【第3節】疑似楽園と冒険世界のインターコース

中樹 冬弥

プロローグ

 夕闇迫るコロシアムに大歓声が轟いている。

 満席の会場は、まるで生き物のように蠢き、観客は皆…中央のステージに熱い視線を向けていた。

 ザラザラとした固い床、四角くせり上がった広い舞台にはふたりの男女が向かい合っている……

 ひとりは背の高い男、刃渡り1.5mほどの長く鋭い日本刀を手にしている、細身の体だがその芯には大きな力を感じる。

 服は赤と白を基調とした戦闘用のものだ。

 黒髪に黒い瞳、誠実そうな清潔感のある顔つき、しかしそれだけではない何かを感じる男だった。

 もうひとりは背の高い女、金色の冠を合わせれば男と並ぶくらいになる。

 赤いドレスに黒いハイヒール、煌びやかなその服装は女にとても似合っていた。

 右目が黄、左目が青というオッドアイ、燃えるような赤く長い髪…ネコ科の肉食獣を想起させる雰囲気で男をみつめている。

 不意に、ぴしりと空気が鳴った。

 女が右手の黒い短鞭たんべんを振ったのだ。

「さあ、ラストダンスの始まりだぁ!」

「……ああ、俺も準備は完了だ」

 ふたりの気合に、観客も歓声で応える。

『さあ、いよいよWCS「ブラックトーナメント」も決勝戦となりました、実況は私…闘う実況者、ジャンキー細田がお届けします!』

 ステージから少し離れた場所に、その男は立っていた。

 派手なデザインの灰色のスーツ姿、特筆すべきはその容姿で、それはまさに狼の頭だった、姿勢も獣を無理矢理二本足で立たせたような、前屈みだ。

「なお、私の名前は戦闘狂の意味であって薬物依存とは関係無いのでその点はご了承くださいませ」

 大きく両手を広げてから挨拶をすると、観衆は笑いながらも不思議な容姿の男を受け入れていった。

『それでは……女帝、龍宮殿りゅうぐうでん 海里かいりとスターブレイカー、聖河・ラムルとの一本勝負……』

 ジャンキー細田がマイクを持った右手を大きく掲げる、そして

『ファイ!!』

 その手を勢いよく振り下ろした。

「聖河・ラムル……参る!」

「いいわ!○○してあげる!!」

 どうやら空間に細工がしてあるのか女の放った所謂放送禁止用語は自動的に別の音声に上書きされていた。

 高速で間合いを詰めるセイガに対して、海里は立ち止まったまま…

 何かを詠唱している。

 それは人が発する音声では無いような高速の波形、しかしまるで歌うように海里はそれを生成すると、

「プロミネンス!」

 彼女の眼前に巨大な紅炎が生まれ、セイガを焼き尽くさんと吹き上がりながら襲い掛かった。

「……くっ」

 セイガは呻くと一瞬で右手へと飛び退く、それはまるで瞬間移動したかのような速度だった。

 海里の紅炎は不発だったが、焦る様子はない。

「フォルス」

 次の準備を既にしていたのだろう、彼女の周囲に銀色のこぶし大ほどの人形が幾つか出現した。

 セイガは一旦間合いを取っていたが、意を決して大きく飛び上がった。

「これでどうだ! ヴァニシング・ストライク!!」

 セイガの強力な突進、黒い重力を味方にした赤い奔流が夕日を浴びながら海里へと浴びせられる。

 彼女はあっさりとそれに貫かれ、ドレスと共に消滅した。

『おおっと!これは大ダメージ……いやこれは!?』

 海里のいた場所には銀色の人形のみが漂っている。

 そして彼女自身は四角いステージの角に無傷のまま移動していた。

 海里はくすりと笑うと、指先が露わになっているタイプの黒い革グローブをした左手を天に突き上げ、セイガを挑発した。

「ダメージを人形に肩代わりさせたのか」

 それはセイガにも分かった。

「ご名答、そしてこんな使い方もできるの…よ!」

 海里が短鞭を振るうと、ダメージを受けて消えかけていた人形が瞬時に大きな火柱をあげた、

 技の都合上、近くにいたセイガは躱そうとするが逃げ切ることが出来ず、その体を焼かれる。

「はぁ…はぁ……」

 火傷は軽度だが、セイガの体力は確実に削られていた。

『凄いです!攻防一体の海里の攻撃にセイガも思わぬダメージを負ってしまったぁ!』

 セイガを気遣う声が会場に木霊する。

 セイガは再び日本刀…狼牙を構えると気合を込めた、

「俺は……こんなところで負けるわけにはいかない!!」

 そして海里へと斬りかかる、まずは詠唱を止めないと…セイガに勝ち目はない。

『セイガの連続攻撃! 海里はどうする!?』

 銀の人形がひとつ、またひとつを消されていく……セイガも無傷ではいられないが、この猛攻を止めてしまえば、海里のペースになるため…必死だ。

「おおおおお!」

 海里を守るように浮いていた人形を切り裂く勢いのまま、彼女に肉迫するセイガ

 しかし

「ゲイル!」

 周囲の紅炎を纏った突風がセイガを弾き返し、そのまま周囲に残る炎を喰らわせた。

「うわっ」

 セイガはステージの端まで後退する。

『さすが「超高次元のスペルシンガー」! 海里の<呪文>の発動速度は驚異的だぁ!!』

 海里の使う<呪文>は高度に圧縮され、それ自体がエネルギーを持つ情報であり、それを行使するには長い詠唱が必要なのだが、彼女はそれをいとも簡単に歌い、紡ぐことが出来るのだ。

『しかし!セイガもここで終わるような男ではないぞ!』

 セイガが戦闘態勢を取る。

 今まではどこか、女性に剣を向けることに躊躇が少しだけ…見えていた。

 だけど……眼前にいるのは強力な、敵だ。

「ファスネイトスラッシュ」

 セイガの剣閃が幾重にも連なり放たれる、それらは見事に海里の周囲を守っていた人形を捉え、貫いた。

「ちぇっ」

 ここで爆発させる訳にも行かず、海里は後方に飛ぶ。

 だがそれこそセイガの思うところであり、先回りするかの如く海里の背中に突然現れた。

「ファスネイトスラッシュ!」

 先程の遠当てとは違う、居合斬りのような一撃が海里を切断する。

 しかし、それも人形によるダミーだったようで、セイガは急ぎその場から離れた。

 続く爆発音

『セイガの文字通りうっとりするような見事な技でしたが海里も上手く躱しています! 素晴らしい攻防だ!』

「私を飛び退かせるなんて…流石ね、ゾクゾクする」

 舞台の中央、両腕を自ら抱きながら海里が熱い視線をセイガに向ける。

「でも……もっと、もっとよ…ボウヤ」

 会場に、切り裂くような音が響く、海里の周囲がゆらゆらと歪んでいる。

 何か大きな技を使う気だろうか……

「させない!」

 セイガが一気に間合いを詰める。

「ゲイル」

 海里は短鞭を振るい、セイガを遠ざけようと突風を放つ、しかし

魔 性 天 切ましょうてんぎり !」

大上段から放たれたセイガの一撃は風を切り裂いて海里に襲い掛かる。

 同時にセイガ自身も海里を追い詰めんと肉迫する。

(決まった)

 その刹那、海里は舞うように剣閃をいなすと、その流れのまま右足を大きく振り上げた。

「え?」

 赤いスカートが翻り、黒いストッキングとガーターベルト、そしてその奥の魅惑のゾーンまでセイガの目に入る。

 セイガの動きが一瞬止まる、そして天から踵落としが炸裂する。

『セイガが、沈んだぁ!』

 海里はセイガを見下ろしながらも攻撃を止めない。

「バインド」

 不可視の魔力による縄がセイガの動きを封じた。

「くそっ!」

 続いて跪くセイガの頭上に銀色の人形が現れる…

 その数は13体

「な、いつの間にこんな数を……」

「隠してたの……気付かなかったでしょ?」

 海里はセイガに背を向けると、カツカツと高らかな靴音を上げ、歩き出す。

 手にした短鞭を、もう片方の手で撫でながら……

 その優美で高貴な姿は、まさに女帝の風格だった。

「十三の生贄を持ちて 真紅の逆焔ぎゃくえんに焼かれなさい」

 海里の目の前に、『逆』の『真価』ワースが浮かび上がる……

「……サクリファイス!!」

 その言葉が引き金となり、ステージを紅の火柱が席巻した。

 その中心にいたセイガもひとたまりもなかった。

『終了~~!! 勝者は龍宮殿 海里さまだぁ!!』

 大歓声の中、勝負はこうして幕を降ろした。



「それじゃあ、まだまだね」

 海里が足元に倒れている男につま先を向ける。

 それはセイガ…では無かった。

 セイガの姿をしていたものは、映像が変化するように見た目を変えていく。

 端的に表現すると、それはカメレオンのような人間だった。

 髪などの体毛は無く、独特な茶色の皮膚…目は球状でそれぞれが独立して動くようだった。

 服は着ていたが、何となく違和感を感じる姿、男は二本足でひょろひょろと起き上がると悔しそうな目で海里をみつめた。

「聖河・ラムルをベースにフルチューンした俺の自慢の義体を破るとは…やれやれだぜ」

 男の本当の名前はバアク・マナフ、様々なデータを用い、別の人間に変身することができる『似』の『真価』の持ち主だ。

 『真価』とはこの世界に選ばれた者が持つ、特別な力、様々な恩恵を得ることが出来る。

「どうせならゴットの方を使うべきだったかな……」

 彼はアルランカの大レースの映像からセイガの能力を解析したのだ。

「結果は変わらないわ、それに私の情報だと…大レースの後にセイガとゴットは再戦していてその時はセイガが勝っているそうよ、情弱はダメダメね」

 どこで手に入れたのか、海里はそのことを知っていた。

「何だと?くそう…俺もまだまだか」

「だからそう言ったじゃない」

 その時、不意に舞台に上がるものがいた。

 青みが掛かった白く長い髪、薄紅の瞳はとても綺麗で全ての人を魅了するかのような淡い輝きを放っている。

 とても小さな体、しかしファンシーなその服の上からでも分かるほど、胸は豊かだった。

 そして兎のつけ耳を頭にしてぴょんぴょんと跳ねるように近付くその姿はまさに子兎のような可愛らしさだった。

「カイリた~~ん♪」

 勢いのまま、少女は海里に抱きつく。

「ルーサ―っ☆」

 海里もまた、少女を抱き締める、とても美麗で微笑ましい光景

「凄かったね、カッコ良かったよぅ……でもダイジョブ?ケガとかしてない?」

 ぺたぺたと海里の体を少女の指がなぞる。

「あは、こんな三下に私が傷つくわけないじゃん♪」

 そう言いながら海里が観衆に向けて左手を大きく振った。

『おおっと、これはチーム「SOエスオーラビッツ」のリーダー、藤枝ふじえだ 瑠沙るうささんですねぇ、海里さんとは公私ともに仲がいいとの情報がありますが……まさに尊い!』

 ジャンキー細田の声に賛同するように歓声がふたりを包む。

「カイリたん、それで目的の方は…うまく果たせたのかな?」

 海里にだけ聞こえるように、瑠沙が耳打ちする、どうやら海里には何か目的があったようだ。

「ふふ…まあね、これで私の野望まで……あと一歩ってトコまで来たよ♪」

 不敵な笑みを浮かべながら、海里はコロシアムの貴賓席に目を移す。

 そこには恰幅のいい男性が玉座のような椅子に腰かけている。

(いつまでも……そこに居られると思うなよ)

 一瞬、海里の瞳の奥に昏い炎が宿るが、瑠沙が覗き込んだ時にはもういつもの姿に戻っていた。

「どしたの?」

 キョトンとする瑠沙に

「あはは、ゴメン…ちょっとムラムラしてたw」

 そう軽く冗談で返したが

「そっか、カイリたんらしいね♪」

 瑠沙は信じ切っている様子だった、そんな盟友に呆れながらも救われている…そう感じる海里。

(……利用するしか無いんだ)

 海里は日が沈み、急速に闇が広がる空を見上げる。

 その視線の先には青い星……

 セイガ達が現在住んでいる第4リージョンが映っている。

「さあ、次はアンタの番だよ…聖河・ラムル!」

 海里は青い星を大きく指差すと、高らかに勝利の宣言をするのであった。

 ここは第6リージョン、セイガも未だ想像しかできない…新しい世界、その世界から、セイガを求めて……彼等は舞い降りる。

 それが、次なる争いの始まりとなることは、まだ誰も知らない……

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