第2話 1 ようこそここはヤミの村②
・・・
無事学校1日目が終わり、夕焼け時。
「……つ……っかれたー……」
僕はぐったりとしながら通学路を歩いた。
結局放課後もクラスの人たちから質問攻めを受けた。初日の緊張ってのもあり体も心もへとへと状態……。
そう言えば西条さん……。いなかったな……。
あの子にも聞きたいことがあったし、放課後どうせ向こうからやってくると思ったが、彼女はいなかった。早々に帰ってしまったみたい……。
僕は事前に貰ったメモを見ながら、おばあちゃんの家を目指す。今は田んぼ道を通っているところだ。おばあちゃんの家は学校と距離がある場所にあるので、同じ学校の人は見当たらない。
というか、中学生どころか人も車もあまり通らない。夕焼け時ってこともあって、ちょっぴり寂しい雰囲気も漂っている。
田舎ではあるものの、景色はよく見えて良い所だと思った。高い建物が少ないからか、朱色の空がよく見える。虫は確かに多いけど、虫の音は嫌いじゃない。緑に囲まれていて、風が吹くたびに木の葉が飛び舞っている。
どこか懐かしさを感じる景色だ……。
空気もおいしいし、良いところだなあ……。
僕はここで始まる新しい生活にワクワクしながら、帰路に着いた。
の、途中で。
招き猫が、道の真ん中にぽつんと立っていた。
「……え?」
玄関やリビングに置いてあるような、やや大きめの招き猫。
僕は一瞬「誰かが落としたのかな?」と思った。
しかしなんだか、異様な雰囲気を感じた。
なんか、変だ。
見えちゃいけないものを、見てしまったみたいで……。
ぞわぞわと、何かが背中をなぞっているような。
そう、本能的に「まずい」と思う、感覚がする。
「み エ ル の ?」
突如、無機質な招き猫と僕の目が合った。
「ひっ!」
「みエルの? みエルのみエルの? みエルの??」
カタカタと音を立てて、招き猫は不気味な声で、不安を煽るような声でしゃべっている。
「みエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルのみエルの?」
あ。
これ、多分。まずい、やつだ。
僕の体がすぐに動く。
僕は道を引き返し、学校に向かって走り出す。
あれ、だめだ! 多分、見えちゃいけない奴だ……‼
僕は無我夢中で走り出す。全身から危険信号が送られているのが分かる。
苦しい。心臓が、ばくばくする。
息を荒げながら、僕はとにかく走る。
招き猫が上空からドンッと降りてきた。僕の道を塞ぐように、巨大化した招き猫が目の前に立ちはだかる。
「う……わあ……⁉」
僕は驚きのあまり尻餅をつく。
先ほどまで小さかった招き猫が。今じゃ見上げなきゃ顔が見えないぐらいにまで大きくなっている。近くにある電線よりも高く大きい図体で、招き猫は僕を見下ろしている。
夕日により、不気味な招き猫の影が出来上がる。
「……」
僕は、あまりにも現実からかけ離れた現象に動けずにいた。脳の理解が限界を超えてしまった。
無我夢中だったせいか、僕は学校に向かっていたはずなのに、全然違う道を走っていたみたいだ。住宅も1つも無い、さびれた神社がある道に出てしまっていた。
あれ、ここ、どこだ……?
僕は泣きそうになった。
そんな僕の前に立った招き猫は、元々上げていた右腕を動かしていた。曲げていた右手首をまっすぐに伸ばす。もはや置物では無かった。一種の「生物」のように、腕を動かしている。
そして。
招き猫は、僕に向かって腕を振り下ろしてきた。
「……!」
体が、体だけが動く。
逃げなきゃっ、と思う前に、僕は無意識のままに地面を転がっていた。
地面を転がり、招き猫から繰り出される攻撃を避ける。
ドオ……ン。
招き猫の拳骨が、振り下ろされる。
大きな揺れと、鼓膜が破れそうなぐらいにうるさい音。
招き猫の拳骨が振り下ろされたコンクリートの地面が、陥没している。
コンクリートが、砕かれている。
「……あ……。ああ……?」
僕の体は更に震えた。
だって。避けて……。避けて、いなければ……。
死んでいた。
粉々になっていた。
僕が、何をしたっていうの……?
「みエテル。みエテル」
招き猫の口が動いている。子供が数十人集まったような声だった。明るいトーンだったが、僕にとってはそれが恐ろしくてたまらない。
得体のしれない化け物は、目をぎょろりと動かし僕を見つめている。
「こっちにオイデ。オイデ。オイデ?」
招き猫は地面から手を離し、「来い来い」と言わんばかりに手招いている。
「い、やだ……」
「オイデオイデオイデ?? オイデ??」
招き猫が近づいてくる。陶器のはずなのに、置物のはずなのに。招き猫は浮いて移動している。
「オイデオイデオイデオイデオイデ」
招き猫は両腕を横に広げる。僕を両手で潰そうとしている……。
もう、だめ……。
怖い。
僕は目を瞑った。
と。
「何しているの‼」
招き猫の声とは違う、怒号が飛んできた。
僕は声に体を強張らせながら、目を開ける。
痛みがやってこない。僕の体はまだ潰されていない。
恐る恐る、僕は招き猫の方に目を向ける。
招き猫の頭上に小刀が刺さっていた。刺さったところからひびが入っている。
「何しているの‼ 早く逃げて‼」
少女の声だった。……いや、あの声は……。
「西条さん……?」
よく見ると、昼間会ったクラスメートの1人が小刀を突き立てていた。昼見た時に印象に残っていた黄色のシュシュが、僕の目に映る。
「ど、どうして……?」
「早く‼ あなた、殺されるよ‼」
「……っ!」
「殺される」という言葉に、僕の体が反応する。
立ち上がり、服に付いた泥などにも目をくれず、走る。
とにかく、安全なところに逃げるために。
ここから先は、僕も知らない道。もはやどこに通じるのかも知らない。
しかし、そんなこと言っている場合じゃなかった。
僕は必死で、招き猫から逃げた。
……どれだけ、時が経ったのだろう?
朱色だった空は、暗い黒い空へと変わり始めている。
周りはうっそうとした森。走るのに夢中で気が付かなかったけど、多分、学校の裏山に入り込んでしまったのだろう。
冷ややかな風が、僕の肌から体温を奪っていく。
薄暗い。まだぼんやり周りは見えるけど、そのせいで余計不気味だ。
声が、聞こえる。
それは、最初はざわざわとした小さな声で、木々の音だと思っていた。
けど違った。
どんどん、言葉がはっきりと聞こえてくる。
「おイデおイデ」
「アなたもココにきた」
「見エル? 見エるの?」
招き猫とは違う。老若男女の声。
僕を囲むように、声が、襲う。
押しつぶされそうだった。
僕はその場に座り込み、ガタガタと体を震わせることしか出来なかった。
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