VOL2第7話『優等生と拳と覚悟』

×屋上×

 雑居ビルの屋上。ハイヌウェレがスノウの手によって葬られた直後。戦闘準備を整えていた蓄尾が小さく呟く。


「……ハイヌウェレ。幼体とはいえ、神殺しすら成すか。聖教会」


 それは感心からの発言にも思える。事実、先ほどまではハイヌウェレの勝利を予測していた。だが……現代の存在ではないものが、同じ時間軸に存在するためには『適応作業』が必要になる、というのは知らなかった。金髪コーンロウ……シガレットもまた、『結果は予測できない』とこぼしていた。勝利の確信が持てなかったのは、何かしらの不確定要素があることを知っていたからか。

 蓄尾は心の中で合点をいかせると、背負っていた鞘から刀を引き抜く。そして、大きく振り返り、何かを見据えるように眼を細め、言葉を紡ぐ。


「オレたちはオレたちの決着をつけるか。まあ、来るならお前だと思ってたさ。不可魔術師の付き人……藤稜太」


 蓄尾の視線の先には、拳を構えた重金属の鎧を身に纏った戦士が立っている。材質は鉄製だろうか。中世の騎士をも思わせる出立ちの稜太は、冷静に問う。


「……お前か? ミクをやったのは」


 純粋な呪い。復讐心。

煮詰められた憎悪を受け取り、なおを蓄尾は嗤って言葉を返す。


「ああ、そうだが?」


 次の瞬間には拳が炸裂していた。動作の起こりすら見切れなかった蓄尾は、稜太の打撃をモロに受け、その衝撃でフェンスの外へと吹き飛ばされる。


——速いッ! これが聖教会のバフか!!


 蓄尾は稜太の一撃に感動しながらも、秒にも満たない感覚で体勢を立て直す。しかし、稜太も追撃を加えるため、落下していく蓄尾を追う。


——こいつだけは!!


 鬼気迫る覚悟で、稜太は次の一撃の準備を進める。だが、それは蓄尾とて同じこと。


「目障りだ、聖教会の狗!」


 蓄尾の叫びと共に、斬撃が飛ぶ。それは客観視すれば、何の予備動作もない攻撃だ。


——やばっ!


 稜太が斬撃が飛んでくると認識した瞬間には、すでに蓄尾の攻撃は彼の肉体を捉えていた。


 しかし、そんなことお構いなしで稜太が突っ込んでくる。今の蓄尾の斬撃によるダメージは、聖教会の装備『祓鎧』が軽減してくれた。なので、痛みこそ感じれど、攻撃を止めるほどの損傷にはならない。


 癪だ、と蓄尾はイラつきながらも体勢を切り替え、ガリリリリリ!!!!!!!という轟音を響かせながら地面に着地する。それを追うように稜太も着地し、2連の打撃を放つ。それを首をわずかに動かすだけで回避した蓄尾。流れるように次の技に繋げる。



「龍閃、牙突!」


 蓄尾の絶技が炸裂する。先の攻撃で隙を作ってしまった稜太は、その刺突に直撃する。だが、その刀身は『祓鎧』が通さない。


——そろそろ鬱陶しくなってきたな。


 蓄尾のイライラは臨界点を迎えつつあった。ハイヌウェレの敗北、シガレットの逃走、計画の失敗——それらの負債が、彼の判断を狂わせる。稜太は『祓鎧』がダメージを軽減してくれるのを利用して、さらなる打撃を蓄尾に打ち込もうとしていた。


「結界、開帳」


 稜太の拳が、蓄尾の顔面の寸前で止まる。次の瞬間には、稜太と蓄尾を取り囲むように光の柱が立ち並び始める。


——なんなんだ……これっ!?

——スノウさんが言っていた結界って、これのことか!?


 布施は脳内で、蓄尾の交戦する前のこと思い出す。


▲▽

×聖教会 ホウマンの隠れ家×

 稜太が蓄尾と交戦する1時間前。原宿病院から少し離れたところであった。空間に溶け込むように、なんの違和感もなく存在している地下への階段を降ると、魔術師の隠れ家的なものがある。


「——聖教会非常時監視者、ホウマン・ナチッチ。もしもの時のために備えてくれている術師が、東京にいるの」


 スノウは真剣な面持ちで話す。……も、年頃の稜太はその名前を聞いて別のことを考えてニヤけてしまう。


——ホウマン・ナチッチって、それってつまりきょに——


「藤くん。変なこと考えていません?」


「え!? い、いやだなそんなことないですよ!!!??? どうぞどうぞ続けてください!」


 図星。あまりに的確な指摘だったので、稜太はつい声を裏返らせてしまう。スノウは稜太がそういうことを考えていたのだろうと察しながらも、話を本筋へ戻す。


「……ハイヌウェレは布施さんがなんとかしてくれるでしょう。しかし、肝心の黒幕を捕縛できなければ意味がありません」


「けど今その黒幕がわかんないすよねえ……」


「いいえ、特定したわ」


「え!!??」


「データベースを調べれば意外にすぐにわかりました。黒幕はおそらく、“蓄尾射令”という男性です」


 稜太は真剣な面持ちで、スノウの話を聴き入る。


「彼の来歴を調べてみたところ、つい最近まではサラリーマンをしていたみたいです」


「サラリーマン……?」


 随分と魔術師とかけ離れた存在じゃないか、と稜太は心の中で疑問を抱く。


「ええ。業績優秀、部下からの信頼も厚く、リーダーシップのある優等生だ、とデータベースにはありました」


「んん……?」


 余計につっかかる。そんないい評価をもらっている人間が、どうして世界を滅ぼそうなんて突拍子もない凶行に出るんだ?

 稜太の中で疑問が深まる。


「同僚は彼のことをこう評価したそうです。

——裏表のない、純粋な人間だと」


「裏表のない……純粋な……」


 稜太はスノウの発言を反復する。


「人間は誰しも小さな悪性を持っているものです。それを、私たちを仮面をかぶって隠し切る。せめて表向きは、“いい人間”を演じられるように」


「裏表がないってのはつまり、その仮面がないってことか……?」


「そゆこと。恨みも憂いも喜びも涙も、彼にとってはきっと、嘘偽りない真実なんでしょう。——だからこそ、彼はこんな凶行にでられた。復讐心を、嘘と切り捨てることはできなかった」


 スノウは淡々とした口調で言葉を紡ぐ。

蓄尾射令。稜太は彼の人物像を、“優等生すぎた男”と捉える。


「さ、余分な話はこれまでだ。ついたよ、ホウマンの工房に」

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