第8話:御先手鉄砲組
幕府が公的に犬狩りを始めて一カ月が経っていた。
家基は側近の諫言で自重しており、犬狩りどころか鷹狩も遠乗りも控えているので、長谷川平蔵が微行の護衛に駆り出される事も無くなった。
そもそも、熊五郎と虎三郎を見事に討ち取った事で、西之丸書院番から御先手鉄砲組の頭に大抜擢されている。
これは家基による、長谷川平蔵に火付け盗賊改め方の当分加役を命じられるようにするための布石だった。
犬狩りの検分役として関八州を自由に行き来できるようにしたのも、浅草仙右衛門一味を探すのに役立つと家基が思ったからだ。
それは、同じ様に犬狩りの検分役にされた柳生玄馬も同じだった。
小十人組の頭になったばかりなので直ぐには出世させられなかったが、これまでの名門を自慢するだけの与頭や番衆に変えて、頭の切れる者が組下に加えられた。
全ては柳生玄馬の足らないところを補って浅草仙右衛門一味を探す為だった。
ただ、長谷川平蔵には一味の探索よりも犬狩りの方が大切だった。
自分の配下となった御先手鉄砲組の与力同心だけでなく、検分する事になった番方を休ませる事なく使って、野犬や狼を狩らせた。
本来なら犬追物のために生きたまま捕らえる犬や狼を、逃がすくらいなら殺せと命じて山狩りを繰り返した。
どのような手段を使っても、野犬が民百姓を苦しめないように、徹底的に狩った。
家基の呼び戻されない限り、常に犬狩りに出ていた。
御府内の犬や狼は、江戸を離れたくない番方が狩るので、長谷川平蔵は多くの番方が嫌がる関八州の遠方を中心に犬狩りを行った。
そんな長谷川平蔵が赤城山にいる野犬を狩っている時に、緊急の連絡が入った。
「長谷川様、浅草仙右衛門は越後におります」
柘植松之丞配下の下忍が江戸からやってきて伝えたのだ。
最初の縁から蟹顔や能面が伝令に選ばれる事が多かったのだが、緊急の連絡だった唐か、初めて見る顔が知らせに来た。
「このまま越後に行った方が良いと言われて来たのか?」
長谷川平蔵が確認した。
「はい、火付け盗賊改め方への任命は、既に行われております」
浅草仙右衛門の情報を得た柘植松之丞は、西之丸御庭番として召し抱えられた配下を通じて、長谷川平蔵の火付け盗賊改め方長官任命を家基に願い出ていた。
「分かった、者共、功名手柄を稼ぐ時ぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
長谷川平蔵の配下となっている、御先手鉄砲組の与力同心が一斉に答えた。
誰もが、御頭となった長谷川平蔵が、田沼意次だけでなく家基にも信頼されている事を知っている。
番方に付けられた与力同心は、家禄が増える事は滅多にないが、絶対に無いとは言えない。
城下に詳しく探索に優れた町民が、西之丸御庭番に大抜擢されたという噂もある。
そこまでの大抜擢は無理でも、七〇俵五人扶持の徒士への抜擢は有り得た。
長谷川平蔵が、柳沢吉保や田沼意次のように大名に大抜擢されるような事があれば、重臣として召し抱えてもらえるかもしれない。
そこまでは行かなくても、江戸町奉行に抜擢された時に内与力にしてもらえるかもしれないのだ。
長谷川平蔵が長崎奉行に抜擢された時には、長崎奉行所の与力同心として引っ張ってもらえるかもしれないのだ。
そう思って全員が命懸けで働いた。
長谷川平蔵も銭金を惜しまず与力同心に探索費を与えた。
足高で得た一一〇〇石と六〇人扶持を、惜しみなく与力同心に与えた。
家基が渡してくれる手許金も全て役目のために使った。
そんな長谷川平蔵だからこそ、無駄な金は使いたくなかった。
以前とは違って、役目と配下に使う金以外は惜しむようになっていた。
赤城山から越後長岡藩七万四〇〇〇石の新潟湊まで行くには、私用だとそれなりの金が掛かる。
公儀の御役目で街道を使うなら、宿泊代を使わなくてすむ。
どうしても払わなければいけない時も、後日江戸から送る事ができる。
高崎まで行けば、三国街道を使って新潟湊まで行ける。
宿場町では問屋場に命じて御用に必要な物を用意させられる。
江戸への連絡も御用飛脚を使う事ができる。
「今日中に高崎に行く、全力で駆けよ」
「「「「「おう!」」」」」
長谷川平蔵の下知を受けて、与力同心が駆けに駆ける。
今回の出役に同行した与力は六騎、馬は御先手組で飼っているのを使っている。
同心は三〇人で、全員が心の臓が破裂しそうになるくらい駆けた。
何とか陽が暮れるまでに高崎宿に辿り着く事ができた。
長谷川平蔵は幕府の御用だと言って、与力同心も本陣と脇本陣に泊まらせた。
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