第15話 きょうのわんこ ③

バイクは、ホンダのCB1300SF……。


ホンダの水冷ネイキッドのフラグシップだ。日本でもトップクラスに売れていた大型バイクだな。


その辺に転がっていたので、これを頂戴して、拾ったダクトテープや針金などで作った箱に食料と水を入れ、私は旅に出た。


まずは、先輩と出会った東京……と言いたいところだが、あそこは無理だ。


過密人口が全てゾンビに転化した、地獄になっているからな。


千万人を超える人の群れが、ほぼ全部ゾンビ化した訳だから、まあ、近付くのすら危険だな。


先輩は当然、脱出して移動していると見て良いだろう。


あの人が「こんな程度」で死ぬ訳がない。


大方、何故か知らないが完璧な準備をしていて、これを機に「わーいゾンビサバイバルだー」などと呑気に旅でもしているんじゃあなかろうか?


広い日本で探すとなると、見つからないかもな……。


……と思うが、あの人はアホだからな。


いや、頭はいい。


何故かは分からんが、機甲師団の連中より機械に詳しく、整備課でも活躍して、私と一緒にバイク弄りもして……と、色々と知識と技能がある。


だが、根本的な部分でアホなのだ。


だから必ず、痕跡を残す筈だ。


あの人の頭の中には、「目立たないようにする」とか「慎ましく生きる」とか、そんな言葉は一バイトとてインストールされていない。


むしろ、世界が終わったからと、喜んで変なことをし始めるタイプだろう。


「やっぱなー、ハーレムとかやりてえよなあ。世界滅んだからJK侍らせ放題だぜ!」とか言うぞあの人は。絶対に言う。


……なんか、ムカついてきたな。


私以外の女に手を出してるのもまあまあムカつくが、それ以上に、私以外にあの人が夢中になっていると思うと、流石に嫉妬する。


こんなご時世だ、強い男に女が群がるのはおかしくないし、納得もしよう。


だが、あの人に一番可愛がられる女は、私でなくてはならないだろうが。


……とっとと探そう。


そうだ、抱いてもらって、この変異した身体でも子供が産めるのか試してみたいな。




私が今いるのは、静岡の伊豆半島の辺りだ。


ここに、自衛隊の生き残りが集まって、避難民という名の足手纏い共を飼っている。


ここには温泉があるから、衛生管理や飲水確保が楽なんだとか。


まあ、水がないのは辛いな。私も耐久実験の際にギリギリまで飲食ができない状態でどれだけ保つかとか観察されたから、飢えと渇きの辛さは多少分かるつもりだ。


そんな感じで、温泉旅館を拠点に守りを固めて、最近では近隣に物資を探し集めに遠征するとか、そんな話も出ている。


物資集め、ねえ。


簡単には言うが、いつどこでどう奇襲されるか分からない市街地で、重い荷物を回収して帰ってこいと言うのは、それこそ地獄だ。


自衛隊はなんだかんだ言われても、世界的に見れば練度は非常に高い。


それでも、実戦はやりたくないものだ。


今のところ何の役にも立っていないクズ共を守る為というのを、市民を守る為!だの自衛隊の職務!だなどと言って士気を保とうとしているが……、これは駄目だろうな。


自衛隊だって人間だ。仕事であり、苦労の果てに安息があるならば、辛いことにも耐えられるだろう。だが、この滅んだ世界では、苦痛に終わりはない……。


すぐに、皆、壊れるさ。


隊の仲間達に悪いなと言う気持ちはもちろんあるが、最終的に可愛いのは自分の身の方だよ。


少なくとも、私はそうだ。


「お、オオっ!!!」


『ぶじゅる』


迫り来るゾンビの頭を、工事現場から拾ったスレッジハンマーで叩き潰す。


銃弾はあまり多くないから、節約したい。


今みたいに、ゾンビが少ない時は、ハンマーで頭を叩き潰すようにしている。


私の変異した腕力ならば、片手で振るったとしても、ゾンビの頭蓋を叩き割ることは容易だからな。


「失礼する」


頭を割ったゾンビを蹴り飛ばして道の端に寄せて、ガソリンスタンドの窓を割って開く。


「おーい!!!おーい!!!」


そして私は、ガソリンスタンドの中に声を響かせた。


それは、生存者を探している訳ではない。


『ゔあええぇ……』


「やはり居たか」


ゾンビを誘き寄せたのだ。


奇襲されるくらいならば、ここで誘き寄せて、あらかじめ始末した方が良いからな。


窓の外で待ち、ゾンビが窓から身を乗り出したところで……。


「死ね」


『ぷぎぁ……』


頭を叩き潰す。


死骸は、窓から引っ張り出して、また端に寄せる……。


……五分程度、窓の外から呼びかけを続けたが、もう出てこないようだ。


警戒しつつも、窓から飛び込み、ガソリンスタンドの内部に入る……。


「暗いな」


中は暗闇そのものだった。


だが私は、遺伝子変異の影響である程度の暗視ができる為問題はない。


目を見開いて、ハンマーを持ちつつ内部に侵入する。


……中は荒らされていないようだ。


私はまず、バックヤードを漁り、そこから小さめのポリタンクと給油の為の管を片手に抱えた。これで後ほど、その辺の車からガソリンを頂戴しようと思う。


ああ、このガソリンスタンドは停電しているからガソリンを引き出せないぞ。


と言うより、給油管に車が突っ込んだらしく、緊急ロックがかかってしまっているようだ。


そして……おお、バックヤードにお菓子があるな。お菓子はカロリーが高いので、保存食として優秀だろう。


この菓子類は、給油しにきた人にサービスで渡すものだったらしい。このガソリンスタンドのコメント入りステッカーが、お菓子のパッケージに貼られている。


それと同じように、冷蔵庫にジュースもあった。残念ながら、電気は死んでいるため、温いがな。


エンジンオイル……は良いだろう。今乗っているバイクの状態は悪くないからな。


それとちり紙に、お手拭きなどを背嚢に詰める。


そして、表に出て、バイクにそれらを搭載して……。


「行くか」


私は再び、先輩を探す旅に出た……。

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