第5話 発信は街を越え

・ 野外フェスのオファー

 テンツク同好会は市内のいろいろなイベントに声がかかるようになっていた。スポーツイベントの開会式や商工会のイベントのゲストなどさまざまな場所に呼ばれ演奏していた。その活動の様子は勇気がまめにSNSでも発信を続けていた。


 ある日、勇気がSNSにメッセージが届いているのに気付いた。内容は「サマーフェス出演のお願い」。中身は毎年夏に行われている野外フェスへの参加依頼であった。会場は近隣では一番大きな町である野老市の中央公園野外ステージだ。ゲストにはプロのミュージシャンも数組参加するほどの大きなイベントだった。もちろん高校生が参加することなどめったにないレベルのイベントである。


 放課後、勇気は物理準備室でそのことをみんなに伝えた。

「なんだか凄そう・・・」響、メイ、舞はその話にピンとは来ていない様子だった。その実、勇気もどれほどかはよくわかっていなかった。

「どうする?」勇気はみんなに尋ねると茜音が興奮して答えた。「みんなこれってどんだけ凄いことかわかってないでしょ。高校生があのステージに立つって考えらんないんだから」バンド活動をしてきた茜音にとって野老サマーフェスの価値は絶大な物でそのことを身振り手振りでメンバーたちに熱く語った。


茜音の熱量に徐々に事の重大さを感じた他のメンバーは早速参加の意思を吉本に伝えるため職員室に向かった。

「本当かい!すごいじゃないか!」普段大人しい吉本が職員室の先生全員が振り返るほどの声をあげ驚いた。


・ 注目度の上昇と街の声援

 サマーフェス参加が決まると注目度はさらに上昇していった。メンバーの練習にも熱が入っていき放課後の物理準備室は熱気であふれていた。

 そんなある日、学校に辰雄が現れた。吉本の案内で練習中の物理準備室にやってきた辰雄は「いい練習場所だな。頑張ってるか?」声をかけると「グッドニュース持ってきたぞ!」

と告げた。

「辰ちゃんオジサンどうしたの?」メンバーたちは何事かと聞き返すと

「いやいや、商店街の入田呉服店の旦那がみんなの演奏を商工会のイベントで見てなぁ。たいそう気に入ったそうで野老フェスの話をしたら、お揃いの半纏をプレゼントしようってことになってな。野老のフェスに間に合うように作ってくれるって言うからすぐに伝えてやろうと思ってな」

思いがけないプレゼントに沸き上がるメンバー達。物理準備室は笑顔につつまれた。



・ 更なる進化

 夕方のフードコートは学生たちで賑わっていた。その中に5人の姿もあった。フライドポテトをつまみながらフェスでのステージについて真剣な話し合いが繰り広げられていた。

「あらあら人気者の皆さん険しい表情ですねぇ」アイスコーヒーを片手に光がテーブルに割り込んで来た。「遅いよヒカリン。絶賛煮詰まり中なんだから」メイが何か新しいアイデアを求め光を呼び出していたのだった。


「新しい曲を増やすのはもちろんだけど、お囃子だけだと見た目に変化がないのが問題なのよねぇ」光の言うことは今回も的を得ていた。

確かにお囃子だけを数十分聞くことはあまりないことなのでどんなに演奏がうまくてもお囃子によるカバーバンドというインパクトだけでは盛り上げ続けるのは至難の業であった。


「いっそ踊りも入れちゃえば?」光は悪い笑顔をしてみんなの顔を覗き込んだ。

「踊り???」

地元のお祭りにおいてもお囃子にあわせひょっとこやオカメ、獅子舞など踊りが付くのが当たり前ではあるがポップスやアニメソングに合わせて踊ることができるかメンバーは不安だった。


「もう、勘が悪いなぁ。普通に踊ったらおもしろくないでしょ。逆よ逆!」光の提案に5人はポカンとした表情を浮かべていた。

「ヒカリンわかんないよ。早く教えて」メイがせっつくと光はみんなに近づくようなしぐさをしながら「ダンスが印象的な曲を演奏してそのダンスをひょっとこやオカメが真剣に踊るの!そうすればステージも華やかだし演奏とダンスでお客さんも二回驚くってわけ」


「相変わらずお主も悪よのぉ」茜音が光のおでこを指でツンと押すと5人も大笑いした。

「でも誰が踊るの?」舞がふとつぶやくとメイ、茜音、光は勇気に視線を向けた。

「フェスでは私が鉦で入るから」光は勇気の肩を叩いた。むろん勇気に断ることなどできなかった。しかも勇気より光の方が鉦が上手なこともメンバーには周知の事実であった。

「ダンスなんてやったことないよぉ」勇気の心の声は誰にも届いていなかった。


・ 勇気とユーキ

光を加え6人の挑戦は日に日に形になっていった。放課後、編曲や練習したものを光の家で夜遅くまでさらにブラッシュアップする日課になっていた。


 そんな中、2曲の課題を与えられた勇気は課題曲の動画を見ながら慣れないダンスの練習に励んでいた。「結構、様になってきたんじゃない。」茜音とメイが後ろから声を掛けてきた。

「そうは言ってもうまくなってる気がしなくて・・・」

「そんなことだと思ってさ。こっちこっち!」メイが手招きすると一人の男子が駆け寄ってきた。「ユーキ君。同じクラスでダンスの話してたら得意だっていうからコーチ頼んだの」

「俺、北園ユーキ。子供のころからダンス教室通ってるからダンスのことなら任せてよ。同じユーキ同志。仲良くやろうぜ!」

「ありがとう。ユーキ君。」勇気は心強い味方を得たようだった。

「メイちゃん、茜音ちゃん。俺がんばるよ」素直でちょっと単純な勇気を見た二人は「やっぱり勇気は誘ってよかったな」と顔を見合わせニヤリとしていた。

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