ヤミ森ノ夢

@pu-are

1章 マネキネコの怪

第1話 1 ようこそここはヤミの村➀

 アカと、クロ。

 それが唯一はっきりと覚えていた記憶だった。

 まるで記憶がすっぽり抜けているような。……うーん。少し、違う? なんだろう、現実なのか夢なのか分からない状況というか……。

 色はかろうじて覚えているけど。何があったかよく覚えていない。

 そう、まるで。


「夢」を見ていたけど、朝になったら全部忘れちゃったような感覚。


 13年生きてきた中で、僕はその半分以上の記憶をよく思い出せないでいた。






・・・

「……次は、さずな駅、さずな駅~。お降りの際は足元にご注意して……」

「……あ」

 ガタンッと電車が大きく揺れ、僕は目を覚ました。車掌アナウンスを聞いて僕は急いで立ち上がる。

 やばい、眠ってた。ここで降りるんだった。

 切符を握りしめ、僕は電車の乗降口へと向かった。


 さずな駅はとても殺風景な場所だった。

 小さな駅で、壁も汚く外装は一部剥がれている。一応駅員さんはいるようだが、眠たそうにしていてろくに仕事をしていないように僕は思えた。

 バラバラになった蝶の死骸が落ちている階段を降りて。

 さずな駅から出た。


 着いたさずな村は、一言で言うとドがつくほど田舎だった。

 駅近くというのにホテルや商業施設、ビルという建物が無い。降りてすぐにただ広い道路が広がっている。一応店は近くにあるが、都会のように百貨店とかがあるわけではなかった。酒屋だったり、牛乳屋だったり。しかも看板がかすれていて外装も綺麗じゃないので、とても入る気にはなれなかった。

「……おばあちゃん……、どこかな……」

 人気が無い駅の前で、僕はスマホをいじろうとしていた。

 と。

 1台の軽自動車が、僕の目の前で止まる。

「ごめんなあ。いつき。少し待たせてしまったかい~」

 車の窓が開き、僕より背が小さいおばあちゃんが顔を覗き込んでいた。

「ううん、大丈夫。今着いたところだよ」

「そうかい。……それにしても、本当にこのまま学校に向かっていいのかい? 来たばっかだし、家で休んだ方がいいんじゃない?」

「いいよ。今日行くって学校に連絡してあるから。もう制服も着ているし」 

 そう、僕は今全身真っ黒の学ランを着ている。村に着いたらすぐに学校に行けるようにね。

「そうかい。……それにしても惨い話だよ……。まさか、こんなことになるなんてね……」

「……」

 おばあちゃんのつぶやきに、僕はどう返していいか分からず下を向く。

 しばらくして……。

「やめてよ、おばあちゃん。もう、それはいいからさ」

 僕は何とか笑って見せた。

 おばあちゃんは「そうかい」とだけ言うと、車を走らせた。


 さずな村は、おばあちゃんの家がある村だ。

 僕は今日からこの村に引っ越すことになったのだ。親族が死んだり倒れたりして、身寄りがない僕を、おばあちゃんが引き取ってくれることになったのだ。

 愛知から新幹線で約1日。今までいたところと比べ、ここはとても簡素で、質素で、何もないところだと感じた。

 空気が澄んでいる。僕は肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込んだ。

「いいところだろう?」

「……うーん。何も無さすぎない? ここ」

 僕は車の窓から家を見てみる。駅から離れたらまだ何かあると思ったが、そうでもなかった。住宅は密集しているが、そのすぐ横は店とかではなく田んぼ、畑、用水路。スーパーマーケットも1店舗しかなかった。コンビニが2店舗見えただけまだマシか、と僕は思う。

「まあ都会と比べたら味気ないかもしれないけど……。じき慣れるさ」

「まあ……ね。静かなのは、なんか落ち着いていいね」

 僕は景色からそっぽ向き、スマホの画面に目を向けた。

 引っ越しってことで前の学校の友達とはお別れだったけど、悲しいわけじゃない。仲の良かった友人とはLI〇E交換をしている。だから完全にさよならっというわけではない。

 こうして車に乗っている間にも、ぴこんっ、ぴこんっと通知音がせわしなく鳴っている。

「愛されているねえ……」

「……うん」

 僕は適当なメッセージを返し、スマホをしまった。

「緊張しているのかい?」

「うん。うまくできるかなあ……。友達もできるかなあ……」

「いつきならできるよお」

 おばあちゃんははっきりと言った。

「見えてきたよお。あれが、いつきが通う学校だろう?」

 おばあちゃんの声に反応し、僕はまた窓を覗く。

 どこにでもありそうな公立中学校が見えてきた。結構大きめ。校舎の後ろ側には森。緑に覆われている。

 虫がいそう……。虫よけスプレー、買ってこなかったな……。

「ここが通学路でいいのかい? とりあえず停めるよ?」

 おばあちゃんは車を停め、僕の方を見る。

「……じゃあ、いってきます」

「あ、ちょっと待って、いつき」

 車を降りようとした僕に、おばあちゃんは何かを渡してきた。

 

 それは「交通安全」と書かれたお守りだった。


「それがあれば、きっと友達ができるよお」

「……多分、お守り間違えてるよ。これ交通安全のお守り……」

 僕が指摘すると、おばあちゃんは「ありゃ」と驚いた声を上げた。

「間違えちゃったわあ……。ごめんねぇ……」

「ううん。これ、貰ってもいい?」

「いいよ。持っていきなあ」

 せっかく買ってきてくれたんだもん。交通安全のお守りも大事だし!

 僕はお守りを鞄に入れる。

「……じゃあ、いってきます!」

「いってらっしゃい!」

 おばあちゃんの声を背中で受け止めながら、僕は学校へと向かっていった。


・・・

「……か、金森かなもりいつきです。よろしくお願いします……!」

 みんなの前で自己紹介するっていうのは、慣れないものだあ……。若干声が裏返っちゃった気がする。

 その後は何事もなく授業を受けていたけど……。


「金森くん‼ どこから来たの⁉」

「よろしくね‼ ねぇねぇ、今はどこに住んでるの⁉」


 案の定、クラスの人たちから質問攻めにあってしまった。

 大勢の人に話しかけられて緊張してしまう。「あ、あう……」っていう情けない声しか出てこない……。

「おい女子―。転校生困っているだろ。やめてやれよー」

「あー。照れてるの? かわいいー!」

 クラスの人たちの、そのような会話が聞こえてきた。多分、ここは仲の良い明るいクラスなんだろうな……。まあ、好奇心が強すぎるのか、そのせいで絶賛僕が困っているわけなのだが……。

「とりあえずー。金森くんはどこから来たのー?」

「え、えっと。な、名古屋から……」

「うわあすごい‼ 都会から来たんだ‼」

「ねぇねぇ! 名古屋ってどんなとこ⁉ てかここに来たのはなんで⁉」

「えっと、えっと……」

 僕は戸惑いながらも質問に答える。

 ふ、と。僕は学校の窓に目をやった。


 その時、だった。


 黒い、大きな巨人が僕の目に映り込んだ。


「……は?」

 突然の、「異物」だった。

 「あれ」は、なんだ……?


 クラスメートの声が、耳から聞こえなくなった。

 僕は一瞬、目を疑った。

 

 学校近くにある、山の中。緑が生い茂る中、2つの目を持った黒い化け物が、いる。

 全身が虫の集合体みたいにざわざわと動いている、見たことも無い人型の何か。でも、人じゃない。明らかにそこらの家よりも大きいし、顔には目しかないから。

 そんな人外が、明らかに「いる」。僕の目に映っている。


 そして、奴と目が合った。


「あ……あれ……」

 僕は信じられないと思いつつ、でもまともな判断ができなくて窓の外に見える何かを指そうとした。


 と、その時。

「……だめだよお‼」

 後ろから、僕の耳元で誰かが大きな声で言った。耳がキーンってなるぐらいの声量だ。と同時に僕の視界が誰かの手によって遮られる。

「もー、みんなー! 転校生君困ってるじゃん‼ 彼、すっごい混乱しているみたいだよー⁉」

 先ほどの大声と同じ声が、次は更に一段大きい声量で聞こえてきた。な、何……? 何事……?

「いや、西条。転校生はお前の行動にめちゃくちゃ混乱していると思うぞ?」

「え、そうなの?」

 僕の後ろにいるであろう誰かは、僕の目元から手をぱっと離す。

 もう一度外の景色が視界に映る。が、先ほどの異形はいなくなっていた。


 あ、あれ……? さっき見えていたのは……?


 僕は先ほど見えた者について疑問を感じつつも、後ろを振り返る。

 黒ブレザーに膝ほどのスカート、青いスカーフというこの学校制服をやや着崩している女子が、僕の背後に立っていた。黄色のシュシュで左髪を結い上げている。怪我をしているのか、右太ももから靴下まで包帯が巻かれていた。

 この女子は僕に向かってキラキラな目と笑顔を見せる。

「凄い‼ この子、すっごいふにふにだよ⁉」

 なんと、女子は僕の頬を触ってきた!

「へっ、えっ……⁉ な、何……⁉」

「あー……。すまんな、転校生。そいつ、どの生徒に対してもそうだからさ」

 男子はあきれ顔で言う。

「彩月―、やめてあげなってー。怯えてるよー?」

「あ、そっかそっか‼ ごめんごめん‼」

 彩月と呼ばれた少女は、やっと僕から手を離してくれた。

「私、西条彩月! よろしくね‼」

「よ、よろしく。……あ、あの、足……」

「ああこれ? これねえー、ちょいドジっちゃってね‼」

「西条、不幸体質なんだよな……。前も階段から落ちたって言っていたし。正直、困るんだよな―。もっと足元見てくれよー」

「でもみんな、なんだかんだで優しくしてくれるじゃん? このクラスの人たち、皆優しい人だからさー‼ 金森くんもどんどん頼ってね‼」

 彩月という少女はとても明るい子みたいだ。大胆なボディータッチはともかく、話していて僕もつられて笑顔になりそうだった。

「……じゃ、じゃあ……あの。僕……」

 僕もこの村や学校について質問しようと口を開いた。

 と、そこで。

 

 キーン、コーン、カーン、コーン。


 予鈴が鳴ってしまった。

「あ、予鈴だ」

「やべ、席つかねーと」

 クラスの人達は僕から離れた。

「またお話ししようね‼ 金森くん‼」

 西条さんもそう言って、席に戻っていった。


 すごく明るそうなクラスで、僕はホッとした。もしかしたらすぐに友達ができるかも!

 けれど……。


 ……あの黒いの、何だったんだろ……。



 ただの幻影かもしれないが、一瞬目が合ってしまった異形のことが引っ掛かっていた。

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