第16話 狂人:心折れし依存者
私は幸運だった。
素敵な、優しい人に保護してもらえたから。
今のこの世界で、強い人に保護してもらえることより、幸せなことなんてない。
魔法の探求?知恵?知識?
そんなもの、こうなってしまっては、全部ゴミだ。
……ゾンビパンデミックが、起きた。
魔法第一である魔導師の家系に生まれ、私本人も機械が苦手であるからして、いんたーねっと?とか言うのはよく分からない。
だからその、ねっとわーく?の情報は知らないのだが、少なくともテレビではゾンビが暴れて街が滅んでゆく姿が放映されていた。
その後すぐ、私の住むこの前橋の街にもゾンビ共が現れた……。
最初のうちは、まだ、何とかなっていた。
私は最初、街の避難所である高校の体育館に逃げ込んだ。実家?私はほぼ捨てられたようなものだから、頼れない。それに、位置的にも遠いから……。
高校では、同級生とその家族が籠城しており、鉄パイプなどで男達が武装していた……。
保存食を食べながら、「自衛隊が来てくれる!」だとか何とか言って励まし合っていたのは、最初の一週間くらい。
保存食が目減りすると、配給制に移行して、食べ物も水も最小限しか渡されなくなった。
私は、自慢じゃないけれど家そのものはお金持ち。
魔導師の家系はそう言うものだ。私みたいな、本流から逸れた価値のない血の三流魔導師にも、捨て扶持としては多過ぎるものを与えられていたものだ。
例えば、家は高級マンションの一室。
お手伝いのメイドが一人。
毎月五十万円程度の仕送りと、幾らかの株、地権、本屋の経営権を一つ……。
生きていくだけなら余裕な豊かさだ。
……飢えた事なんて、喉が渇いたことなんて、生まれて初めての経験だった。
何も入っていない胃袋がキイキイと音を立てて痛み、口の中がカラカラで喉がカサつく。
酷い苦痛だった。
そして男達は、「自分達が守ってやっているのだから」と、配給を多めに取る。
それに文句など言えない。
私も、魔法が使えるとは言え、戦闘能力が高い訳ではないから。
そりゃあ、『マジックミサイル』で人一人を射殺するくらいはできるけれど、自分より大きな男複数人に囲まれて切り抜けられるような力はない。
……二週間も過ぎると、避難所は地獄の様相だった。
警官も、自衛隊も来ない。それどころか、いんたーねっとの記事では「自衛隊が壊滅した」「天皇陛下が死んだ」「総理大臣も死んだ」とかそんな情報が出てきているらしい。それも、日本だけじゃなく世界中で同じように。
もう、本当に、世界が滅んだんだと。
私達は理解できてしまった。
理解できたから、皆、狂った。
一部の強い男が、物資を独り占めして、女達は身体を要求された。
男に抱かれなくては、女は食べ物の一欠片すら与えられなくなったのだ。
もちろん、抵抗する女もいた。
でも、そんなのは、心を折る為なのか何なのか、徹底的に陵辱されてしまった……。
私は夜中に何とか逃げ出したが、今思えば、自身の貞操にそんな価値があっただろうか?
男に身体を開くだけで、食べるものが得られるなんて、今の世界じゃ「破格の条件」なのに……。
まあ、それが分かるのは、これからのことだったけど。
逃げた先もまた、地獄。
ゾンビ、ゾンビ。
ゾンビばかり。
一体くらいなら、マジックミサイルを放てば損壊させられる。
人に撃つのは初めてで、人体が弾けて目玉が零れ落ちたり、脳漿が飛び散ったりする様を見て、最初は胃液を撒き散らしていたものだ。
けどすぐに、どうでも良くなった。
極限の生活で精神が麻痺した、とも言う。
逃げる、逃げる。
食べ物を漁る為に、その辺のコンビニを漁ったりなんかもした。
料理なんてできないし、お湯の沸かせ方も知らないから、バックヤードのカップ麺をそのままバリバリ食べた。
最終的には食料が見つからないから、その辺にいた虫を食べた。
トイレなんて使えないから、その辺で立ったまま排泄した。
排泄するのも勿体無いから、自分の尿を飲んだ。
夜、寝ている時に襲われないように、腐った生ごみの入ったゴミ箱をひっくり返して、被って寝た。
逃げ道を確保する為に野外で寝て、雨に打たれながら起きた。
……崩壊した世界は、私の尊厳を全て蹂躙し尽くしたのだ。
心が折れて、気が狂った。
最後に、全てがどうでも良くなった私は、本屋に戻って本屋で死ぬことにした。一番好きなところで、死ぬことにしたのである。
自殺も考えたが、怖くて怖くて……、死ぬことはできなかった。痛いのは嫌だ、辛いのは、苦しいのは、もう嫌だったから。
だから、明日が来ないことを願って、ずっと眠り続けていたのだが……。
何がどうしてこうなったのか。
私は、救ってもらっていた……。
今の世界では、黄金よりも価値がある水と食料。
それを、私みたいなのに惜しみなく提供して、安全なトレーラーハウスに招いてくれた、紳士的で優しい男性。
とても背が高くて逞しいその人は、鬼堂龍弥さんと言った。
温かいシャワーは、こんなにも気持ちがいいものだったんだ。
粥って、こんなに美味しいものだったんだ。
ベッドで寝られるって、こんなに幸せだったんだ。
優しいお兄さんに守ってもらえて、私は本当に幸せだ。
「お兄さん、あの、私、恩返し、したくて」
お礼に私は、お兄さんに貞操を売り渡そうとした。
私が今持っている唯一価値があるものは、何故か手元にあった処女だけだから。
けれどお兄さんは……。
「あー?まだ良いよ。身体、本調子じゃないだろ?」
私の身体を気遣ってくれた!
優しい……。
「今はとにかく、しっかり食って体力を戻せ。そしたら、いくらでも抱いてやるよ」
幸せだった、本当に。
一緒に食事をして、一緒に寝て。
衣服は与えてもらえなかったが、それはむしろ嬉しかった。
私の胸や性器をお兄さんに見せると、お兄さんは性的な目で私を見てくれるから。
そういう目で見てくれると言うことは、私に価値があるのだと教えてくれているようなもの。
性行為で得られる快楽より、飲食物を集め、ゾンビを殺すこと方が重要な世の中なのだから。
私は、そうやって私に価値があるのだと認識できると、「価値があるうちは捨てられないだろう」と考えることができて、心が平静になった。恐怖が収まった。
最近では、魔法を教えても喜んでもらえることも分かったから、教える為に魔法の探求もやっている。
少しでも何か恩返しをして、飽きられて捨てられることのないように媚びなくては……。
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