第3話 町のお囃子団体の反発
・5人目が来る
中古ながら用意された道具は翌日に借りてきたリアカーで学校に運び込み(当然、勇気がリヤカーを引っ張っていた)物理準備室で広げた4人は古びた太鼓を眺めながらこれからはじまる出来事に期待を膨らませ笑顔で話をしていた。
すると廊下を走る靴音が部屋の前でぴたっと止まり勢いよくドアが開かれた。
ドアの向こうに立っていたのは舞だった。
「舞」「舞ちゃん」驚いた4人は真っ赤な顔で立っている舞の姿に驚かされた。
「あのぉ、えっとぉ」なかなか言い出せない舞に茜音が「やっぱ難しそう・・・」と言いかけると「大丈夫だって。会長が大丈夫だって言ってくれたの!わたしも一緒にやらせて」
5人のメンバーが集まった瞬間だった。
実は昨晩、八幡町囃子連の会長のところに一本の電話がかかってきた。電話の先は別の囃子連の長老からであった。内容は地元の高校生がお囃子を盛り上げようと学校内でお囃子を部活にする運動をしているので協力してやって欲しいとのことであった。街のお祭り関係者でその長老のいうことに逆らえるものなどいなかった。
「わかりました」八幡町囃子連会長は一言だけ答えて電話を切った。
「なんでかわからないんだけど会長から連絡があって学校でお囃子やりたいなら自由にしていいぞって。まだ相談もしてなかったのに何で知ってるのかもわからないんだけど、とにかくOKがでたの」
「へぇ不思議なこともあるもんだ。まぁこれで5人揃ったし正式に『テンツク同好会』がスタートだぜ!」茜音の一言に合わせ全員がコブシをつきあげた。
・ 始まりのはじまり
5人のメンバーが決まり、当面の目標は人前で発表する機会を作ること。加えてその時にどんな曲をやるのかだった。
お囃子の太鼓は地元のお囃子をベースにして響の笛の技術を活かしてみんなが知っていそうな曲を選ぶこととなり意見を出し合った。言ってみればお囃子によるカバーバンドといった感じだ。
「発表の場所は私が軽音に掛け合って定期ライブに混ぜてもらえるように頼んでみるよ」
茜音は軽音にも所属していることを利用し、最初の発表の場として軽音の学内ライブで出番をもらえるようにお願いしてみることにした。
「曲はみんなが知ってるアニソンとかがいいんじゃない。」メイが切り出すと
「アイドルグループの曲もいいよね」「去年大ヒットしたダンスナンバーもできたらかっこいいよね」・・・
様々な意見が出る中、3曲ほどの候補が決まり、曲のペースに合わせ地元のお囃子の中でも繰り返しの構成の「仁場(にんば)」や「四丁目(しちょうめ)」でテンポを取ることにきまった。
「じゃぁ私が曲の出だしとか終わり方とか考えてくるよ」バンド経験がある茜音が編曲をかってでて「響ちゃんは主旋律を笛で吹けるかやってみて」と告げた。
「うん。やってみる」響ははじめてのチャレンジに不安もあったが期待の方が上回っていた。
・ 努力は無駄にならない
はじめての挑戦はなかなか手ごわいものだった。「似たようなところまではいくんだけどちょっと違ううんだよなぁ・・・」響は元の曲を何度も聞き返しながら練習していた。
それもそのはずでお囃子で使われている篠笛は現在の音階である「ドレミ調」ではなくお囃子用の音階に合わせ作られているのだ。そのままドレミ調に合わせ指を動かしても同じような旋律にはならないのである加えてキーの上げ下げに関しては一本調子、二本調子といった具合に笛自体を変えないとできないのだ。つまり普段から響が使っている五本調子のお囃子用の笛では全く同じような旋律を吹くことは至難の業ということになるのだった。
数日たってもなかなかうまくいかない響は文二の元を訪ねた。文二は居間に響を案内しその悩みをニコニコしながら聞き終えると「そうかそうか。そりゃ難しいことに挑戦しとるんじゃな。ちょっと待ってなさい」奥の部屋から笛を持ち出し文二は「ドレミファソラシド」とドレミ調の音階を吹いて見せた。
「文ジイ!すごいどうやってるの?」響はここ数日悩んでいた答えが目の前で見せられ紺分気味だった。「響ちゃんのぉ、この笛ってやつはよくできててなぁ・・・」
篠笛は笛に空いている7つの穴のどこを抑えるかで音階が変わるのだが抑えた穴を少しだけ指をずらして半分塞ぐようにすると半音だけ音を上げることができるのだ。簡単ではないがそうすることでお囃子用の笛でもドレミ調に限りなく近い音階は奏でることができることを文二は響に教えてあげた。
「それとなぁ響ちゃん。調子(キー)の上げ下げはさすがに同じ笛ではできんから本町の囃子連の友達に言って辰雄のところに行ってみるといい。辰雄は笛はたいしてやりもせんのにいろんな笛を集めてるはずだからのぉ」
「文ジイは辰ちゃんオジサンのこと知ってるの?この間テンツクの道具を用意してくれたのも辰ちゃんオジサンなの」
「そうかそうかなら話ははやい。今度行ってみるといい」
「ありがとう文ジイ」それを聞くと靴を履きながら響はお礼を言い、文二の家から走って帰っていった。
・ がっかりのち笑顔
「まったくルール、ルールって」茜音はこの日、珍しく感情をあらわにして怒っていた。
「どうしたの茜音ちゃん」響が理由を聞くと
「どうもこうも軽音の連中ったらお囃子のカバーバンドは面白そうだけど別の部とは学内ライブでは一緒に出せないってさ」どうやら出演を断られた様子であった。
「そうなんだぁ。せっかく練習していい感じになってきたのに・・・」横で聞いていたメイも肩を落とした。
「みんな居る?」物理準備室のドアが開くなり勇気が声を掛けてきた。
「今、あんたの話聞いてる雰囲気じゃないのよねぇ」茜音が答えた。
「あっ、そうなんだ。でも吉本先生がみんなに話があるんで準備室に集めといてくれって言われたから・・・」
「いやな予感しかしないな」茜音はつぶやいたが吉本が現れるのを5人で待つことにした。
「いやぁお待たせ」吉本は5人が揃っていることを確認し話をつづけた。
「実は、僕の高校生時代の仲間が駅の近くで小さなライブハウスをやっててテンツク同好会の話をしたら月一回やっている市内のアマチュアバンドのライブイベントに出てみないかって言ってくれて。みんなが良ければ来月のイベントの枠を取ってくれるって言うんだ。やってみないか」
「やったー!」5人は顔見合わせ大声を上げた。さっきまでの暗い雰囲気は一気に吹き飛んだ。まさに「雨のち晴れ」だった。5人にとってのデビューライブが決まり目の前の目標に設定された。
「よぉしそうとなったら練習開始!」メイの一言で全員引き締まった顔になり夢中で太鼓を叩きはじめた。
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