VOL2第11話『回想/蓄尾射令・スタートアップ』
×喫茶店×
「強者を淘汰するのは途方もない“力”さ。どれだけ優れた才能も、能力も、簡単に破壊できる」
さびれた喫茶店のテーブル。コーヒーとミルクをかき混ぜながら、蓄尾の同僚・中谷は言葉を紡ぐ。
蓄尾は、中谷に事の経緯は全て話した。
彼氏である翔太が殺されたこと。実行犯が途方もなく強い怪物であったこと。自分ではどうすればいいかわからないこと。それらを全て聞き入れた上で、中谷はこう言った。
「その、“途方もない力”はどこにある?」
「まあまあ、そう話を急ぐなよ。急がば回れ、なんてことわざもあるくらいだしな」
蓄尾ははやる気持ちを抑える。中谷は椅子にもたれて、足を組んで話をし始める。
「まず、その怪物について。シャーくんは『異端狩り』って知ってるか?」
「ああ、それは」
一瞬だけ、蓄尾の脳裏に情報屋の死体がフラッシュバックする。
「なら話は早い。多腕で鋼鉄のような肉体。シャーくんの彼氏を殺したのは、きっと『異端狩り』所属の“餓者髑髏”だ」
「餓者髑髏……」
「『異端狩り』じゃ名の通った武人だぜ。
人外絶技・次元斬の習得。嵐のように速い連撃。腕は無数に生やせて、あれじゃ白刃どりも余裕だろうな」
「……人間に勝てるのか?」
差し迫った様子で、蓄尾が問う。
「無理だよ。あの牙城は人間である以上崩せない」
「人間ではない力で、それをたおすことができるってわけか」
「その通り、ショーちゃん。それこそが、ハイヌウェレさ」
▲▽
×捨てられた魔術工房×
それは、人の目の届かない地下に存在していた。気が遠くなりそうなほど昏い闇。方向感覚が狂ってしまうような、深い闇。
太陽の光を遮断した隔絶空間には、およそ人気というのが存在していない。
——本当にこんなところに魔術師がいるのか?
その闇を歩きながら、蓄尾は考える。
『原宿の地下、公園の最奥。前人未踏の暗闇に、『ソレ』はある。まあ、試しに行ってみるといいよ。きっと、面白いものが見れる』
同僚・中谷の言葉を信じ、彼は原宿地下を訪れた。地下鉄は通っていない。現代においてあれほど開拓された地底に、まだ人間が辿り着けていない場所があったとは。蓄尾はそこに驚きながらも、さらに歩を進める。
蓄尾が一分ほど歩き終えたとき。突如として暗闇に光がさす。
——なんだ!?
蓄尾は反射的に腕で目を覆い隠す。光が差し込んだのとほぼ同時。こつこつ、と音を立てて近づく存在がいることに、蓄尾は気づく。
——魔術工房、だとしたら、戦闘は必至か!
蓄尾は、今いる場所が敵か味方かわからない者の陣地であることを思い出す。それからは早い。即座に迎撃術式を構築し、外敵からの攻撃に備える。
「喧嘩っ早いな。オレ様がそんなに横暴に見えるのかい?」
蓄尾の考えとは裏腹に、彼の迎撃術式には『声』が返ってくる。だが、蓄尾が警戒心を弱めることはない。光にはもう慣れた。視界には誰もいない。
「見えねえんながら仕方ないだろ。警戒されるのが不服なら、姿くらい見せてみろ」
蓄尾はここ最近で態度が荒れた。彼氏であった翔太の死によって心が荒み、横暴な言葉遣いとなってしまった。
「……オレ様はクールだからな。初回は見逃してやる。けど次は」
暗闇の中で3つ、光が生まれる。瞬時、蓄尾は判断をくだし、迎撃術式を発動する。蓄尾が指を鳴らすと、その背後から数え切れないほどの赤い魔力の光線が発射される。赤色の魔力群が迫る。それを迎え撃つは光の中から姿を見せた——金色の槍や剣、銃。蓄尾は実力差を一瞬で悟る。防御術式は展開できない。先ほど撃った魔術では、声の主の魔術の物量には勝てない。
蓄尾は死を悟り、目を閉じる。
「言っただろう。一回は許す、と」
蓄尾はその言葉を聞いて、自身の生存を認識する。困惑しながらも、ゆっくりと目を開ける。視界の正面には、金髪のコーンロウで派手な装いをした、二十代くらいの男が立っている。
「——」
蓄尾は、男が放つ圧倒的な輝きに閉口してしまう。
「生きたいなら要件を言え。死にたいなら、オレ様に背を向けろ」
金髪の男は、威圧的な態度をとる。生殺与奪の権は、自分が握っていると言わんばかりに。蓄尾は状況をよく把握している。自身の現状最大切り札である魔術を使用し、防御魔術も展開できない。戦闘にならば不利になるのは、これ以上にないくらい明快だ。
だからこそ、蓄尾は答える。
「ハイヌウェレを、復活させて欲しい」
その言葉を聞いたからか、シガレットの態度は急変する。頭を抱え、忌々しいという感情を発露させんとばかりに、言葉を紡ぐ。
「お前……自分の言っていることが理解できているのか? あんな怪物の復活を望むなんざ、“自分は大馬鹿者です”と白状してるようなもんだぜ?」
「わかってる。だから、蘇らせて欲しいんだ。全部、ぶっ壊してほしい」
蓄尾はこれ以上にない真剣な表情を見せる。その瞳には一切の曇りがない。澱みがない。
——こいつ、正気か?
金髪の魔術師は、来訪者の正気を疑う。しかし、その濁りのない瞳を見て確信する。
「正気ってやつは、最も純粋な狂気なのかもな。いいだろう、ついてこい。お前の名は?」
「蓄尾射令。あなたは?」
「オレ様はシガレット。この世に神代を復興させる、現代の現人神。んで、お前に世界を滅ぼす方法を教える魔術師さ」
▲▽
×あるビルの屋上×
それから2週間後の夜だ。蓄尾は気分転換に、あるビルの屋上に訪れていた。
蓄尾は呆然と、フェンスから都市を見下ろす。
——この都市の輝きは、きっと美しいんだろうな。
——多くの家族があって、幸せがあって、喜びで溢れている。
——綺麗だよ。
蓄尾は静かに歯を食いしばる。
——だから先に謝っておく。あなた達の幸せを奪ってしまうことを、どうか許してほしい。
——然るべき罰も、きっと下される。
——だけど、これから“だけ”は、僕の復讐の礎になってほしい。
蓄尾の脳裏には、もう声も聞くことができない翔太の笑顔をよぎる。
——ああ、お前はなんて言うだろうな。きっと、オレのことを咎めてくれるんだろう。復讐に囚われたオレを、お前に縛られたオレを。
——けど、オレ一人じゃどうにもならないよ。
——だから、全部壊す。
蓄尾は、都市の夜景に背を向ける。そこには、コーンロウの魔術師・シガレットが立っている。
「行くかい? アヴェンジャー?」
「ああ、全てを壊す。オレの悲願のために、ハイヌウェレを覚醒させる」
蓄尾は決意表明をする。その瞳には、もう迷いはない。濁りはない。しかし、その顔立ちにはもう、翔太と付き合っていた頃の面影はなくなっている。
「そいつは結構。オレ様はお前の運命の行き先を見届けよう」
二人は歩き出す。
ひとりは、自らの願いのため。
ひとりは、自らの主義のため。
世界の滅びが、この時に巡り始めた。
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