第43話 きょうのわんこ ⑧

「イタカ、リューヤの物資集積所を見つけたとの報告があった」


「あ、マジすか?んじゃ、そこに車持って来ましょー」


「了解した。アルファからブラボーへ、そちらへ車を回す。念の為五人ほどで物資集積所を守り、三人は車の誘導をしろ」


『了解です、ミラさん』


うむ、良い感じだ。


あの後、私に対して全面的な協力を申し出て来たミラ・グラークは、部下及び性奴隷と途中で回収した若者、全て含めて二百人ほどの団体で大移動をしている。


リアリストのミラがこのような無謀な集団移動を行うのは、やはりこの「チェックポイント」によるものが殆どだろう。


現在地は、後一週間もすれば兵庫に辿り着けるであろう地点。


その、通販会社の倉庫の中に、目が眩むほどの量の物資が平積みされている……。




「すげえ、ホローポイントのライフル弾だ!」


「こっちにはAKだ!」


「見ろよ、焼き鳥の缶詰がこんなに!俺これめっちゃ好きなんだよなあ」


「破片手榴弾ってのか、これは?危ないから運び方は威貴姐さんに聞こうぜ」


「シロネコのトラックに米を運べ!袋破いたら殺すからな!」


「水ボトルはこっちにお願い!」


「わあっ!チョコレートがあるわ!嗜好品はオガワ急便のトラックにまとめておきましょ」


チェックポイント。


先行している先輩が、私達に向けて、物資の集積所を作ってくれている。


昼の無線通信の際に、私達が必要なものを伝えて、先輩がそれを特定の地点に集積しておいてくれる訳だな。


で、後から来た私達が、その物資を手に入れて、この大集団を維持する、と。


そう言う訳だ。


だからこそ、慎重派のミラも、このような無茶な大規模遠征をやっている訳だな。


物資は、量も質も凄まじい。


もうこれなしでは生きていけないと、そう思えるほどだ。いやまあ、崩壊前はこれらが普通に手に入っていたんだが、それはそれとして。


私は、武器類の安全な取り扱いを教えつつ、ミラは全体への指示出しをし……。


他のサブリーダー達も、それぞれが役割を果たした……。


集団の総リーダーはミラ。


ロシア系アメリカ人、ライフルのプロである女子高生。


その相談役が私、威貴。


相談役という一歩引いた立場だが、少なくとも強いことは知られているし、ここにくるまでのゾンビや無法者との戦いで力を見せてきた為、舐められることはない。


そしてサブリーダーは四人。


弓道部の部長だった青年、瀧青都(たきあおと)。


野球部のエース、松尾悠馬(まつおゆうま)。


陸上部の長距離ランナー、薬師寺伽耶(やくしじかや)。


生徒会会計、蔵元回那(くらもとかいな)。


「ミラさん、物資の運び込みが終わりました。セーフポイントで陣を張って、飯にしようと思います。戦闘班のアルファ、ブラボー、チャーリーは先に休憩で、残りは見回りでよろしいですね?」


「ああ、そうしろ」


青都は、人間としてはまともな方で、ミラに従っているのも歳の離れた妹を守る為だったりするそうだ。


ミラのやり方は気に食わないらしいが、少なくとも現実は見えていて、理想を追って今を捨てるようなバカな真似はしないみたいだな。


一方で、悠馬を中心に血気盛んな若い男共は、平気で強姦をやるような奴らだ。


使えないと判断された女は、即座に性奴隷にされている。


まあそれは仕方ない、こんな状態で炊事も洗濯も、戦うこともできず、メソメソと泣くことしかできない女なんて不要だからな。性奴隷くらいしかできることはないだろう。


むしろ、男達の慰み者になる程度で、衣食住を保証してもらえると思えば、今のこの世界では有情だ。


身体を使って良いから助けてくれ!と、そう命乞いして死んでいった女を見たことは、一度や二度では済まないからな。


「おー、飯か。オメーら、チャチャっと食ってゾンビ共潰すぞ」


「「「「ウィーッス!!!」」」」


「あー、んで、ハメ穴女共にもちゃんと飯食わせとけよ?死なれちゃ困るんだと。今俺らが追ってる『大リーダー』様の方針次第じゃ、怒られっかもしれねーからな」


「「「「うっす!」」」」


一方で女達は、そんな野蛮で低俗な男達を見ても、シビアな視点を持っていた。


いや、生存バイアスだな。シビアな視点を持てない女はもう死んだか、性奴隷になっているかだ。


「やった、今日も米だ。回那、記録はもう良い?」


「うん、良いよ。ってか初回だから記録はしなくていい。水も使って」


「おっけー。オラお前ら!仕事だぞ!働けねえ女は性奴隷落ち、男は殺すからな!」


「あ、盗んだクズは指折るから。相互で見張れよ?密告した奴には嗜好品をプレゼントね」


元々、伽耶は中性的で男女共にモテる美女だったし、回那は清楚なお嬢様だったらしい。


だが、こうして世界が崩壊すると、人格は歪んだ。


伽耶は粗暴で暴力的になったし、回那は狡猾で悪辣になったそうだ。


まあそんなものだろう。


訓練を受けてない一般人が、こういう状況になってまともな人格を保持できるはずがない。


日本は民度が良いなどと言うが、飢えて困窮すれば人間なんて皆下衆になるに決まっている。


むしろ、このコミュニティの連中は下衆だが、破滅的な諦め思考をしていない分、他所の単なるクズと比べればまだマシと言って良い。




野菜の水煮に、小麦を練った水団を入れ、麺つゆと出汁の素で煮込んだスープ。


真空パックの漬物に、炊いた白米。


それに、魚の干物を炙ったもの。


簡単な食事だが、味は美味いし、なにより保存食ではない温かい食事を食べると、活力が湧くというものだ。


「イタカ、今後の予定だが」


「ミラっすか。アドバイスはするっすよ」


ミラと食事をしながら、私は日程の調整をする。


「『大リーダー』様は流石だな。この辺りには目ぼしいゾンビはもういない。残敵を適当に蹴散らしながら、先を急ぎたいと思う」


「確か、先輩はもう神戸に着くそうっすね?でも、防衛陣地を形成して仮拠点を作ってから、物資探しとか言ってたんで、そんなに急ぐ必要はないんじゃないっすか?」


「お前はそうだろうが、私達は違うだろ。少しでも早く神戸に到着して、掃討を手伝い、大リーダーの役に立てるとアピールしなきゃならない」


「んー、別に気にしないんじゃないっすかね、あの人は。戦うのはこれきりにして、後は田んぼでも耕せー、とか言いそう」


「武力が不要な訳は……」


「いや、なんか最近コンクリートを出せるようになったらしくて。村に帰ったら、村の周りをぐるっとコンクリート壁で囲って、城塞都市みたいにするらしいっすよ」


「……なるほど、規格外だな」


「ま、自警団くらいは必要らしいすけど、手っ取り早く上に立ちたいんなら、先輩の子供でも産めば良いんじゃないっすか?」


「ふむ……。私は実家が敬虔なカトリックでな、未だに処女なんだ。それでも、大リーダーは私に手を出すと思うか?」


「あ、その辺は大丈夫っすよ。もう既に女子高生四人を囲ってて、世話役に女子大生二人を侍らせてるらしいんで」


「ハ、大リーダーも所詮は男ということか」


まあその辺は仕方ないだろう。


ただ……。


「いや、その辺りっすけど、あの人ちゃんと考えて抱いてるっぽいっすよ?正妻四人は、『魔導師』『工業技術持ち』『超能力者』『ゾンビウイルスの抗体持ち』だそうで。多分、自分とこに大きな力を持つ女を集めて、自分の身内で支配者一家を作ろうとしてるっす」


で、そこに私も正妻として入って、より強い変異体の子供を産ませて、支配者としての立場を高めようとしてる……、と。


なんでも卒なくこなすな、あの人は。


「つまり、愛人でもなんでも、大リーダーの身内に入れば……、世界で一番豊かなコミュニティの、支配者の一家に入れると言うことか」


「そうなるっすね。神様に叱られても良いんなら、抱かれてみれば良いんじゃないっすか?」


「神、か。そんなものはどこにもいないと分かって久しいしな。分かった、大リーダーに会ったら頼んでみよう」


今の所、全てうまくいっている。


後少し、後少しだ……。

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