VOL2第12話『終戦』

×現在 代々木公園戦場×

 稜太は息を切らし、肩を揺らしながら倒れる蓄尾を眺めている。先の一撃で、蓄尾の戦意は削ぎ落とした。筋肉モリモリマッチョの魔術師・ホウマンも、勝負の行方を見守る中、公園という名の戦場を緊張感が包んでいる。


 稜太は、彼に動機を訊くつもりはない。それを知ったとて、行動が美化されるわけではない。彼氏である未来を傷つけたという結果は変わらず、その結果に至るまでに泣けるような話があったとしても、同情するつもりはない。


 そこへ、ボロボロになった魔術師スノウ・リリィホワイトが腕を抑えながら歩いてくる。衣服には無数の斬痕が残っている。稜太は、彼女がどんな死闘を繰り広げたのかよく感じ取る。


「彼が実行犯……蓄尾射令ね」


 蓄尾はもはや、手一つすら動かせない。死力を尽くし、稜太と拳を交えた。スノウは狼のように鋭い目つきで、倒れた蓄尾を捉える。


「蓄尾射令の身柄は本部で預かります。いいですか、師匠」



 黒いボンデージ姿のホウマンは、その問いかけに投げキッスを返す。


「……その投げキッスはどういう意味……?」


 スノウは困惑しながらも、捕縛術式を展開する。銀色の鎖が、蓄尾の身体を縛りつける。


「蓄尾射令、首都陥落未遂罪で確保します」


 蓄音は瞳を閉じて何も言わない。稜太は確保の一部始終をただ見守ることしかできない。


「……その人は、どうなるんですか?」


 降って湧いて出たような、純粋な疑問であった。彼氏である未来を傷つけ……というのは私情であるが、首都・東京の一区たる原宿を脅かした彼に、どのような処遇が下されるのだろうか、と。


「しばらくこちらの管理下におきます。ああ、けど安心してください。殺すことはしませんよ。それは、教会長マスターが望みませんし」


 スノウの表情に笑みはないが、どことなく穏やかなように感じ取れた。続けて、スノウは言葉を紡ぐ。


「ありがとうございます、稜太さん。あなたのおかげで、被害は抑えられました」


 途端、スノウは表情を崩し、満面の笑みを浮かべる。その笑みはあまりにも美しく、輝いて見える。稜太は、照れ隠しのように口角をあげる。


「では、さようなら。縁があれば、またどこで」


 スノウはそう言い残して、蓄尾とホウマン師匠と共にテレポートで戦場を去る。クレーターと壊れた建物が残った戦場に足音が響く。テンポは短い。稜太は導かれるように、すぐさま振り返る。


「未来!」


 そこには、手を振って稜太のもとへ走ってくる少年の姿があった。未来は稜太の近くまですると、はぁはぁ、と前屈しながら呼吸を整える。


「傷はもう大丈夫なのか?」


「うん、おかげさまでね。それよりも——」


 稜太は一瞬、疑問に感じる。その一瞬で、頬に暖かい感触が走る。それがキスだと理解した稜太は、頬を赤らめる。稜太は動揺して何も言えない。


「ご褒美。ありがとう、稜太」


 満面の笑みで、容赦なく未来は言い放つ。稜太は、極上の報酬を得たと感じた。好きな人の笑っているところを見るのは、いつなんだかだろうと幸せなことだ。それだけで心が満たされる。それだけで心が救われる。これまでの戦いに意味があったと思える。


 お返しとばかりに、稜太は未来に抱きつく。


「お前こそ、無事でよかった——」


 未来は稜太の温かさを感じながら、その身を稜太に預ける。


 二人だけの抱擁の時間が流れる。

そこへ、


「まだいたのか、貴様たち」


 随分とボロボロな姿になって、露出が激しくなったシュヴァリエが現れる。


「なっ——!?」

「——!」


 すぐさま抱擁をやめ、何事もなかったかのように会釈をする二人。


「……間が悪かったか。完璧たる私が、登場のタイミングを見誤るとは。不覚だ」


 シュヴァリエは右手を額に当てて、小さく俯く。


「シュヴァリエさん、これから原宿はどうなるんですか?」


 未来は意識を切り替え、魔術師としてシュヴァリエに問う。


「しばらくは復興作業だろうな。呪詛密度も随分と濃い。除去処理も時間がかかるだろう。だが、ここからは聖教会の仕事だ。貴様らは気分転換にでもラーメンでも食いに行くといい」


 そう言うと、シュヴァリエは未来たちにラーメンの無料券を手渡す。


「これって……!?」


 稜太がゴクリと息を呑み込む。


「伝説の元寇ラーメン無料券……!」


 未来もまた声を震わせながら、言葉を紡ぐ。


「どうやってこれを……?」


「最強として名を売っているのでな。これくらいはできて当然だ」


 シュヴァリエは素早く、ドヤ顔をして言葉を返す。そして、稜太たちに背中を向けて、歩き始める。


 が、すぐに足を止めて、未来の方へと振り返る。


「あと前田未来。貴様宛に伝言を預かっている。“そろそろ京都に顔出してクレメンス。マジお前と会えてなくて萎えてるから”だと」


 その伝言を聞いて、未来は引き攣った笑顔を浮かべる。どうしたんだろう、と純粋な疑問を浮かべて、稜太は未来のことを心配する。


「なんか癖強い喋り方だな、友達?」


「んなわけ。僕の名誉に傷がつく」


 サラリとひどいことを言う未来を見届けて、シュヴァリエもまた戦場から姿を消す。


 戦場に、再び稜太と未来だけが残る。

やがて二人は顔を見合わせて、同じタイミングで相槌を打つ。


「「ラーメン行こう!!」」


 こうして、二人は走り出す。


そして、大切なものを失った人間の復讐の物語は幕を閉じる。

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