第8話 臭そうな文学少女(くさい)
俺は、昨日出したマンゴーをしゃぶりつつ、朝を迎えていた。甘っ、んまっ。
「んー、今日はどうすっかな……」
IDの中には、普通に毒ありのものとかも入っているから油断はできない。
南国フルーツがたくさん出た昨日だが、一目見てマンゴーやらパイナップルやらと分かるものは美味しくいただいた。
逆に、名前も知らないような訳分からんフルーツは、怖いのでその辺に埋めた……。
こうして思うと、アレだな。
何かこう……、図鑑とか欲しいな?
今まではネットの知識で出てきたアイテムを判別していたんだが、今はもうネットが使えないからね。
お魚図鑑とか欲しいわ。
果物図鑑、お野菜図鑑……。
そうだ、本屋を漁ろう。
俺は、前橋の手前ら辺で、書店を漁ることにした。
書店の中にも、当然のようにゾンビが出るはずだが、俺はそれをレイジングブルで……。
「いや、ダメだな」
撃つのはやめた。
レイジングブルは威力が高過ぎて、本棚の本も破壊してしまうと思ったからだ。
なので俺は、左手の甲の一番上に書かれたアイテムIDを入力した……。
「player.itemadd.00AA58A5」
これによって呼び出されるのは、一本の刀……。
「景清丸」
名刀景清丸だった。
俺はこの刀で、本屋の前にいるゾンビの頭を割る。
『うがあああ!』
真っ直ぐ来るゾンビの脳天に……、鋭い刃を、振り落とす!
すると、頭がパカっと割れて、腐った脳味噌が零れ落ちる。
頭、特に脳幹を破壊されると、ゾンビは行動不能になるのだ。
脳幹から出た信号を、神経を通して肉体各部に伝えるという人体の基本動作は、ゾンビでも同じ。
命令を出す神経の中枢がやられりゃ、何もできなくなるってことよ。
刀から血と脳漿を払って、俺は本屋のクリアリングをすることにした。
そんなに広い本屋じゃないからな、先にゾンビを全滅させた方が楽だ。
それに俺には、コンソールコマンドの一つとして、「ミニマップ」がある。
敵の位置は、この本屋一軒分くらいの広さなら余裕で把握できているのだ。
はい、まずは、ガラス扉を殴って破り、開く。
で、本屋の真ん中まで来たんだが……、敵のアイコンがない?
いや、二階に中立アイコンの生き物が一体いるな。
会いに行ってみようか。
階段を登って……二階。
どうやら、二階建ての本屋らしく、一階は専門書や雑誌があり、二階は小説などがあるようだ。そんな掲示が出ている。
二階にいたのは……、一人の少女。
癖毛の黒髪を長く伸ばした、文学少女といった様相の子だった……。
少女は、こちらをボーッとした目で見ると、座っているカウンターの椅子の背もたれに身体を預けるように凭れ掛かり、目を閉じた。
俺に対して、何か言葉をかけることはないようだ。
全てを諦めている、と言った様相だな。
とりあえず、話しかけてみるか。
「やあ、本屋さん。実は、図鑑を探してるんだが、どこにあるか分かるか?」
「………………」
「何とか言えよ」
「……かはっ、はっ」
ああ、喉が渇き過ぎて、言葉が発せないのか。
「じゃあ、前払いだ。代金として水を払おう」
そう言って俺は、腰にある軍用の水筒を差し出す。
カウンターに水と少し溢して見せると、少女は目の色を変えて、カウンターに溢れた水滴をしゃぶった。あらやだ浅ましい。
「んべっ、べえっ、じゅる……!んべえ……!」
ほんの数滴の水を、痩せ細った少女が。ひび割れた唇を開き、乾いた舌を動かして、必死に舐めている……。
……イイね!
だが、飢餓状態の時にいきなり胃に物を入れると危険だ。
頭を掴んで、ほんの少しずつ水を飲ませる。
「あっ、あ……!」
「落ち着いてゆっくり飲んだ方がいい。飢餓状態で急な飲食は命に関わるぞ」
少女は、軽く頷いた。
その後、数回に分けて少女に水を飲ませ、喉が潤ったところで訊ねた。
「で、図鑑探してんだけど」
少女は答える。
「し、じ、た」
うーん、喋るのも辛そうな有様。
喉が潤っても、カロリーがねえんだもん、そら喋れんわな。
……それより、さっきから、長い前髪からちょいちょいお顔が覗いてんだけどさ。
この子、かわいいなあ……!
ここまで薄汚れて飢えて細くなっていても、骨格レベルで美女だと分かるもんなこれは。
よし、この子もらってこう。
年齢的にはJKくらいかな?食べ頃食べ頃。
水を飲ませた後は、抱っこしてあげて車の中に運ぶ。
そして、服を脱がせて風呂に入れてやった。
めちゃくちゃ臭いからな!
世界崩壊からもう一月。
女の子でも、風呂に入らなきゃこんなに臭いんだな。
この女子校の制服は、しばらく洗剤を混ぜたお湯に漬け込んでおこう。いや、シャツとかもうヤバい色してるから洗っても無駄か?捨てようかもうこれは。
洗濯機も、実は車に取り付けてある。それも、洗浄力の強い二槽タイプのものだ。ゾンビの血とか付くからな、洗濯機はいい物を使わなきゃならん。
俺は服を洗い、女の子を洗い、バスタオルに包む。
そして、ドライヤーをかけてやる。残念ながら髪に優しい「マイナスイオンなんちゃら」だのの機能はない、パワーだけが取り柄の業務用だ。
ロングヘアだから、乾かすのに時間がかかるなあ。
省エネの為にバッサリ切らせるか?
いや、エネルギーより可愛さの方が優先度が高いな。
これからは、道楽で生きていくと決めたんだから、そっちを優先しよう……。
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