ch.15 Encounter

「吸血鬼は月の満ち欠けに左右される。だから自然と月に関する口伝も多くなる。これはその一つ」


 曰く、吸血鬼は満月の時に力が満ち、新月へと欠けていくにしたがって弱体化していくらしい。個体差はあるようだが。それはあいつを見れはわかることだった。わかりやすく新月の時は具合が悪そうにしていたし、満月の今夜は得体の知れない恐怖が這い上がるほど機嫌がいい。

 そしてその月の力を利用して着付け薬としたのが月の雫。月を閉じ込めた水を使用した吸血鬼にのみ効く薬。

 

 また老吸血鬼は月と水には深い関係性があるともいう。水面に映った月はそれを本物と見まごうこともあり、そのものとすら扱われることもあるのだと言う。

 そのために水面に映る月には不用意に近づくなとも。


「水面に映った月の裏側には時を渡る道があると言う。僕は水に落ちると少々面倒なことになるからやったことはないし、他にも僕が知らない条件がいくつもあるらしいけど。少し興味あるよね。月には魔力、魔性が宿ると言うけど、月の裏側まで行ったらどうなってしまうのだろうね」


 子供に聞かせるように話されたその目の奥に、薄暗いものがあったことには目を瞑った。この老練した吸血鬼にも時を渡りたいほどの何かはあるのだろう。何せ私よりもずっと長くを経年している。思うところなんて山ほどあるのだろう。


「吸血鬼を酔わせる方法もあるよ」

「あいつが喜びそうですね。……ただのお酒ではダメなのですか」

「人間の酒は弱いからねー。特にギルベルトなんて酔わないでしょ。やり方は簡単だよ。酒に君の血を一滴混ぜて飲ませればいい」


 月の雫といい、また私の血が必要らしい。だから、なぜ。


「今度やってみるといい。あの子も酔う感覚を一度は味わってみるといいかもね。そして前後不覚になればいいさ。そうすれば少しは目をそらせるだろう」


 そんなことを話していると、目を離していた下のホールから絶叫と歓声が聞こえた。まだあの殺し合いが続いているのかとも思ったが、今度は何かが違うようだった。

 明らかに何かが破壊される音、逃げ惑う者の声、引き裂かれる絶叫がほとんどを占めていた。


「これは少しまずいね。ギルベルト、テンション高いなあ」


 見れば、何を思ったのかあいつが周囲の怪異を片っ端から殺してまわっていた。魔女も悪魔も吸血鬼も関係ない。影から伸びた手で握りつぶし引きちぎり、あいつの手で直に頭蓋を砕いて臓腑を飲み下す。

 先ほどまでの舞踏会とは名ばかりの余興会場は、完全にあいつの食事場になっていた。


「全くあの子は……。ギルベルトを止めてくるから、君も来るかい?」

「私?いいえ、ここで待ってます」

「しかし、君から目を離すのもね」

「あんな中に行きたくないです。その方が危険です」

「それもそうかも知れないけれど……。じゃあここで大人しくしていてね。すぐに迎えに来るから」


 そう言って老吸血鬼はいきなり虐殺を始めたあのクズを止めるべく、観覧席から立ち去った。

 吸血鬼どうしの殺し合いは壮絶ではあったし、ずっと見ていたいものではなかったが、今あいつが起こしている惨劇は私に取っては美しく見えた。

 それはなぜかと問われると、私にも返答に困るものではあるが。やはりあの月のような吸血鬼が臓腑を引き摺り出して、血を噛み裂いて、飛びしきる血を歯牙にもかけずに命を刈り取る姿には見惚れるほどのものがあった。

 圧倒的強者の命の略奪は、反抗を許さないほどの暴力は、ひどく悍ましくそして耽美だった。

 あいつは、ひどく愉快気に笑っていた。あんなに笑うあいつを見たのは初めてかも知れない。

 しかしどこか薄寒いものを感じる。瞳孔は開き、吊り上がる口からはあらゆるものを食い破る牙がのぞく。

 あいつの今夜のテンションどうなっているんだ。いつものムッとした可愛らしさはどこに置いてきた。あれは暴君と呼ぶにふさわしい鏖殺だ。


「……楽しそうね」

「そのようですわね」


 完全な独り言に返答があったことに身を固くする。しかしこの声にはどこか聞き覚えがあった。


「吸血鬼の王。流石、天災と称されるだけのことはあるかと。怪異を成してああなのですから、人間にしてみればひとたまりもないでしょうね」

 

 それこそ街一つ壊滅するくらいに、といつのまにか私の隣に来てホールを見下ろしていたのは、いつか城の巨塔で私に話しかけてきた真白の魔女だった。


「レディ・ネムロン。だったかしら」

「まあ、傾国様の覚えめでたいとは嬉しいことですね」


 と、白目なんてない真っ黒な目でにこりとこちらを見る。

 なんで彼女が、なんて思うのはもはや意味がないだろう。こいつは魔女だ。ならばここにいたっておかしくはない。


「確かにわたくしは魔女ですが、今回はお仕事でここにいるのですよ」


 ふふ、と手を口に当てて上品に含みを持たせて笑う淑女。

 

「教会絡みかしら」

「そうかも知れません」

 

 歌うようにのらりくらりと質問を躱されることは、なんとなくわかってはいた。怪異とはこんなものだ。

 もう離すことはないと視線をホールに戻そうとすると、会話は続いていたようで突然隣から爆弾を落とされる。


「わたくしもこの目で見るまでは、あの吸血鬼の王が伴侶を娶るとは思いませんでした。噂は信じるものではないと思っていましたが、貴女様がそうなら納得もします」

「は?」


 大変驚きましたと、頬に手を当てて恥じらうそぶりを見せる白い魔女。

 いや、待て。今なんと言ったかこいつ。


「当事者は貴女でしょうに。何故にそんなに驚くのです。ここに来てから、やけに視線を感じませんでしたか?貴女が傾国といえども、それとは異なる種類の視線を感じたことは?皆注目しているのです。長らく誰にも距離を近づけさせなかった月の王が、人間を娶ったらしいと聞いて。てっきり今夜はそのお披露目かと思って参りました」


 思いがけない言葉に頭を抱える。なんだそれは。私は何も知らないぞ。

 あいつ、私に言わないでなんてことをしてくれてるんだ。

 いや、もしあいつにそんな考えがあったとしても本当に自分だけでは行きたくないから私を引き込んだというのが実際のところのような気もする。

 あいつが私に向かってそんなことを面と向かって言わないのであれば、私もそのことには目を瞑ると決めているのだから。

 まずそもそも、あいつは私が嫌がることは絶対にしてこない。それはこれまでの言動でわかる。むしろ過剰なほどそこに気を遣っている。だから、私に言わずに囲うなんてことはあいつはしてこないはずだ。

 そんなこと、私が許すはずがないのだから。


「それは、皆が間違っているわ。私はここにあいつのご機嫌取りにとつれてこられただけ。それ以上でも以下でもない」


 老吸血鬼の仲裁が入っても尚、虐殺をやめないあいつを見下ろしながらため息をつく。

 あいつ機嫌が良くなるとああなるのか。まるで手がつけられない。

 刹那的で快楽主義者で、怠惰な暴君。


「そうでしたか。それは失礼いたしました。何せ、夜風の噂は早いもの。あの王が人間とともにいること自体が異常なのです。なぜなら、王からしてみれば人間なんてただの肉塊に過ぎないのですから」


 そして優雅に礼をしてみせた魔女が、その状態のままピシリと固まった。何事かと、私が何か言う前に魔女は慌てて口を開く。


「今宵はお付き合いくださりありがとうございました。また何処かでお会いいたしましょう。わたくしは、これで失礼いたします」


 口早にそう告げると、瞬く間に真白の魔女は姿を消した。彼女の何がそうさせたのかを考える前に、こつりとヒールの音が後ろから響く。


「よお、傾国。あの老害たちもいないようだな。少し俺様に付き合え」


 深いスリットの入った漆黒のドレスに大きな魔女帽を被った魔女の女皇が、そこには立っていた。


 ♦︎


 これは一体どういうことだろう。


「ノイシュ、ワインがいい」


 目の前には魔女の女皇が、そして傍にはハイデンと近しいがまた異なるような背が高くメイド服に身を包んだ少女が控えていた。

 通されたのは2階の観覧席から通路を抜けた奥の間。ローテーブルを挟んで手の込んだ装飾が施されたソファに向き合って座っている。


『自分でやれ』

「お前は相変わらず、口がへらないな。早くいけ」


 ノイシュと呼ばれた少女は話す代わりにカードで筆談し、表情を変えることなく、しかし渋々と言った体で部屋を出ていった。

 この城の名はノイシュヴァンシュタイン城。ハイデンと同様、あの子も城化物だろうか。

 しかし、すぐに戻ってきたあの子は手に抱えていたボトルを魔女に向かって投げつけた。


『ほらよ』

「お前、俺様じゃなかったらすぐに廃城にしてやるところだぞ?」

『さっさと出ていけ、クソ魔女』

「うーん?甘やかし過ぎたか?」


 憎まれ口を叩きながらも、淡々としかし甲斐甲斐しくボトルやらグラスの準備をしていく。

 それを魔女は攻撃するでも、責め立てるでもなく複雑な顔で見ていた。なんだか変な組み合わせだ。

 あいつとハイデンなら、と考えてまずそもそもハイデンがあいつに対してこんな砕けたことは言わないだろうとすぐに思い至る。

 あの主従は力関係があまりにも絶対的すぎる。ハイデンが常に怯えているのがいい証拠だ。

 一口に城化物と城主といっても、さまざまな形の関係性があるのだろう。

 

 それはともかく。

 魔女の女皇とこうして面と向かって座っているこの状況が、なんなのだということだ。

 

「ねえ、私に何の用なの。女皇様?」

「交渉だ。無理矢理お前から奪おうとするとあの王が何してくるかわからんからな。お前から直接交渉して奪えばあいつも何も言わないだろう」

「さっき皮って言っていたけれど」

「そうだ。俺様はお前の皮が欲しい。もっといえばその容姿が欲しい」

「何故」

「俺様はこれでも人形作りが好きなんだぜ。そのためには質の良い材料がいる。吸血鬼の王の心臓、悪魔の首魁と聖騎士の眼球、そしてお前の皮」


 俺様はそれが欲しい。

 真っ黒な目を弓形に歪めてこちらを見る女皇。

 そんなことを言われても当然こちらには、それを差し出すつもりなんてない。

 いや、誰でも皮をよこせと言われて頷く奴はいないだろう。


「嫌よ」

「だろうな。まあ、今すぐ無理矢理奪ってもいいが、そのあとであの王様とやり合うのは面倒だ。なにか望みを言ってみろ。それを叶えてやる代わりに、お前の皮をよこせ。これでも魔女の女皇とも呼ばれている。人間が望むような、大抵のことは叶えてやれるつもりだが」


 ならば、今すぐ皮を奪うという行為をやめて欲しいのだが。随分と横柄な態度に舌打ちをしそうになるが、ここで私が癇癪を起こしても何にもならないことは確かだった。それに何がどう転んでも、女皇は私から皮を奪うことも。

 しかし、望めばこの女皇はあの偽物の神や聖女を殺してくれるのだろうか。西の戦線で常に戦争を起こしているくらいだ。何を目的としてそんなことをしているかは知らないが、期待はできるのかもしれない。

 いや、だとしてもそれに付随するのはあの友人の被害だ。最前線に立つ聖騎士の負担に必ずなるだろう。やはり何も言わないのが良いのだろうな。

 それにいくらこの容姿で今までひどい目にあったとて、いくら考えても皮を剥がれるのはごめんだった。

 

「望みなんてないわ」

「殊勝なことだな。しかしそれでは困る。お前の皮が手に入らない」

「ならば、賭けをしましょう。私が勝ったら、金輪際私をどうか諦めて。お前が勝ったら皮でもなんでも好きにすればいい。全部あげる」

「いいぜ。わかりやすいし、何より強奪よりもよっぽど愉快だ」

「賭けの方法はこれよ」


 この女皇、というか怪異は快楽主義なのではないかとのことを踏んで持ちかけたが案の定乗ってくれたようだった。 

 実際吸血鬼のあいつもそういうところがあったし。

 そしてドレスの中に隠していた銃を取り出し、銃口を自分のこめかみに向ける。

 ロシアンルーレット。

 それが私が女皇に提案できる最大限の譲歩だった。

 意図を察したのかあははと声をあげて笑う魔女を無視して、説明を続ける。


「弾は一発、打てる回数は六回。そして最初に私が五発撃つ」

「なんだって?お前が持ちかけた賭けにしては不利がすぎるな」

「今後の手出しを抑制するのだからそれくらいは賭けないと。いいわね」

「ああ、なんとも愉快だ。いいぜ。お前が負ければ俺様はお前の死体を全て貰い受けることができるってことか」

「ええ、そう。好きにして」

「魔女と約束事を取り付けるとは、全くいい度胸だな。俺様がそれを違えることはないから安心しろ」


 上位の怪異、吸血鬼、悪魔、魔女が嘘がつけず、約束事も反故に出来ない代わりに強い言霊と物理的な力を持つというのは本当のようだった。

 そして私はこめかみに銃口を向けたまま、魔女を見据える。

 引き金を引く手は震えるはずもなかった。

 がちゃん。一つ。空撃ち。

 がちゃん。二つ。また空撃ち。

 躊躇なく引き金を引いていく私を、奇妙なものを見るような目で、しかし愉悦に目を歪ませて見る女皇。

 がちゃん。がちゃん。三つ、四つと空撃ち。

 そのままの勢いで五回目も撃ちきろうと目を閉じる。

 がちゃん。五つ。空撃ち。

 そして残った六発目を目の前の魔女へと向ける。

 ズドンと発砲音とともに硝煙の匂いがした。

 

「私の勝ち」

「あははは。これは見事だ。よくもやってくれたなあ!」


 胸から血を流しながら、手を叩いて笑い転げる魔女はもう放置していいだろうか。

 なんてことはない。今のはイカサマだ。私が最初から最後まで銃を手放さなかったことがその証拠だ。最初に五発撃って、最後の六発目を相手に向けるまで。

 相対した時から探っていたが、どうもこの女皇は私の呪いとも言える魔性にかかっているのだかなんなのか、なんとも判別がつかなかった。効きが悪いとも感じた。

 それが最上位の怪異だからなのか、友人やあの吸血鬼のように何かしらの原因があるのかはわからない。ただ、私1人で御するのは無理があった。

 だから賭けを持ちかけた。言質もとってイカサマ前提。出来レースもいいとこだったが。しかし、負ければ皮を剥がれるのだからこれくらいしてもいいだろう。

 何より負けたはずの魔女は、胸を打ち抜いたはずなのにまだ何がおかしいのか腹を抱えて笑っている。

 こいつもこいつで楽しそうだな。

 もうここには用はないだろうと、ソファから立ちあがろうとした時、後ろの扉がガシャンと砕かれた。


「やあ、オルドレット。こんな所にいたんだね。なんだか楽しそうなことをしてるじゃないか。僕も混ぜてくれるかい」


 月の色の髪を靡かせて、砕いた扉を踏みつけながら入ってきたのは吸血鬼の王だった。機嫌は良過ぎて最悪だろう。吊り上がった口角と引き絞られて据わった目が、自身の高揚と相手への威圧を表していた。

 同胞の虐殺のいう名の食事で血を浴びまくっていたはずだが、着替えさせられたのかまた別の衣服に身を包んでいた。何故お前がお色直ししてるんだ。あの血みどろのままだと威厳も何もあったものではないというのはわかるから、あの老吸血鬼がそうさせたのだろう。


「お前の目は節穴か?私のどこが楽しげに見えるんだ。それに遅い。自分から離れるなと言ったのはお前のくせに」

「ごめんね、ロザリオに着替えさせられていて。でも、1番は君が困っているところを見たかったんだよね」


 君の不機嫌な顔が好きだから、と心持ちいつもより饒舌に話す吸血鬼。やはり今夜はどこが高揚感があるのか、表情も仕草もわかりやすい。ただ、このテンションはこのテンションで厄介だった。

 私はハイデンライシュタイン城を出る前に、例の鈴を持たされていた。何かあったら鳴らせと。魔女の女皇が話しかけてきた段階で鳴らしていたはずだったのだが、こいつがきたのはもう用が済んだ後。しかも、のんびりと着替えた後に。なんのための鈴だと思いたいが、これを最初に持たされた時にも、別に助けに来るなんてことは一言も言っていなかったことを思い出す。

 様子を見にきてあげると、そう言われた。

 そして今夜だ。こいつがこのテンションでいられるといつもより数倍面倒だということがよくわかった。いつもですら一体何をしでかすのか全く読めないのに、行動力と破壊衝動だけは増している。こいつ、私が本当に殺されかかっても皮を剥がれても、それをひとしきり見た後にようやく助けるという行動に移るのではないだろうか。それすらもしてくれない可能性の方が高い気もするが。


 そういえば、ドレスを買いに行く時も私が腕を飲み込まれているのをこいつは後ろから見ていた。通常ですらそうなのだから、調子のいい極夜の満月ともなればそのクズ度に拍車がかかるのだろうな、と呆れながら思う。

 ただ、こいつ。機嫌が良い場合は高揚のままに破壊衝動を振り翳すようだが、不機嫌な時は不機嫌な時で、それも過ぎれば機嫌がいい時となんら変わらなくなる。先ほどまで不機嫌だったのに途端に、含んだ笑みを持って追い詰められたことが何度かあった。つまりは、機嫌に左右されるこいつはどのみち厄介だということだ。

 ああ、本当。どうしてこんな奴に。

 

「迎えが来たか。存外、遅かったな」

「女皇、その流血はどうした。この子にやられたのか」

「その通りだな。いや、だとしても今は気分がいいんだ。お前とだって面と向かってやり合うつもりはない。部が悪すぎる。まあ謝りもしないがな」

「お前のことだから、すぐにでもこの子に手を出すかと思ったが。そうはならなかったか」

「なんだ、残念そうだな。寝取られるのが趣味とは流石に歪んでるぜ?」


 お互いにくすくすと含みを持たせて笑いながら会話を交わす女皇と王。こんな不穏な場には正直いたくなかった。もう帰りたいのだが。


「傾国。約束通り、お前の皮は諦めてやる。感謝しろよ。寛容な俺様に」

「もう二度と会わない奴に感謝なんてしないわ」

「そうとは、限らないぜ」


 女皇の発言の意図を問いただす前に、ホールの方から爆音とそれに伴う絶叫が聞こえた。女皇の後ろにずっと控えていた城化物が、顔色を変える。


「何?」

「全く、よくもノイシュを壊してくれたな。場所がばれたならまた移動させないとならないんだが。まあ、ここまで来れたんだ。代替わりしたんだろ?顔くらいは拝んでおいてやるか」

 

 ホールを覗き込む魔女につられて階下を見れば、そこはあいつの食事風景とはまた別の惨状だった。

 城の破壊された箇所から人間が雪崩れ込んできていた。その人間たちは誰もが白い制服に身を包み各々武器を取って、怪異たちと交戦していた。 

 教会の騎士団。怪異たちの夜会の乱入者はそれだった。

 さらにこれにかこつけてか、悪魔たちが人身売買にかけられていた人間を解放しさらに騒動が大きくなる。もうめちゃくちゃだった。

 おそらくは怪異の一斉討伐のために夜会を特定して、騎士団が攻め込んできたのだろう。なんとなくだが、悪魔様はそのことを知っていたのではないか。だから、それに合わせて人間の救済に動いたのかも知れなかった。あの白い魔女の仕事もこの事態に関係があるのだろう。

 そしてホールを見下ろしていて気づくことがあった。私が知っている限りだが、騎士団の中でも単騎で上位の怪異を狩れるほどの実力者は数多くない。だいたいは隊を組んで討伐にあたるのだが、あの殺し合いの場で1人だけ周囲の上位であるはずの怪異をたった1人で簡単に屠り、それには歯牙にもかけずに何かを探している人間がいた。

 むき身の真っ黒な大太刀を振り回すその人間の髪は青くたなびいていて、目は焼けつく太陽のような燈の色で。

 その人間を、私は知っている。

 ホールの中を見渡していた燈の瞳が2階に向けられる。

 バチッと火花が散ったような感覚がした。

 目が、合ってしまった。

 瞬間的に逃げなければと思う。しかし、そいつは恐ろしい速さで二階まで辿り着き、いろんな感情でがんじがらめになって呆けて動けない私の前にあっという間に現れた。

 

「オルドレット。ようやく、見つけた」

「……アイズ」

 

 相変わらずの抑揚のない淡々とした響きと無表情さに安堵しながらも、聞き馴染みのない低い声に泣きそうになる。

 どうして私を見つけたの。会いたくなんてなかったのに。

 私は、お前が長らえていればそれだけでよかったのに。

 射抜くかのような視線で、もう動けない。


 吸血鬼の王、魔女の女皇と相対しながらも私を真正面から見据えるのは、聖騎士となったかつての私の友人だった。

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