第8話 街のシンボル
・ お祭りの起源と伝統
夏も終わりごろになると街がそわそわし始める。11月の大祭の準備に追われ始めるからである。
奥武蔵大祭は元々、昭和の初め頃、市街地に鎮座する諏訪神社の氏子の町内たちによって始まったお祭りで秋の豊穣に感謝する意味合いのものだ。
戦後、祭に参加するため山車を保有する町内が増加し、現在では11台の山車が参加する盛大な曳山祭りになっていた。スケールが大きくなり始めたころから、市の観光協会が中心となり参加町内の役員たちと実行委員会を作り運営されている。ただ、ここ数年は市の人口減少につれて参加者の高齢化や観客の減少に悩んでいる状況であった。
「それでは例年通り、準備をしっかりしていただきまして、盛大なお祭りになりますようご協力をお願いいたします」一回目の実行委員会は何事もなく終わろうとしていた。
「本当にそれでいいんですか?年々客は減り、山車を曳く人も年寄りばかりで。何かしないと大祭は維持できなくなりますよ!」
立ち上がり声を上げたのは八幡町囃子連の会長だった。
「今、ウチの若い子も参加して地元の高校生がお囃子で話題になっているのはご存じでしょう。我々大人も何か変えていく努力をしないといけないんじゃないかと思うんです」
「おっ、いいぞ」辰雄が手を叩きその音に呼応するかのように拍手は次第に大きくなっていった。この日の会議は、遅くまで議論がつづいた。高校生の挑戦は街の大人たちをも動かし始めていた。
・ 大人たちの挑戦
響たちの活躍の影響もあり、実行委員会は若い商店主などでPR部会を立ち上げ、今までアナログなPRしか行っていなかった反省からホームページの制作やSNSの運用を始めることとなった。
また、囃子連の会長たちも山車同志が出会った際に同じ踊りを演じたり、メインの引き合わせの際に、個性をある出し物を考えようという意見で一致した。
「というわけでウチもどこにも負けない出し物を考えなきゃいかんのだ」本町囃子連でもこの件については真剣な話し合いが持たれた。
元々、本町囃子連は山車上でストーリーのある踊りをしたりしていてこうしたアイデアは豊富な方であった。そうはいっても他の町内ではできない出し物となるとなかなかいいアイデアはすぐには出てこない物である。
話し合いが煮詰まりしばらくすると広間で練習をしていた若手が話し合いの場に顔を出した。その中にはメイや茜音、光たちもいた。
「いいとこに来たな。若い衆のアイデアも聞きたかったんだ。何か面白いこと考えてみてくれないか」辰雄は若手に促した。
「ねえねえ、お面かぶって太鼓叩いちゃいけないの?」メイがポツンいと言った。
「いやぁそんなことはないぞ。山車の踊りの元になっている里神楽では『モドキ尽くし』と言って、ひょっとこ達が太鼓を演奏するネタがあるくらいだから」辰雄が言うと
「でも、笛は吹けないじゃん」茜音には疑問だった。
「そうか、できるな」辰雄は立ち上がり記念誌などを並べている棚から一冊の本を取り出した。
「神楽面」と書かれた写真集であった。開くと様々な里神楽で使われるお面の写真が並んでいた。その中の1枚の写真を指差し「これだよ」
みんなが覗き込んだ写真には鼻から下が切り取られたお面の写真があった。
先般、辰雄が言っていた演目で使う笛吹用のお面であった。
「これはなぁ知り合いのコレクターが持ってるお面の写真なんだ。早速、明日連絡して貸してもらえるように頼んでくるよ」
こうして本町囃子連は囃子手が次々にひょっとこと入れ替わり最後には笛までお面を付けたまま演奏する「モドキ尽くし」を山車の上で披露することになった。
・ 話題作り
SNSの運用を始めて以来、実行委員会には問い合わせが多く寄せられた。その中でも目立つ質問が「テンツク同好会」は大祭のどこに行けば見られるのかというものだった。
実行委員会としても答えに苦慮していた。メンバーたちはお祭りには参加しているが、町内はバラバラ。また、山車の上でお囃子以外の曲を演奏することは流石にその伝統から無理がある。一応、各囃子連にも意見を聞いたがお祭り当日に演奏の場を設けることは反対であった。
この話はメンバー達の耳にも入っていた。中でも響にとっては山車に乗って参加させてもらえることになってから最初の大祭である。
「なんか協力できることないかなぁ」5人は悩んでいた。
「難しい顔してみんなどうした?」物理準備室のドアが開き、吉本が入ってきた。
事情を聞いた吉本は一つの提案をした。
「みんなのルーツが奥武蔵のお囃子なんだから、自分たちのお客さんを奥武蔵大祭のお客さんになってもらうようにPRしたらいいじゃないか。ライブに大祭のポスター貼って、MCの時にコマーシャルしたり、自分の町内の衣装でSNS発信したりいろいろやれることはあるよ」
「先生ありがとう。いっぱい宣伝して大祭を盛り上げる」響はそう答えると全員がうなづいた。
・ 街と一緒に
奥武蔵大祭があと1ヶ月に迫る中、テンツク同好会のメンバーはいろんな形でPR活動を始めた。自身のSNSでのお祭りのPR。実行委員会のホームページでの見どころVTRの出演。地元ケーブルテレビのインタビューなどなど・・・
その活動はひろく街に広がり、実行委員会の会議も意見が飛び交う活気あるものになっていった。また、各囃子連の練習も熱の入ったものとなり、街で他の囃子連の人と会えばお祭りの話を交わす姿があちこちで見られるようになった。
そんな環境にあってメンバーたちの囃子連での評価も高くなっていった。勇気もその1人。山手町囃子連の夜のメインの引き合わせで天狐(狐の踊り。天の使いとして天狐と呼ばれている)の踊りを任されたのだ。メインの引き合わせに高校生が抜擢されるのは山手町囃子連でも珍しく勇気は心底嬉しかった。勇気は本町囃子連がいろいろ出し物を考えていることをメイ達から聞いていたため自分も何か踊りに演出を加えたいと考えた。
「あのぉ・・・天狐の時にやりたいことがあるんだけど」
「どうした勇気。珍しいな。今年は祭前からいろいろ盛り上がってるからウチもなんか考えたいと思っていたんだ。言ってみな」大人たちが練習後、祭りの備品の整理をしているタイミングで話しかけた勇気の意見に大人たちは耳をかたむけた。
「曲の盛り上がりのところで歌舞伎でよく見る『蜘蛛の糸』を天狐が撒いたら盛り上がるかと思って・・・やってみてもいいかなぁ。」
勇気の提案は踊りそのものには関係ないものではあったため以前だったら怒られても当然な演出であったが、普段は大人しい勇気の大胆な提案だったことと、今年の大祭では各囃子連がいろいろと考えているという噂は山手町でも話題になっていたため大人たちの反応は驚くほどいい感触だった。
「おもしろいじゃないか、勇気。そりゃ盛り上がるぞ。わかった明日にでも探して祭に間に合うように用意しておくから」
顔を真っ赤になるほど緊張していた勇気の顔が一気に柔らかい笑顔に変わっていた。
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