第42話 狂人:我を失いし模倣者

曲月無子でござる!


拙者は、日本一の女侍でござるよ!


現在は、主君である龍弥殿の為、神戸の掃討作戦に参加中でござる!


殿の天下統一の夢を叶えて差し上げる為に、拙者はがむしゃらに剣を振るうのでござるな。


殿のような素晴らしいお方が天下を握れば、万民が幸せになれるでござるよー!


父と母も、殿に拙者がお仕えすると聞いた時は、泣いて喜んで下さった。万歳三唱で故郷の村から送り出してもらったでござる。


村長の爺さんも、友人達も、皆笑顔で……。


拙者も、なんだか嬉しいでござる!


『ガガアアァ!!!』


「おっと」


いかんいかん。


戦に集中せねば。


拙者は、主人殿から下賜していただいた日本刀を抜き放ち、敵兵の頸を落とす。


拙者の家伝、「曲月流剣術」にて、お相手するでござる!


父祖から受け継ぎし、この剣技で!


「わはははは!!!!足軽如きが、殿の第一の忠臣たるこの曲月無子を討ち取れると思ったかー!!!!ぁがっ」


おっ……とぉ?


『ゥヴルルル……!』


デカいのが出て来たでござるな。


不意を突かれて首をへし折られてしまったでござる。不覚!


まあ、すぐに再生するので問題ないのでござるが。


「おいおい、ちゃんと背後にも目をつけなきゃダメだぞー?」


『ゴアアアアッ?!!』


「主人殿っ♡」


あっ!


主人殿が助けに来てくれたでござる!


拙者の首を一撃でへし折った剛腕の武者。


その一撃を、軽く片手で弾いて。


返す刀で、鉄棍棒でその巨体の武者の頭を叩き、凄まじい怪力で股下まで頭を陥没させたでござる!!!


流石は、拙者がお仕えする殿!


この人は、龍弥さんは、強い。不死身の私より何倍も何十倍も強い。ゾンビに噛まれても歯が通らないくらい頑丈だし、銃に撃たれても死なない。だから大丈夫、ずっとずっと私のそばにいてくれる。居なくならない、絶対に居なくならないんだ。ずっと一緒、愛してる……。


……あ?何でしたかな?


いかんいかん!ここは戦場!気を抜いてはいかんでござるよ!


だけど……。


「流石は主人殿!惚れ直しましたぞ!」


やっぱり主人殿は、最高でござるな!


「え?マジぃ?分かってんねぇ、俺はカッコいいのだ、バリバリ最強ナンバーワンよ!」


どこからともなく生み出される、西洋の薙刀(ハルバード)。


風が悲鳴を上げ、一振りで十体の足軽が粉砕される。


ほんの二、三回振り回されただけで、負荷によってへし折れる薙刀を、投げつけて三人貫く。


合間に放たれる回し蹴りも、足軽共の背骨を折るには充分で、倒れた敵兵も踏み込みの際に頭を踏み潰されていく……。


まさに、破壊の嵐でござるな。


そうして二時間程度戦ったら……。


「よーし!今日のところはこれで終わりだ!防衛陣形を組め!野営するぞ!」


ひとまず、戦は終わった……。




「はむ、はふ、じゅる……」


野菜と肉を味噌で煮込んだごった煮に、炊き立ての米をぶっ込んで、匙で啜る。


戦の時は、こういうぶっかけ飯が一番うまいでござるなあ。


部活の時はこうして、友達と一緒にご飯を食べて……いや、違う、拙者は侍で、侍だから、家臣達と食べていて、ああ、そうだ。


家臣達と食事してたでござるなあ。


五合の飯と五杯の味噌煮込みを腹に収めた拙者は、仮設シャワーで汗を流してから、夜風を浴びた……。


「よっ、どうだ?」


「主人殿!良い戦でござった!」


「おっ、そうだなあ。いっぱい首取ったもんな、偉いぞー」


「えへへへぇ……♡」


「褒美は何が欲しい?土地か?」


「主人殿に愛していただくだけで、拙者は充分でござる!」


「よしよし、良い子だなあ」


「んふー♡」


主人様は優しい。


主人様の奥方らも。


冬芽殿、透殿、えれくとら殿。


皆、拙者に優しくしてくださる。


他の人々は、拙者のことを「狂っている」と、「物狂いだ」と言うばかりで、まともに対応してくれんのでござる。


「神戸の制圧は一週間で終わらせる。船の整備や燃料調達を終えたら、北海道行きだ」


「蝦夷でござるか!楽しみでござるなあ」


「ああ、そうだ。村には畑も家畜もある。そうしたら、俺のガキでも産んで穏やかに暮らすんだ」


「こ、ども?私が?」


「そうだとも。何だ?まさか、自分は化け物だから、子供なんて〜とか、そんなくだらないことを考えていたのか?」


「だ、だって、私は、拙者は、ゾンビウイルスに」


「んん……、おかしいと思わないか?」


「何が……?」


「本当にゾンビが歩く死体なら、この夏にとっくに腐って、動かなくなっているはずだ。蛆虫やゴキブリ、カラスなんかに啄まれて肉は残らないはずだ」


そ、れは。


確かに、そう、だけど。


「ゾンビウイルス……、あれはな、原理は省くが、人間をゾンビという別の種族に作り変える、一種の寄生虫、呪いなんだよ」


「別の、種族……」


「だが、人間の中に、ごく稀にそのゾンビウイルスに抗体がある奴がいる。そいつは、ゾンビウイルスによって肉体を変質させられ、ゾンビのように肉体が頑丈で壊れにくく、再生する体質になる」


「あ……」


私のことだ。


抗体持ち、適合者。


龍弥さんは私にそう言った。


「その代わりに、脳の神経がイカれて、ゾンビのような食欲を持ち……、何より、肉体が変化しないから、『子供も作れない』」


「じゃあ何で……?!」


龍弥さんは、私に何かのアンプルを見せて来た。


これは……?


「ゾンビウイルスのワクチンだ」


「え、あ……、え?」


「これを注射すると、お前は不死身ではなくなり、人間に戻る。……少しの間だけな。その時なら受精するし、一度受精すれば、受精卵も肉体の一部とみなして、抗体持ちの身体は凄まじい勢いで子供を作る。恐らくは、受精から三ヶ月もしないうちに臨月を迎えるだろう」


そんな、まさか。


だって、私。


生理ももうずっと来てなくて、本当に、だって!


「生まれてくる子供ももちろん抗体持ちで、生まれつきお前と同じ体質になるだろうな。人間とは別の『そう言う種族』が生まれてしまう訳だが……、その覚悟はあるか?」


覚悟……、覚悟、か。


私の子供にも、私と同じ苦痛を味あわせる、覚悟……。


「なあに、国を作って、その国を永遠に守れば良いだけだ。因みに俺も死なないし、死ぬ予定もない。抗体持ち以外にも不老不死の方法はいくつもある……」


なら……、なら。


「ずっと、一緒に、居てくれます、か?」


「ああ」


「私を、一人に……、置いていきませんか?」


「もちろんだとも」


「……お願いします、龍弥さん」


子供、たくさん産ませてください。


死なない人間を、同胞を!


私に産ませて、増やして!


私を一人に、しないで!!!

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