第6話 成長と団結

・ やる気の証

夏が近づき、各囃子連の練習も活発になっていった。もちろんメンバー達も地元の練習も懸命に参加していた。

「この半年でずいぶんツケ(締め太鼓)の音がよくなってきたなぁ」八幡町囃子連の大人たちは腕組みしながら若手の稽古をつけていた。その中でも舞の技術の向上は目を見張るものがあった。

「俺らも楽しんでお囃子やらないとすぐに追い抜かれちまうぞ!」そういって一番後ろで見ていた会長が大人たちの肩を叩き

「よおし、若いの。大人と交代してくれ。しっかり手本みせてくれよ」大人たちを鼓舞した。


一方、本町囃子連も練習の真っただ中であった。いつもと違うのはその中に違う町内の女子が1人増えていたこと。響である。

響は先月の下郷の練習の際、文二に「響ちゃん。大祭の夜はいつもどうしてるんじゃ」

下郷囃子連は大祭の掛舞台での演奏が夕方までの為、大人たちは片づけをし、地元に帰って打ち上げをするため、子供は終わる時間に合わせ親たちが迎えに来て帰っていくのが常になっていた。


「もちろん、一番盛り上がる時間だからママと最後の引き合わせ(山車が一か所に集まり太鼓をたたき合う大祭最大の見せ場)まで見て帰るんだ。今年は友達の町内を見に行くって約束もしたんだ」

「そうかそうか。せっかくだったらその時間に山車に乗りたいとは思わんか?」

「えっ。文ジイそりゃ乗りたいけど違う町の山車だから無理だって」

文二はいつもの笑顔で会話の間も笛を手放さない響を眺め話をつづけた。

「いやぁな。辰雄のやつから頼まれてなぁ。本町も笛吹けるモンが少なくて困っとるらしいんじゃ。夕方からでも響ちゃんを貸してほしいと言われてな」

響は文二にぶつかるほどの勢いで顔を寄せると

「文ジイ!ほんと!ほんとに山車でお祭りに出られるの!わーい!」狭い自治会館を走回る響。理由を知らずに練習を続けていた下郷の人たちは何が起こったかわからずポカンとしていた。


 数日前、文二は買い物があり駅前のショッピングモールに出かけていた。「おぉ、文ジイじゃないですか」後ろから声を掛けてきたのは娘の荷物を持たされていた父子だった。

「辰雄じゃないか。いろいろ応援してくれていつも悪いな」文二は軽く頭を下げた。

「いやいや、楽しませてもらってるよ」辰雄はいつもの豪快な笑い方で文二に応えながらつづけた。「これは娘の光。響ちゃんたちと一緒にやらせてもらってるようです」

「おぉそうかい。どうじゃ響ちゃんは?」

「すごい子ですねぇ。同じ年とは思えないくらい上手いです」光は会釈しながら文二の質問に答えていた。


「あっ。父上ぇせっかくの機会だからお願い思いついちゃったんだけど・・・」

急な呼びかけに瞬きしながら「なんだ父上なんてかしこまって」辰雄は驚きながらも光に話を促すと

「大祭の夜って下郷は夕方までの参加だから、片付け終わったら響ちゃんを本町の山車に呼んじゃダメかなぁ・・・」


 本来、各町内の山車にはその町内ごとに囃子連がありそのメンバーが演奏するのがどの町内でも当たり前の決まりである。よほどのことがない限り他の町内の囃子連のメンバーが山車に乗り演奏することはない。


「ハハハ。さすが辰雄の娘さんじゃな。面白いこというな。ワシは大歓迎じゃがどうじゃ辰雄」文二はいつもの笑顔で考え込む辰雄の表情をからかうかのように覗き込んでいおた。

 しばらく無言だった辰雄は大きく頷き「よかろう。そもそもウチの爺さんたちが本町で囃子連を作るときに教わったのが下郷囃子連だ。いわば師匠だ。その師匠の町内のメンバーがウチの山車で演奏しても問題なかろう。ただし、半纏はウチの町内のを着て乗ってもらうのが条件だな」

「ほぉ。辰雄そりゃありがたい。響ちゃんには早速伝えさせてもらうよ。」文二は何度も頷きながら嬉しそうにしていた。「まあ、響ちゃんには本町の笛吹きが足りないから応援してほしいと文ジイから伝えてやったらどうですか」辰雄は響が遠慮なく参加できるようにと考え文二にそのことを伝え、横でニヤニヤしていた光の肩を軽く押しながら「まったく」とつぶやいた。


 本町の練習は笑いが絶えない。よく言えば楽しいが悪く言えば緩いのが伝統である。後半の高校生以上の練習時間になるとどこからともなく「プシュー」「プシュー」と缶ビールがあく音が聞こえ、交代しながら楽しそうに太鼓をたたいていた。太鼓がやむと祭談義をし、また太鼓をたたく。ただ、会話の内容も祭やお囃子の歴史や他の町のお祭りを見に行った話、衣装や道具についての話など響にとっては興味深いものばかりだった。

「響ちゃんごめんね。ウチの大人はいつもこんなんなのよ」光が困った顔で声を掛けてきた。「ヒカリン。すごい楽しいねぇ。来てよかった。」響の屈託のない笑顔を見て光はほっとした。

また、楽しそうな響の姿を見るにつけ、快く引き受けた辰雄もほっとしていた。



・ お囃子からエンタメへ

 昼休みに奥武蔵高校の中庭では4,5人がダンスの練習をしていた。どうやらユーキを始めダンスが趣味の生徒たちがスマホで音を流しながら踊っているようだった。

「あれっ。勇気君じゃない」響はその集団の中で汗びっしょりになっている勇気に気づいた。

「二人で練習してたらいつのまにか人数増えてきちゃって・・・」

「かっこいいよ。勇気君。踊りも様になってるし」

「ありがとう。でもまだまだうまくいかないことばかりだよ」勇気は恥ずかしそうに頭を掻いた。

「響ちゃんだね。俺ユーキ。勇気から話は聞いてるよ。面白そうだしこうしてダンス仲間も増えて引き受けてよかったよ。響ちゃんももしよかったら踊りに来なよ。いつでも昼休みのダンスタイムは誰でも参加OKだからね」ユーキは一言声を掛けるとまたダンスの輪に戻っていった。勇気もユーキの後を追い響きに大きく手を振りながら走っていった。


 そのダンスする姿はとても頼もしく映るとともに、このダンサーたちとお囃子が同じステージで披露されたときの観客の反応を想像すると響は自然と笑顔になっていた。


・ 夜の練習会

月岡家での練習はもはや日課のようになっていた。響は学校での勇気の様子を照れる本人を前に話し始めた。昼休みにダンスしている生徒の中に勇気がいたこと、それが元々勇気とユーキが練習をしているのを見ていたダンス好きな生徒によって増えていったこと、そしてなにより勇気のダンスが上達していたこと・・・

しばらく横で太鼓を締めていた光が急に立ち上がり勇気に向かって大声で

「勇気!その子たちも一緒にフェス出しちゃおうよ!衣装やお面は心配ないし」

「えぇ・・・」勇気は思いもしなかった提案に驚きを隠せずにいると。

「いいねぇ。光先生相変わらず冴えてますなぁ」茜音が続いた。

「踊りがたくさんいたらもっと盛り上がりそうですね」大人しい舞も胸の前で手を組み目をキラキラさせた。

「できるよ。勇気君。お囃子とダンスのコラボしたステージかぁ。最高に面白そう!」響は飛び跳ねんばかりに興奮していた。

「そうとなったら私、あしたユーキ君に声かけとくね。ヒカリンも夕方フードコートによろしく」

「ちょっとメイ。明日の夕方って・・・まぁしゃーないか何とかするよ」光は予定がないわけではなかったがあきらめて時間を作ることにした。

こういう時のメイの行動力は破壊的である。こうして翌日の放課後、勇気とユーキはフードコートに呼び出されることとなった。



・ 踊りとダンス

テンツク同好会にユーキを加えフードコートでの作戦会議は真剣そのものだった。ユーキはまさか自分も参加するとは当然思っていなかったが人前でダンスを踊る楽しさは人一倍わかっているのでノリノリでOKした。また、お面を付け派手な衣装でダンスをするはじめてのトライにも興味があった。


「となると・・・」策士の光にはそれだけではない考えがあるようで

「ユーキ君。参加が決まったってことで覚えて欲しいことがあるのです。ただ衣装着て踊るわけではないのよねぇ。勇気はダンスを覚える、そしてユーキは踊りを覚えるってこと」

「???」ユーキは何のことか全くわかっていなかった。


 光が考えていたのは登場や曲の前半ではお囃子に合わせひょっとこやオカメとして踊りを踊ってもらい、サビになったらキレキレのダンスを踊り出すダンサーとして演奏に参加することが目的だったのだ。


「勇気!あんた普段から山手町で舞方(面や衣装を着け、山車の上でおはやしにあわせ踊る人)やってること多いんだからユーキ君たちにダンス教わったお返しに、踊り教えてあげるのよ。いい!」

「相変わらずの無理難題を僕ばっかり・・・」勇気は呟いたが

「勇気、何か言った?」光が睨むようにして勇気を見ると

「いや、何でも・・・わかったよ。ユーキ君頼むよ。一生懸命教えるしダンスも覚えるから」

「了解。よくわかんないけどまぁいいか。勇気君、俺たちで最高のステージにしようぜ」

ついにお囃子好きの女子高生が始めたお囃子サークルは「お囃子カバーバンド×舞方ダンサーズ」という見たことないエンタメ集団のようなグループになっていった。


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