第4話 第4章: 町の変わり者の応援
・ 変わり者のテンツク部屋
初のライブも決まり響はいろいろな曲を演奏できるように文二のアドバイスを受け、笛を見せてもらおうと辰雄の元に向かった。呼び鈴を鳴らすと光がドアを開け「響ちゃんいらっしゃい。どうぞ」と迎え入れてくれた。
お囃子の道具を運んだ時にあいさつ程度はしていたが辰雄と話すのはほぼ初めてだった。
「響ちゃんだったな。よく来たねぇ」強面の顔だが笑顔の辰雄に安心すると奥の「テンツク部屋」に案内された。
「うわぁ」響きは部屋一面に太鼓や笛、踊り用のお面や衣装が所せましと並んでいる様子に思わず声をあげた。
「響ちゃんどれでも好きなの持ってちゃって」光は響の手を引き部屋を見せてくれた。
「光。一応大事な物もあるんだから確認くらいはしてもらわんとだぞ」
辰雄は終始笑顔ではあったが娘の言葉に少し慌てたようだった。
「辰ちゃんオジサン、いろんな笛があるって文ジイに聞いて貸してもらえたらと思って来たんだけど見せてもらっていいですか?」
「そういうことか文ジイめ・・・まったく。ああわかった。こっちだよ。」
辰雄が奥の棚の引き出しを開けるとそこには長さや太さ、竹の色合いが違う笛が何本も入っていた。
「文ジイがそう言ったってことは気に入ったのがあったら持っていけってことだろうからいろいろ吹いてみていいもんがあったらその引き出しの中の物だったら持っていきなさい。その代わり今度のライブは招待してもらうからな」
「ホント!ありがとう。もちろん見に来てください。みんないっぱい練習してるんで」
響は文二に感謝しつつバッグに何本もの笛を入れ満面の笑顔で何度も頭を下げ辰雄の家を後にした。
・ 緊張の初ライブ
テンツク同好会はじめてのライブは奥武蔵駅から3分ほどの場所にあるライブハウス「Musashi House」で月に一度行われる「OPEN House LIVE」というイベントであった。地元の音楽好きなアマチュアバンドが次々に登場するイベントでもちろん和楽器のバンドはテンツク同好会だけであった。
見に来ている人たちもお店の常連や主演するバンドの知り合いばかりで響たちが招待した数人を除きテンツク同好会を知っている人はもちろんいなかった。
吉本は店主に軽くお礼を言いみんなを紹介した。
「吉本から聞いてるよ。優しいお客さんばかりだから緊張しないで楽しんでいってね。僕も楽しみしてるよ」
「奥武蔵高校の『テンツク同好会』です。よろしくお願いします。」
5人は深々と頭を下げ決して広くはない楽屋で早速太鼓を締め準備をはじめた。
ギターの弾き語りをする人、懐かしい昔のロックバンドのコピーバンドなど多種多様な大人が楽しそうに演奏している姿を見ているうちに楽しさと徐々に迫る出番への緊張が交互に訪れていた。
4番目のバンドの演奏が終わりついに5人の出番となった。楽屋から太鼓を持ち出しステージに並べると「待ってました!」と声がかかった。見ると正面で光と辰雄に加え話を聞いた本町囃子連のメンバー達、同級生の数人が目に飛び込んできた。緊張がさらに込み上げてきたとき店主の紹介のマイクが入った。
「次ははじめての参加のバンドです。いやバンドと言っていいか僕もわかりませんが地元『奥武蔵高校』の生徒たちでウチでも初めての試みの和楽器の演奏です。是非期待してください。『テンツク同好会』です。」
一斉にスポットライトが白の鯉口シャツに黒の股引、黒の腹掛け姿の5人を照らした。響の笛の音でライブが始まった。四丁目(お囃子の曲)をひとしきり演奏した後、笛が聞き覚えある曲に変わった。見に来ていた光たちお囃子関係者だけでなく他のバンドのお客さんからも驚きの声が飛んでいる。曲が終わると割れんばかりの歓声と拍手が沸き上がった。
「みんなぁこの調子で次の曲いくよ!」メイはマイクをとりお客さんに向かって呼びかけると茜音がバチでカウントを取り、2曲目の演奏が始まった。次は去年流行ったアイドルナンバーだ。ライブハウスのお客さんは手拍子をとりながら楽しそうに聞いてくれた。
こうして4曲すべて演奏しきった5人は大きな拍手に送られながらステージを後にした。
楽屋に戻った5人は興奮していた。響は満面の笑みのまま笛を握りしめ、メイと茜音はハイタッチをし、勇気は放心状態で口を開いたままになり、舞は嬉しさのあまり泣いていた。
吉本が楽屋に入ると6人は輪になってしばらく肩を組み跳ね回っていた。
・ 学校の噂と街の噂
週明けの奥武蔵高校ではとある動画が話題になっていた。週末の「テンツク同好会」のライブ映像であった。MusashiHouseの動画チャンネルにライブの様子がアップされていたのだ。ライブを見に来ていた友人が紹介して回っていたのだった。
「テンツク同好会」は学校中に知れ渡ることなり放課後の練習にも見学者が来るようになっていた。
ただ話題になっていたのは学校だけではなかった。街中の囃子連にも「テンツク同好会」は知られる事となったのだ。それは決して望んでいた評判とはいかなかったが・・・
月に一度の会長会議で事態は表面化した。
「どうやらどこぞの囃子連の若い衆がふざけてお囃子やっているという話がありまして・・・」
「私も聞きましたよ。なんでも笛、太鼓使って流行りの曲をやってるって言うじゃないか。郷土の誇りであるお囃子を何だと思ってるんだ!」
多くの会長たちは響たちの活動をこころよく受け取らなかったようである。
「辰雄!お前は知ってたんだろ。何で相談しないんだ!」
「やっぱりお前か。まったく勝手なことばかりしよって」
矛先は相談なしに応援していた辰雄に向けられていた。
「相変わらず、何の話かと思ったら・・・」しばらく黙っていた辰雄が口を開いた。
「いいですか皆さん・・・」辰雄は年々人口の減少と高齢化が進むのに合わせお祭りの参加者も減少していること、特に若者のお囃子離れが顕著であることや運営側が保守的なために外への発信が少ないこと、それによって技術や知識が向上していない現状などを朗々と語り、若い者の挑戦を大人たちが邪魔することが不毛であることを訴えた。
「反論あったら言ってみぃ」辰雄がすごむと場内は波を打ったように静まり返った瞬間、古びた公民館の会議室の扉がガラガラと開き「まったく外まで聞こえるほど大きな声だしよって。遅れて申し訳ないのぉ」文二があきれた顔をして部屋に入ってきた。
「まぁ辰雄のいい方はともかく、言ってることも一理あってわしらも耳が痛いとも言えるでないか。ここところはしばらく様子を見てやるってことでどうじゃろうかのぉ。なぁ八幡町のどうだ。」
「はぁ。皆さんのご意見もわからなくはないですがお囃子をベースにした『コピーバンド』だと考えて少し自由にやらしてみてもよいかと・・・」
「おぉそうかみんなはどうじゃ」
先ほどの勢いはすっかりなくなり会議はお開きになったのだった。
・ 話題の先に
顧問の吉本の元にはあのライブ以来、地域新聞やケーブルテレビなどが次々に取材の申込の問合せが入っていた。また、女子4人に勇気が押し付けられる形でやらされていた「テンツク同好会」のSNSのフォロワーも順調に増え、5人はこの小さな街にあっては学校帰りにすれ違う人に声を掛けられたりすることも珍しくないほどちょっとした時の人といった感じになっていた。そしてその反応はメンバーのさらなるやる気の原動力となっていったのだ。
「また、ライブ出たいねぇ。」メイは先日の演奏以来ライブでのお囃子の演奏が忘れられないようだった。「うん。すごく楽しかった。あんなにお囃子で拍手もらったの初めてだもん」響きもまた初めての経験に感動していた。あの日以来、物理準備室はお囃子大好きな高校生のワクワクで満たされていた。
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