ch.10 Syndrome

 少し昔を話しすぎた。私が子供の頃で、現在に至るまでの話はもういいだろう。ここまでで、これまでで、嫌悪と憎悪と不快感を積み重ねて今の私が形作られている。

 時系列。

 ヴェレーアに呼び出された挙句に、意図せず子供の頃ぶりの友人を巨塔で見かけたあの日に戻る。

 精神安定剤としてあの月のような吸血鬼に猫になってもらいわざわざ一緒に来てもらったにも関わらず、その日はヴェレーアとの面会はせずにすぐさま家に引き返すことになった。

 理由は明白。私の精神がもたなかったから。

 成人して、大人になって、成長したあの友人を見た瞬間、子供の頃から抱えて押し込めてきたものがぼたぼたと掌から溢れる水のように抱えきれずに決壊して落ちていった。

 会いたかった。ずっと会いたくて、星を見るたびに思い返して、あの記憶だけを抱えて長らえて、それで十分だと思っていた。

 嘘。会いたくなんてない。

 だって会ったら、あいつを一目でも見てしまったら私が今まで耐えてきたものが音を立てて崩れていってしまう。

 敬愛じゃない、思慕じゃない。恋慕なんかじゃとてもない。

 違う。違うから。嘘じゃないの。

 でも同じようにあいつも時を重ねてちゃんと大人になっていることが嬉しかった。あの凪いだ眼のまま、強く高潔なまま存在していてくれたことが嬉しかった。

 しかしヴェレーアの言う通りならば、あいつは次代の聖騎士だ。聖女に次ぐ神に近いところにまでいってしまう傀儡だ。だから違う。お前はその高尚さのままで、それを誰にも犯されることなくいて欲しかったのに。お前を消費なんてさせたくなかったのに。

 そんなことを考えて最悪なことに思い至る。あいつを聖騎士へと駆り立てたのは他でもない私だ。私があいつに自身を刻みたいと言う浅ましい欲で、聖騎士になれと本来ならば有り得もしない願いを言ったのだ。

 しかしあいつは聖騎士になってしまった。そんなことになるなんて、わかっていたのに。あいつならば、どんな夢幻でも、不可能でもできてしまう。それほどの能力がある。

 わかってた。わかって言った。だからこれは私のせい。あいつがあの紛い物の神や聖女、何も知らない民の信仰への消費物になることになったのは、全て私が悪い。

 あの孤児院を出る時に、あいつに関して全て振り切れたなんて嘘だ。己のことながら未練がましくて吐き気がする。それでも右耳のあいつからもらったピアスはまだ大事につけているのだから、なおのこと己に対する不快感が増していく。

 誰かにあいつが消費されるくらいなら死んで欲しいとまで思ったのに、それこそ、そこまでの道を敷いたのは私だった。

 最悪だ。


 あいつに対しての無垢なままにしておきたかった感情が、どろどろと黒々しくなってそのまま口から吐き出てきそうだった。

 罪悪感、憧憬、困惑、諦観。頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 血の気が引いていき指先から冷たくなっていくのを感じる。

 私は、もうこれ以上ここには。


「__」


 不快感の波に飲まれかけている私を現実に引き戻したのは、腕に抱えた黒猫の鳴き声だった。

 見ると、日をまともに浴びていた先ほどよりも不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。

 その目に、私を詰るような目に、安堵を覚える。もはや力のなくなった腕でなんとか猫もとい、吸血鬼を一度ぎゅっと抱え直す。その温度のなさが、冷たい目が心地良かった。


「そうね。今日はもう、帰りましょう。あいつに会うわけにはいかないもの」


 呆れたと言わんばかりに、ぴょんと腕から飛び降り黒猫は私を先導して巨塔を後にした。


 ♦︎


 家に戻っても私の精神状態は最悪だった。子供の頃から願っていた友人との一方的な再会。違う、願ってなんてない。もう二度と会いたくなかったはずなのに。会うつもりなんてなかった。

 先ほどからこんな矛盾した思考が頭の中を巡り続けている。

 家に着くなり、猫になった吸血鬼を抱えたままソファに寝転がって丸くなる。このままこの黒猫に縋っていないと、ぐちゃぐちゃになった不快感でどうにかなりそうだった。私がきつく抱きしめても、今夜は逃げ出す素振りも嫌がりもせず吸血鬼は何も言わずにされるがままになっていた。


 そのままどのくらい経っただろうか。もしかしたら少し眠っていたのかもしれない。

 雨音に気がついて、きつく閉じていた目を開けて時計を見るといつのまにか深夜を回っていた。雨粒がこの家を隔絶するかのように重い音を立てて鳴り響いていた。黒猫はずっと起きていたようで、窓の外の雨を眺めていた。

 少し時間を置いたからか、少々冷静になれた。まだ頭の中はめちゃくちゃだけれど、これをそのままにしておくのもただでさえ抱えている不快に輪をかけて気分が悪い。


「お風呂、入ってくる」


 黒猫にそう声をかけて、私は脱衣所に向かった。

 私は熱いものが嫌いだ。人間の体温を彷彿とさせるから。だから普段はシャワーも冷水で済ませているのだけれど、今日に限ってはシャワーは温水で、湯船にもお湯を溜めて浸かることにした。

 不快なことを不快なもので上書きすればいい、と言うのが時間が経って冷静になった私が考えた対処法だった。何なら今から酒とタバコをやったっていい。

 そのくらい、もっとより強いもので上書きしなければならないほどに、昼間の出来事は私にとって重くのしかかるものだった。


 結論から言えば、私の不快感をさらなる不快感で上書きして消そうと言う試みはさらに最悪な結果を引き起こすことになった。

 温水のシャワーを浴びた時点で吐きそうになり、無理やり湯船に浸かっては見たものの体全身をめぐる熱さが気持ち悪すぎて悪寒がしてきた。しかも、シャワーの時点ですでにだいぶ体力を持っていかれていたためにこの不快で満たされた湯船から自力で出ることができなくなってしまった。

 入ったばかりの熱さも気持ちが悪かったが、だんだんと冷めていき人肌に近くなっていくお湯の温度にさらに嫌悪感も増していく。

 何をやっているんだ私は。不快を不快で塗り重ねようたって、これ以上にしんどくなってどうするんだ。前回、酒を飲んだ時も似たようなことをしでかした気もする。

 正直に言えばお手上げだった。もう無理だ。このままぬるま湯の中で体力を奪われ続けながら、温度が完全に冷めるまで私はここから動けないだろう。

 そう諦めて自分から掴んだ不快感の中、目を閉じた。


 どれくらいそうしていただろうか。

 ちりん、と。

 鈴の音がした。聞いたことのあるそれは、あの吸血鬼が猫になった時に常につけている鈴の音だった。

 もうほぼ全ての体力を湯に奪われて、身動きがとれなくなりつつも、のろのろと音の鳴る方を見る。すると、浴槽の出入り口のカーテンにうっすらと猫のシルエットが見えた。

 猫はぱしん、ぱしん、と前足で軽くカーテンを何度か叩いていた。

 それを湯船の中で脱力したままぼーっと眺める。湯はすっかり冷め切っていたが、それでも残っているように感じる温度にここから出る気力も吸われていた。

 ノックのつもりなのか、前足で何度かカーテンを叩いても私が反応せずにいると、するりとカーテンを抜けて黒猫が浴室に入ってきた。湯船の中でだらりと脱力して動けずにいる私を見つけて、お前は何をしてるんだとばかりに首を傾げる。


「……お湯に浸かったら、動けなくなったのよ」


 もう口を開くのもしんどいが、じとりとこちらを見る黒猫もとい吸血鬼に弁明を図る。だって、本当に動けない。ここに居続けたくはないけれど、ここから出る気力も体力もない。湯が冷めたら出られるだなんて、目論見は浅はかだった。自分の体力のなさを甘く見ていた。

 

「__」


 黒猫が何を言っているかわからないが、何故か確実に皮肉を言われた気がする。

 私が言い返そうとする前に猫はくるりと方向転換し、来た時と同様カーテンの間を抜けて浴室から出て行ってしまった。

 私が苦しんでる様子を見に来たのか、あいつ。そう言えば、鈴を渡された時も似たようなことを言われた気がする。辛い時に鈴を鳴らせば様子を見に来てやると。けれど、実際はその後本人が昏倒した私を救助してくれたが。

 今回は流石に呆れたのだろうか。これからどうしたものか。まさか、自宅の浴室で身動きがとれなくなる事態になるなんて思ってもみなかった。このままここでじっとしていれば体力は戻るだろうか。いや、奪われ続けるだけな気がする。何とかして出たほうがいいのはわかるのに、事実今は何もできなかった。


「君は、僕より自分を壊すのが下手だね」


 不快感の中に諦観も混ざりはじめた頃、あの吸血鬼の声が聞こえた。

 閉じていた目を開けると、呆れと他に何かが混ざった苦笑いを浮かべる吸血鬼がいた。

膝をついて浴槽の中の私と視線を合わせ、手には大きなタオルを持っていた。


「おいで、自力では出られなくなってしまったのだろう」

「……自力で腕も伸ばせないから、この有様なのよ」


 そう言うと、今度は少々困惑した顔を浮かべる吸血鬼。不快感の中に長い時間居続けたせいで、もう疲れた。何だっていいから早くここから出たい。

 その意を込めて、脱力しながらもじっと吸血鬼を見つめていた。すると吸血鬼はため息を一つついて、


「どうか、許してね」


 湯船の中に腕を入れ、私を引き摺り出しタオルで包んで、そのまま私の寝室へと運んでいった。

 人ならざる吸血鬼の冷たさに、ようやく人心地つけたような気がした。肌を伝う雫が鬱陶しかったが、横抱きにされたままその鬼の冷たさを享受していた。


 ♦︎


「もう、動けるかい?」


 現在、寝室でタオルに包まれたまま吸血鬼の膝を枕にして私は横になっていた。

 私を寝室に運んだ後、さっさと立ち去ろうとする吸血鬼を引き止めた。理由は一重に不快感を打ち消してくれる冷たさが欲しかったからなのだが。

 浴槽から出たはいいものの、体力まではすぐに戻ることはなくこの姿勢のまま吸血鬼を付き合わせ、しばらくじっとしていた。

 手持ち無沙汰にしていたらしい冷たい吸血鬼の手を掴んで、先程までの不快から逃れようとした。

 最初は私の手を解こうとしていた鬼だったが、じとりと睨んだら諦めたのか私の好きなようにさせていた。そのあたりは猫の時と変わらなかった。

 おかげで少しづつ体力がもどり、服を着替えることを思い出すくらいにまでには回復した。

 のそりとタオルを引き寄せながら鬼の膝から体を起こす。


「着替えるわ」

「それがいいと思うよ」


 そういうと、吸血鬼はすぐさま寝室から出て行ってしまった。

 その背中を見送ってから、クローゼットに向き直る。そしてクローゼットの隣にある立ち鏡で自分の現在の姿を改めて見てしまった。

 大きなタオルで隠れているとは言え、足は太ももの付け根まで見えそうで、胸もとは片肩からタオルがずり落ち胸も完全に隠れているとは言えない。

 というよりそもそも、先程浴槽から引き摺り出された時に裸体を見られていたことに思い至る。あの浴室の状況が嫌すぎて、そこまで頭が回らなかった。


「まあ、いいか」


 今更裸体を見られたところで減るものではないし、恥じらう生娘でもない。

 それに、


「あいつなら、いい」


 そう一人ごち、着替えに取り掛かる。服ひとつ着替えるにも私にとっては重労働だ。なにせ、力が一般人に遠く及ばないために服がすでに重いのだ。ブラウスに袖を通しスカートを履き、コルセットを締める。

 そこまでやって、どうしてもう外には出ず寝るだけなのにここまで着ているのかと気づく。やってしまった。また着替え直しだ。余計に疲れた。やはりまだ頭が回っていない。


 普段ならば、普通ならば、季節なんて関係なく長袖のブラウスでボタンを首元まで閉めて長いスカートを履き、肌の露出なんて絶対にしない。それに、もし肌を見られでもしたらそれこそ呪うだろう。それほどまでに許せない。見られたくはない。見られたらどうなるかを既にわかっているから。

 けれど、あいつなら構わないのだと、思ったのだ。思ってしまった。それにすでにあいつには、寝る直前の袖のないゆるいワンピース姿を見せてもいた。

 どうしてかと問われれば、それはあいつの目だった。私の裸体を見た男たちは私を犯すことしか考えず欲の目を隠そうともしなかったが、あいつはそれとは違った。

 手を取れば本当に困惑していたし、あの状態の私を見ても呆れたとしか言いようのない顔をしていた。それはそれで腹が立つが。

 なにより、横になった私を見ていた目は困惑しながらも嬉しそうだった。ただ単に私といることが嬉しいのだと、それだけだった。

 これはあの友人の凪いだ目や悪魔様のとも違った。

 それだけに、こちらが居た堪れなくなる。あの目に、私はまだ、向き合えない。

 それに吸血鬼は人間よりずっと長寿だと聞く。ヴェレーアから受けた以前の件で、吸血鬼がどう人間を襲うのかもわかっている。あいつが吸血鬼の王ならば、女の裸体なんてそれこそ飽きるほど見ているだろうから、今更私相手にどうこうもないのだろう。

 それにおそらく、あいつ相手に私の魔性は効かない。あいつは私に当てられていない。なんとなくだが、そう直感する。

 悪魔様といい、最上位の怪異には私なんて通じないのかもしれない。

 魔性に当てられていないなら、どうしてまだ一緒にいるのと疑問が出てくる。しかしその問いを強引に霧散させる。

 今はそこまで考えることはない。そう無理やりにでも結論づけないと私自身の見たくないものにまで、目を向けることになりそうだったから。


 いつも寝る時に着るゆるく広がる真っ黒なワンピースに着替え終わり、リビングへと向かう。ソファには吸血鬼が人型のまま座っていた。私を見つけてくすりと楽しそうに笑う。


「君、熱いの嫌いじゃなかった?」

「嫌いよ」

「じゃあ、どうして湯船に浸かっていたの」

「嫌いだからよ」


 くすくすと愉快だと言わんばかりに目を歪めて笑う吸血鬼。追加でまた何か皮肉を言われる前に、キッチンから酒の瓶を取り出す。


「オルドレット、ダメだよ。今夜はもう休んだ方がいい」


 取り出した瓶を取られて、私がどうやったって届かない高い位置に腕を伸ばされてしまう。


「返して」

「ダメ。君、自分の状態をちゃんと見えてないね」


 これ以上体を壊してどうするの、と怪異らしくないことを言われる。

 どうするも何も。


「見えてるわ。だから、壊すのよ」

「どうして、そこまで」


 自分を追い込むの。

 あの友人の凪いだ目とは違う氷のような目に貫かれる。


「昼間のあの塔から君の様子がおかしい。大方、そこで見た人間のせいだとは思うけれど。その人間は君をここまでしないといけないほど、君にとって価値があるの」

「価値は……あるだろう。今代の聖騎士よ」

「君にとっては?」

「……友人よ」


 それ以上何も言えずに黙り込んでしまう。こいつの言う通りだった。価値なんて話ではない。あいつは私にとって、影響も存在も大き過ぎた。

 だって、子供の頃からずっと焦がれていて、いや、だから違う。

 再び頭の中がぐちゃぐちゃになり、身動きがとれなくなった私を見て、吸血鬼は不機嫌そうに眉を顰める。


「オルドレット、君がそこまでになってしまうなら。そこまで君自身を砕いて傾けるなら、僕が殺してきてあげようか」

「ダメ」


 思ったより大きな声で即答したことに自分でも驚く。それに呆然としていると、吸血鬼はさらに機嫌を損ねたようだった。不愉快を隠そうともしない。けれど恐ろしいほどに美しく笑っていた。


「どうして?あれがいなくなれば、君は楽になるよ。聖騎士ならば尚のこと都合がいい」

「楽になったって……」


 私があいつを勝手に拗らせて勝手に見限って楽になることと、あいつ自身の幸福を願うことは全く別物だった。

 確かにあの友人が存在しなくなれば、私は楽になるだろう。この子供の頃から抱え続けてきたものを手放せるだろう。だけど、それは一時のもの。

 あいつが私に与えた影響は、恩は、すでに抱えきれないほどに肥大している。私だけではもはや扱いきれない。

 あいつがいなくなったって私は苦しみ続ける。ずっと友人を偲んで、手放したものを抱えなおして長らえていくのだろう。

 それにいくらこの吸血鬼の王でも、そう簡単にあいつは殺されるような奴じゃない。そもそも、あいつは私に左右されていいような奴ではないのだから。私は、私とは無関係に誰にも犯されることなくあいつに長らえて欲しかっただけ。

 

「そうか、なら。君はそのまま、あれを抱え続けて苦しむといい」


 そう言い残して、冷たい麗人は闇夜に消えて行った。不機嫌だとありありとわかるのに、かえって機嫌良さげに笑いかけられた顔が頭から離れなかった。


「だから、私だって初めからそうだって、わかってる……」


 昼間の友人との再会に加えて、言い返せないやるせない思いと、あの吸血鬼を不機嫌にさせたと言う事実が尾を引いて、もう何をする気も無くなってしまった。

 

「疲れた……」


 せっかく回復したと思ったのに、もう寝室まで行く気力も体力もなかった。

 そしてまた、助けてもらった礼も言えなかった。


 ♦︎


 あの夜から吸血鬼はめっきり姿を見せなくなった。やはり機嫌を損ねたらしい。そんなことを言ったって、あの時は私だって一杯一杯だったし急に物騒な発言をしたのはあいつの方じゃない。

 少ししおらしくなっていたが、だんだんと腹が立ってきた。人ならざるものなのだから思考が噛み合わないのは承知の上だったが、あそこまで極端に走るとは思わなかった。いきなり友人を殺すと言われて、戸惑わない奴がいるだろうか。というか、なぜいきなりそんなことを言い出した。急に不機嫌になった理由がわからない。聖騎士の名を出したからだろうか。

 私がどう苦しもうが、あいつにとってどうでもいいことだろうが。

 喧嘩の最中に言い逃げされたようで、思い出すほど癪で仕方ない。というか喧嘩にもなってない。このままあいつ、私に顔を見せずに済ますつもりじゃないだろうな。それは絶対許さないから。

 しかしだからと言って、よくよく考えるとこちらからあの吸血鬼に会う方法がない。いつもいつのまにか姿を見せて、会いにきていたのはあちらだったから。どうしたものか。とにかく文句はまず言う。絶対言う。それくらいしないと気が済まない。

 怒りは沸々と湧いてはいても、肝心の会う方法は全く思いつかなかった。吸血鬼の王なんて一体どこにいるんだ。

 吸血鬼の王は天災と呼ばれ、訪れるだけで街一つを破壊する大災害とされている。来訪した街の人間を全て喰らってしまうのだ。それは惨状とも言える有様だと言う。王が現れた箇所から徐々に被害が広がっていき、その外側に行くほど抵抗の跡が見えるが、それすらも悉く破壊されるという。そして、人一人残らない。対抗できるのは聖騎士ただ一人。

 だから、そもそもあいつがこの街に長く留まっているのに、街の人間が私含めて無事なことがもう異常なのだ。

 本当にあいつは何を考えているのだろう。

 しかしそこに関してはわからないままでもいいと言うのが、今の所の私の感想だった。わかっても碌なことにならない気がする。絶対そう。けど文句は言う。

 そのためには会わなければならない。最初に戻ってきてしまった。けれどやはり手段はない。

 そんな堂々巡りを抱えた日々が10日ほど続いた。


「こんばんは。お嬢さん。今、少し時間はあるかな?よければ俺の話を聞いて欲しいのだけれど」


 いつも通りに博物館の閉館作業を進めていた時に、真後ろから突然声がかけられた。先ほどまで館内を巡回して、誰もいないことを確認してから鍵を閉めたはずなのに。

 ひやりとしたものを感じながら後ろを振り返る。

 するとそこには14〜15歳ほどに見える小柄な少年が立っていた。身長は私より少し低いくらい。そして気づく。

 夜であるのに窓から覗く日光を受けて輝く目は金色だった。


「俺はロザリオという。怖がらないでいい。本当に話をしにきただけなんだ。どうやら、ギルベルトが世話になったようだね」


 お嬢さん、と私より明らかに若い容姿の少年が微笑む。

 どうやら私は、つくづく吸血鬼に縁があるらしい。

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