第7話 野老サマーフェス

・ はじめての夏休み

高校となってはじめての夏休みが近づいていた。期末テストが終わると授業も少なくなり練習に割ける時間も増えてメンバーたちの実力も楽曲のクオリティーも上がっていった。


 とりわけユーキ率いるダンスチームは元々ダンスが得意なメンバーだけあって呑み込みが早く、囃子連の舞方としていつでも山車の上で踊ってもおかしくないほどになっていた。

 フェスの持ち時間は40分ほどなので演奏は5曲、そのうちダンスも交えて演奏する曲を2曲用意した。特に最後に演奏する曲はダンサーのうち2人を早着替えさせて別の踊りも見せる構成で企画の立案を任された光は自信満々な様子であった。


 8月の最初の週末に行われる「野老サマーフェス」のポスターは近隣の町である奥武蔵市にも見かけるほどイベントとして盛大で認知度も高いイベントだ。駅前にポスターが貼りだされたことを聞いたメンバーたちは学校帰りに争うように見に行った。

 出演者一覧に「テンツク同好会」を見つけると人目を気にせず「あったー」と声を上げ、同じ制服の学生たちはポスターをしばらく囲んでいた。


・全力少年少女

 夏休みに入るとダンスとお囃子の合同練習となった。本町囃子連の計らいで自治会館を使わせてもらえることとなり、あわせてダンスチームのメンバーは初めて踊りの衣装に袖を通すこととなった。

「どうやって着るんだよ」

「こんなに重いのかぁ」

「お面って全然前が見えないなぁ」

はじめての経験に予想外のことばかりのダンスチームだが勇気が一人一人着付けを済まし実際に踊ってみると笑ってしまうほどキレキレのダンスは健在であった。

「本番で笑っちゃったらどうしよう」メイと響は顔を見合わせて笑った。

「おいおい、こっちはいたって真剣なんだから笑うなよ」ユーキは二人に怒り出したが鼻毛を出し、舌を大きく出したお面越しに怒る姿はますます滑稽で二人はこらえきれずまた笑い出す始末だった。

「ハイハイ、怒んない怒んない。真剣にふざけてるとこが面白いんだからこの調子で頼むよぉ」光はユーキ達をなだめた。

「あっそれと響ちゃん。メロディは完璧だと思うんだけど、せっかくお囃子の笛でやるんだから伸ばすところはお囃子の時みたいにヒャラヒャラ~って音を揺らしてみてよ。響ちゃんの腕前をお囃子やってる人にも見せつけないとね」光のプロデューサーぶりはなかなかなものであった。


・あと一週間

 吉本は自治会館での練習にも時間があれば顔を出していた。もっぱら差し入れの飲み物を用意する係のようであったが・・・


 彼には心からフェスでの成功を願う理由があった。15年前に高校3年生になった吉本は当時、よくライブをやっていた野老駅の東口にあるライブハウスから野老サマーフェスへの参加を誘われていた。メンバー全員がステージを目指し練習に励んでいた。


 フェスを控えた夏休み直前メンバーの一人が吉本に「実は・・・受験のこと考えて大学受かるまではバンドは休みたいんだ」と告げてきたのだった。どうやら、高校在学中のバンドを続ける条件が成績が下がらないことが親との約束だったらしく、この期末試験の結果が思わしくなかったため両親に反対されたということだった。プロと同じステージに立つめったにない機会を失いたくない他のメンバーは必死に説得したが首が縦に振られることはなかった。3年間同じメンバーで続けてきたバンドのメンバーをここで変えるというアイデアもあったのかもしれないがこのメンバーで出演を目標に頑張ってきた4人の高校生にはできない決断であった。結果、フェスへの参加は立ち消えとなった。


 そんな自分の高校時代を重ねながら懸命な生徒たちの姿を眺めている吉本は寄りかかっていた引き戸が開けられる感触に慌てて一歩前に出て自ら引き戸を開けた

「いやいや頑張ってますなぁ」そこには大きな段ボールを抱えた初老の男性が立っていた。

「驚かせてしまったかなぁ。辰雄さんに自治会館で練習してると聞いてね。出来立てを届けようと思ってね」

「なになに?」その声を聞きつけたメンバーたちは男性の持っていた段ボールを覗き込んだ。


「気に入ってもらえるといいんだが・・・」男性はゆっくりと段ボールのテープをはがすと中から現れたのは鮮やかな紺色に染め上げられた揃いの半纏だった。

この男性は辰雄が前に言っていた入田呉服店の店主であった。

「来週が本番と聞いていたからひやひやしていたんだが間に合ってよかった。みんな楽しいステージにしておくれ。おじさんも絶対に見に行くからね」

「はい!」

思いがけないサプライズにメンバーのテンションも上がり、その日の練習はいつもより幾分熱気が増したであった。もしかして届いたばかりの半纏を羽織って練習していたからかもしれないが・・・


・お囃子バンド見参

 8月の野外ステージの日差しは想像以上でリハーサルを前にぐったりするほどであった。

控室になっているテントには大きな扇風機が数台置かれてはいたが多くの出演者でごった返していてその役目を果たし切れてはいなかった。


 親世代ほどのベテランバンドから地元のアイドルグループ、学生のバンドなどステージ慣れしている出演者たちに囲まれ響たちの緊張は経験のないほどの状態であった。平静を装って見えたユーキもリハーサルを前に何度もトイレと控室を往復していた。

 順調にリハーサルは進みついに順番が回ってきた。ステージに上がるとガランとした客席はその広さを確認するのに申し分ない環境だった。


 慣れないモニターのチェックや立ち位置の確認など茜音と光が主にスタッフさんと相談し無事リハーサルを終え、控室に戻ると「こ、こんな広いところで演奏するの怖くなってきちゃった・・・」舞の声はいつもに増して小さくなっていた。戻るなりパイプ椅子に座りこんだ勇気の足はガクガク震えていた。


「何言ってんの、まったくしっかりして」そういう茜音は蓋の空いていないペットボトルを口にした。そんなメンバーの姿が響にとっては少しのリラックスにつながっていった。


 太鼓を締めなおし、ダンサーたちの着替えを始めたころステージから爆音が聞こえてきた。フェスが開幕したのだ。演奏の音の大きさもさることながら歓声や拍手も大音量で控室に届いてきた。ただ不思議なことにさっきまでとは違う緊張感に包まれていた。本番が近づいたことを実感したメンバーたちの表情がキリッと引き締まりやる気に満ちた心地いい緊張感に変わっていったようであった。


 前のバンドが演奏を終え、ステージの袖で待っていた響たちに笑顔で声を掛けてきた。「最高だったよ。楽しんできな」汗ばんだ手で肩を叩かれると「ハイ!」力強く5人は返事を返しステージに歩き出した。


 半纏姿の女子高生5人組と和太鼓。会場はザワザワしていた。お囃子は野老市内でも数団体ありはするがフェスに出演したことなど当然なかった。

そんな雰囲気は響の笛が会場中のスピーカーから広がると一瞬にして静まり返った。そして聞き覚えのあるそのメロディに観客は一気にボルテージを上げた。さらに太鼓の音も加わり演奏が始まると、どこからともなく手拍子が始まり全体へと伝染していった。


一曲目の演奏が終わると拍手が鳴りやむのを待って2曲目の演奏が始まる。今度は幅広い年代に支持されている有名なアニメソングだ。頭の上で手拍子する者、曲に合わせ歌う者、会場は5人が織りなすお囃子がフェスに参加することを歓迎しているかのように盛り上がった。


そして、3曲目には前の年にその特徴的なダンスでSNSでも話題になったアイドルグループの曲だ。曲が始まると右から左からひょっとこ達が現れ会場はさらに沸いた。

普段お祭りで見かけるひょっとこのコミカルな動きは演奏されている曲とのギャップも相まって観客たちの笑いを誘っていた。


 曲のサビに差し掛かるとコミカルに踊っていたダンサーたちはステージの正面に整列した。ここからは舞方でなくダンサーとしての腕の見せ所だ。舌と鼻毛を出したお面のユーキを中心に話題になったお馴染みのダンスを一糸乱れず踊り始めた。割れんばかりの歓声に5人の演奏も力が入る。最後の決めポーズで曲が終わるとしばらく歓声は止むことがなかった。我に返ったようにおどけながらダンサーは下がっていった。


 残り2曲となり夢中で演奏を続ける5人。お囃子の演奏でこんなに観客から声援を受けることは生まれて初めての体験だ。

 最後の曲はブラジルのカーニバルの雰囲気とその意外な俳優の組み合わせで印象深い賑やかな曲を演奏することにしていた。軽快なリズムを鉦と太鼓で刻むと双方の袖から異端下がったはずの舞方が再び2人づつ現れた。この曲のダンスは最初から完全にコピーできていた。観客も踊りだす人もちらほらというノリの良さ。長めの前奏が終わると歌を歌うかのようなしぐさをしながら大黒様が登場した。前の曲の間に早着替えした勇気だった。そのままひょっとこ達に導かれステージ中央に立つと大黒様も音楽に合わせひょっとこ達と同様にダンスをし始めた。笑いと歓声が入り交じり会場は大盛り上がりだ。ステージは40度をゆうに超える温度であったがステージ上の誰もが熱さを感じないほど充実し興奮していた。

あっという間の出来事だった。2か月に及ぶ高校生たちの挑戦が成功した瞬間であった。


 控室に戻ると全員が抱き合うようにして喜んだ大黒様のお面を外した勇気の顔には涙すら流れていた。そして、泣いていた人がもう一人。ステージ脇でじっとその光景をみていた吉本だった。理由を生徒たちには伝えはしなかったが、嬉しさのあまりこらえられなかった。そして、生徒たちを集め一人一人の手を握りながら「最高のステージだったよ」と伝え、最後に「ありがとう。みんな」と振り絞るような声で言った。


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