第9話 奥武蔵大祭

・ いざ大祭

 本町囃子連ではお祭り前の最後の練習の後、みんなで食事をしながら最終確認と英気を養うのが恒例になっていた。加えて今年の大祭の意気込みは高く、食事会も盛り上がりを見せていた。そしてその席には特別参加が許された響にも声がかけられた。

「明日からの2日間みんな頼むぞ。今年の大祭は特別だ。こんなにいろいろなことがあったのも高校生たちの頑張りがあったからだ。響ちゃん、メイ、茜音、光、本当にすごいことだぞ。俺も何十年と大祭をやってきたがこんなに大人たちが本気なのは初めてだ。いいかみんな、本町が一番よかったと言われるようにしっかり準備して盛り上げよう」

「おおー」辰雄を始め囃子連全員がグラスを突き上げ団結した姿は初めて山車の上で大祭を迎える響の心を躍らせる一瞬となった。


・ 今年も晴天なり

例年11月の初旬は雨も少なく奥武蔵大祭もここ数年晴天が続いていた。そして今年も真っ青な空が広がっていた。

「文ジイおはよう」半纏姿の響は居てもたってもいられず集合時間よりも早く自治会館に到着していた。

「おはよう響ちゃん。今年もいい天気でお祭りができそうじゃな」

「うん。手伝う事なんかある?」

こうしたお祭り前の準備の時間も響は大好きだった。遠足の前の日のような感覚で満面の笑みを浮かべながら太鼓や踊り衣装の用意を手伝った。

準備を終え、数台の車に分乗した下郷囃子連の一行は交通規制が始まる前に市街地に組まれたヤグラに向かった。

 街に差し掛かると各町会も準備を進めていた。会所を準備し、山車を飾付ける人。メインの通りでは歩道にお店を準備している露天商の人など町中が郊外の平凡な街並みがお祭り会場に変わっていくその景色に響の目の輝きは増すばかりだった。

「響ちゃん!」メイの大きな声が響を呼び止めた。

「夕方、待ってるからね!」

「うん」響きは手を振りながら大きくうなづきながら通りすぎていった。


 開始を告げる花火の音が三回鳴った。オープニングセレモニーが終わると11台の各町会の山車が隊列を組みメインストリートを順番に進んでいき山車が通り過ぎるたびに大きな拍手が送られていた。


テンツク同好会のPRもあってか例年より日中から人出は多く感じられた。中には噂を聞きつけた他の町のお囃子関係者の姿も多く見られた。


 響の下郷囃子連もヤグラでの演奏を始めていた。メイ達の本町、勇気の山手町、舞の八幡町とそれぞれの山車が前を通っていく。その際、山車の向きを櫓に向けしばし向かい合って太鼓を叩き合うのが習わしとなっている。とはいえいざ囃子手同志が向かい合うと演奏にも力が入るものである。響の笛の音も、メイや光の太鼓を叩くバチも勢いを増して見えた。

 

 本町の山車が駅前交差点に差し掛かった頃・・・

「ちょっと!さっきからなに覗き込んで撮ってんのよオジサン」

山車の後ろ幕をめくり子供の踊り衣装の着替えを手伝っていた茜音の大きな声が聞こえてきた。


 聞きつけた光が駆け付けその男性の肩を掴み睨みつけまくし立てる。

「まったくいやらしいったらありゃしない。いい加減にしなさいよ!」

男性は驚いた表情で必死に首を横に振った。

「違うんですよ。本町の山車をいろんな角度から撮影させてもらってただけですよ。」

「どうだか。そんな言い訳で許されると思ったら・・・」光が言い返しているところ

「おぉ、坂井野さん。来てたんですか。」後ろから囃子連会長の襷をかけた辰雄が声をかけてきた。

 茜音や光から事情を聞くと辰雄は大きな声で笑いながら

「そうかそうか、そりゃ坂井野さんも災難だったなぁ。この人は野老の朝日町の囃子連の人で普段はテレビ関東のディレクターさんなんだぞ。いろいろ個人的にもお祭りの動画撮ってくれていて奥武蔵大祭の紹介もしてくれてるんだ。」


ばつが悪そうな茜音と光に坂井野は「ごめんごめん。撮影前に声掛ければよかったね。」頭を掻きながら恐縮していた。


「そうそう。辰雄さんちょうどよかった。実はうちのスタッフから野老フェスに出ていたお囃子バンドが奥武蔵の囃子連の子達って聞いて取材に来たんだ。知ってたら紹介してもらえないかなぁ」

辰雄はニヤリと笑いながら茜音と光の方を向き「そうなんですか・・・じゃ紹介しますよ。というかもう紹介は済んでますよ」というと「えっ?」坂井野は辰雄の視線の先を見ると

茜音と光は下を向いたままゆっくり右手を挙げた。


「ハハハ。そうか君たちだったのかい。休憩の時にでも少し話聞かせてもらってもいいかな」

「は、はい」二人は申し訳ない気持ちとテレビの取材という驚きで返事をするのが精一杯であった。


・ 突然テレビ!

 夕方の休憩時間。各町内の山車は夜の曳き回しに備え、提灯や雪洞を装飾し一層きらびやかな姿になっていた。

 光、茜音、メイの3人は響、舞、勇気を呼び出し坂井野との待ち合わせ場所に向かった。

お祭り本部のテント脇に6人が揃うと大きなテレビカメラが2台にまぶしいくらいの照明が一斉に向けられた。

「お待たせしました。これで全員揃いました。」茜音は坂井野に話しかけた。

「忙しい時間にみんなありがとう。じゃあ早速、インタビューさせてもらうね」

坂井野はマイクを一番手前にいた舞に手渡すと真っ赤な顔になり隣の勇気にマイクを渡した。勇気は驚いた表情で隣の響にマイクを回した。

「ハハハ、そんなに緊張しないでよ。だれか代表してお話聞かせてもらえばいいから。」

5人の視線はちょうどマイクを握っている響に向いていた。

「決まりみたいだね。君に質問させてもらうよ」坂井野は響に質問を始め響もたどたどしくも懸命に答え始めた。

質問の内容は「お囃子を部活として始めた理由」や「既存の曲をお囃子で演奏するのはどういうところが大変なのか」など「テンツク部」についてのことや「いつからお囃子をはじめたのか」「お祭りの好きなところ」などお祭りに関することなどであった。


 はじめのうちは緊張から答えに詰まることも多かった響であったが大好きなお囃子の話ということもあり最後には目をキラキラさせて夢中に話していた。メンバーもところどころ笑いながらその話にうなずいていた。


「テンツク部」のテレビデビューはあっという間の10分間だった。

「ありがとうみんな。とっても楽しいインタビューが撮れたよ。明日の夕方のニュースに流れるから楽しみにしていてね。今度はライブも取材させてもらうよ。」坂井野は屈託のないお祭り大好きな高校生の挑戦に惹かれ始めていた。


・ 夜の大祭

 すっかり暗くなった街は提灯や露店の明かりで照らされていた。人出も増えいよいよ武蔵野大祭もクライマックスの様相をなっていた。

 各町内の山車たちが人込みをかき分け駅前の広い通りに集まり始める響も加わった本町の山車もその隊列の中にいた。

 初めて山車の上で、大祭に参加する響の興奮は抑えきれないほどで、その笛の音も普段より一層力強さが感じられた。

 

 メインストリートに11台の山車が揃うとお囃子が一旦止められる。一瞬の静寂が人込みが嘘のように訪れる。5・4・3・2・1どっからともなくカウントダウンの声が聞こえるとゼロの瞬間に11台の山車が一斉にお囃子を始めた。これがメインにベントの「引き合わせ」である。各町内の腕自慢が日頃の練習の成果を発揮するその演奏は観客の目をくぎ付けにした。


 本町の山車の裏では引き合わせが始まると慌ただしさが増していた。辰雄の周りに準備していた踊り衣装に着替えている5人が待機して出番を待っていた。その中にはメイ、光、音そして響もいた。

「よぉしみんな。お客さんをびっくりさせてやろうぜ。頼んだぞ」辰雄の激励が飛んだ。


「引き合わせ」も後半。順番に踊り衣装に着替えたメンバーたちは一人づつ山車の舞台に出て行った。小太鼓、大太鼓、鉦と順番にお面をかぶった踊り手に囃子手が変わっていった。

最後に登場するのは鼻から下が切れているお面を被った響だった。後ろ向きに歩きながら舞台に現れるとそれまで笛を吹いていたメンバーが入れ替わるとお客さんたちはザワザワし始めたなぜか笛の音は途切れていないからだった。そのタイミングで響は振り返り笛を吹くのを一旦止め、下を出して見せた。ひょっとこのお囃子「モドキづくし」の完成だ。

 お客さんからは割れんばかりの拍手と笑い声が演奏している舞台にも届くほどであった。

程なく、終了の合図が出され「引き合わせは」終了となった。どの町内もお囃子を一旦止めると観衆からは大きな拍手が送られた。


「みんなぁ揃って前に顔出してよ!」ひと際大きな声が届きお面を被った5人はバチや笛を手にしたまま声のする方を覗き込んだ。その声の主は坂井野だった。引き合わせの映像も残しておこうと撮影をつづけていたのだ。

「とても面白かったよ。これも流すからね」坂井野の声に5人の顔は嬉しいやら照れくさいやらでニヤニヤしていた。お面のし下ではあるが・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る