている。
「……」
僕は必死で目を逸らす。昨日の招き猫みたいに襲い掛かってきたらたまらない。
と。
「やっっっほーっ‼ 金森くん‼」
朝から元気の声で、西条さんが背後から僕を叩いてきた。
「うわっ‼」
驚いたせいで、僕は変な声をあげながら飛び上がってしまった。
「す、すっごい驚いてるねー‼」
「いきなりやめてよ……。心臓止まるかと思ったじゃん……」
僕は高ぶる心臓を押さえながら、西条さんの方を見た。
彼女の右手にはやはり包帯が巻かれている。
―夢じゃなかったのだ。
「どうしたの? 朝から浮かない顔して」
「あ、あれ……」
僕は小さく、黒い巨人を指差す。多分指は震えていたと思う。
「ああ、だいだらさんか。彼は大丈夫よ。見ているだけで、危害を加えることは無いよ」
「だ、だいだらさん?」
僕は西条さんの顔を見た。彼女は見慣れているのか、けろりとした表情をしている。
「だいだらぼっちみたいだから、だいだらさん。いつかは
「……殺してあげなきゃ、いけない?」
何やら西条さんの言い方に違和感を覚えた。しかし彼女は下を向くだけで、僕の問いの内容を無視した。
「あれもヤミよ。だいだらさんはああなる前は美少年だったらしいよ。彼が言ってた」
「会話ができるの⁉」
「だいだらさんだけね。彼の性格だから喋れただけ。ヤミとは極力喋らない方が良いよ」
西条さんは黒い巨人……だいだらさんに手を振る。
だいだらさんは手を振り返すことも無く、山に姿を隠してしまった。
「……だいだらさんにも感謝した方が良いよ。金森くんがどこに行ったかを教えてくれたの、彼だから」
「……西条さん」
僕はしっかりと、西条さんの目を見つめる。
「なあに?」
「もっと、教えてほしいの。僕が襲われる原因も探らなきゃいけないし、……あと、西条さんのことも、もっと知りたい」
そう。
もう襲われてしまうのは、まっぴらごめんだから。
早いとこ原因を探り、解決に導き。
安寧な生活を手に入れたい。
僕の心の中に、そういう思いがあった。
の、はずが……。
「私のこと知りたい? え、私のことを好きなの?」
どうやら西条さんは別の意味で捉えられてしまった。彼女は照れているのか顔を手で隠している。
「ち、違っ‼ いや、違く……ない、けれども……‼ 意味が、違う‼」
「冗談だよ」
西条さんは悪戯っぽく舌を出す。
「そうねえ……。なら、放課後少し付き合ってくれない?」
「放課後?」
「うん」
西条さんは大げさにこくんと頷く。
「私もね、金森くんに話したいこともあるし。ちょうどよかった」
西条さんの顔が、一瞬真顔になった……気がする。
「……」
僕は不安だった。
この後どうなってしまうのか。恐怖を覚えてしまった。
どこまでも灰色の空が広がっていた。
・・・
1日気になることが多すぎて、授業に全く集中できなかった。授業中の小テストは10点中4点という悲惨な成績を叩き出してしまう。
それなりにクラスの人と話すが、友達らしい友達はいない。
僕の今の心の安心は、L〇NEでやり取りできる地元の友達のみ。休み時間とかに連絡を取っていた。
けれど、当たり前のことだけど、この目に見える異形のものについては話すことができなかった。
「今日」という1日があまりにも早く終わってしまった。さっさと放課後へと時間は進んでしまった。
帰りの会……というものもあったかもしれない。が、あいにく僕は寝てしまっていたために、その時の記憶が無い。起きた時には終わっていた。
帰りの会が終わった後も机に突っ伏して、僕はまだ眠気と戦っていた。
昨日のように夕日は入ってきてくれない。ただただ外は暗くなっていくだけ。
と。
「……おーきーて‼」
突如、耳元で叫ばれた。
「わわっ‼」
耳がキーンってなった衝撃で、僕はすぐに起き上がる。
「西条さん⁉」
「もう‼ 放課後付き合ってって言ったじゃん‼ 忘れんぼ‼」
西条さんは僕の手をギュッと掴む。
「はい起きて起きて! 裏山に行くよ!」
「んー……? なんで裏山?」
裏山と言うと、だいだらさんがいるところだ。そして昨日、たくさんの声が聞こえた所……。そこに向かうなんて正気?
「そこで話した方が話しやすいから‼ さ、起きて‼」
「うーん」
僕は唸りながらも体を起こす。灰色の直方体の通学カバンを持って、僕は教室へと出る。
西条さんはずっと、怪我した右手で僕の手を掴んでいた。
・・・
裏山。
とは言えそこまで高い山ではない。大型動物どころか小動物も見かけない。どこにでもありそうな、やや狭めの森といった感じだ。変わったところは見当たらない。
……入口に、鳥居が立っていること以外は。
「と、鳥居なんてあったっけ?」
「……金森くん、ほんとに周りが見えていない状態で入ったのね。そうだよ。ここは心霊スポットとしても有名だからね。……まあ、いるのは霊じゃなくヤミだけど」
西条さんは何事もなさげに鳥居をくぐり、中に入る。
僕も続けて入っていく。昨日みたいに世にも恐ろしい声が聞こえてくるかと警戒したが、何も聞こえてこなかった。
昨日とはうって変わって静かだ。
「……私がいるからね。多分、安易に襲ってこないはず」
僕の心の問いを答えるかのように、西条さんは言った。
もう少し奥を進む。するとずいぶんと開けた場所に出た。木々が壁となっている、草原地帯。真ん中には座れそうな木の株がある。
「さて、と。まず金森くんから質問していいよ。何が聞きたい?」
「えっと。君は、何者なの?」
僕は真っ先に気になっていることを尋ねた。
「ヤミが視えるのは分かった。じゃあ、なんで君は戦っているの? てかなんで戦えるの?」
「……」
西条さんは木株に腰を下ろす。
「改めて自己紹介しようか。私は西条彩月。先天的にヤミが視えるの。……で、私のパパはこの山の所有者なの」
驚いた。ということは彼女はお金持ちってことだ……。
「で、おじいちゃんは神社の住職やってるの。2人ともヤミは視えないけど、存在を感じることができるの。そして、この山に異常にヤミが溜まりやすいってことで、私たちが管理することにしたんだって」
「……でも、それは君の家族だけの話じゃないか? 西条さんは何も関係ないでしょ?」
「うん、関係ないよ。パパにもおじいちゃんにもヤミとは関わるなって言われたし」
西条さんはにこりと笑った。
「でもね。私、どうしてもヤミを救ってあげたくてさ」
「救ってあげる?」
「うん。金森くん、魔法少女って知ってる?」
「うん?」
突拍子もない話に、僕は前のめりになる。
「ど、どうしたのいきなり……」
「私の夢‼ 私の夢はね、魔法少女になることなの‼」
西条さんは眩しいぐらいに目を輝かせる。
「ま、魔法少女……」
「うん‼ 強くてかわいくてかっこよくて‼ キラキラ輝く女の子に‼ ドレスアップして、キラキラ光線出して悪をやっつける‼ みんなを救う魔法少女に‼」
西条さんは更に熱を入れて語る。
「だ、だから戦っているの?」
「5割はね」
西条さんはパンパンッと手を叩く。
すると、木々の合間から丸っこい黒い毛の塊がやってきた。
「わわっ‼」
子犬と同じ大きさの毛の塊は僕の足の下をくぐり抜けて、西条さんの方へと集まっていく。計12匹の動く毛玉は、西条さんの足元でぴょんぴょん跳ねまわっている。
「こ、これ、ヤミ……」
「これはね、ヤミの元。人間はね、ストレスとかを無意識に外に追いやるんだって。その時に人間から分離されたストレスがこれ。これを内に溜め続けると、人間はヤミになる。人間じゃなくなる」
「へー……」
僕は足元に寄ってきた毛玉に触れてみる。もふもふの小動物のようだった。
「……ヤミになった人間は、もう自分の意志で死ぬことができないの」
西条さんは衝撃的なことを言い放った。
「……え?」
「ヤミは完全な化け物。ヤミになれば『人間』としての意志は無いの。あれは、『人間』じゃないの」
呆然とする僕に、西条さんは言葉を続ける。
「私が戦う理由は2つ。1つはヤミが人間の世界に被害を与えないため。もう1つは、ヤミとなった者の『人間としての尊厳』を守ってあげるため」
「……」
重い言葉だった。
笑顔が素敵で、明るい彼女から発せられるとは思えないほどに、暗い言葉だった。
「で、私はね。ちょっとした方法でヤミと同じ体づくりをしているの。だから戦えているの」
「ちょっとした方法?」
「それは企業秘密ってやつかな」
西条さんは人差し指を唇に当てた。
「これで、回答になったかな?」
「う、うん」
何とか言葉の理解はできた。いまだに信じられないって気持ちはあるけど……。
ヤミという存在についても、少しずつだが分かってきた。
「……じゃあ、次はこっちの番だね」
西条さんは立ち上がり、僕に近付く。
僕の頬に触れ、顔を持ち上げる。
西条さんは上から僕を見下ろす。
「……金森くんも、私と一緒に戦ってくれない?」
彼女はそう言った。
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