VOL2第6話『聖教会vsハイヌウェレ-決戦-』

×上空×

「——!?」


 布施が目を見開く。地上から迫る“ソレ”に気圧され、思考が停止する。地上から迫るのは、布施の打撃を受けてもなお躍動するハイヌウェレ。彼女はすでに、『最強』の肉体を捨てていた。

 ——その一瞬の空白は、あまりにも致命的であった。


「まず——『聖」


「遅い」


 ハイヌウェレによる斬撃が、布施の肉体を捉える。黒く、深い傷が刻まれる。


「——っ、」


 ただの斬撃であれば、布施もまだ耐えられただろう。だがハイヌウェレの斬撃には濃密な呪いも込められている。的確な防御手段をとれなかった布施は、そのダメージはそのまま受けてしまった。


「——」


 斬撃の激痛に視界が歪む。布施が力なく地面へと落下していく。ハイヌウェレは布施の死を確信する。『一度きりの蘇生』なる術式が彼の手にあるということは知っている。しかし、そんな反則は一回限りのはずだ。


 ——だが、それが間違いだということにハイヌウェレはすぐさま気づく。彼女の視界の中に走った白い影。ハイヌウェレは、その人物を知っている。


 白い影は目に見えないスピードで布施をキャッチし、屋上へと向かい——力尽きた布施を退避させ、『白い影』はハイヌウェレの前に姿を現す。


「——聖教会」


「決着をつけましょう、離島の女神」


 忌々しげに『白い影』を睨むハイヌウェレ。『白い影』は臆することなく、堂々と宣戦布告をし——


「熱殺蜂球』


 スノウの叫びと共に、無数の蜂がハイヌウェレを目指し滑空する。数にしてどれくらいだろうか。正確にわからないが、およそそれは『壁』のようなものを成していた。蜂殺熱球……正教会のサブリーダーが『蟲』に関する魔術を扱うというのは、シガレットの記憶を共有し、認知していた。


——シガレットを追い込んだのはスズメバチの有する『毒』。ならばミツバチの『熱球』すらも手繰れるのは道理か。


 ハイヌウェレは呑み込まれそうなほど昏い瞳を細め、蜂の大軍を迎え撃つ手筈を整える。


 千剣の山が、女神の背後に聳え立つ。


「数には数だ」


 女神が純白の装いを靡かせ、背後の千剣を同時に発射する。その夥しい暴力に、蜂は無力だ。どうしようもなく。ただ身体を貫かれる他ない。蜂を殲滅する中で、ハイヌウェレは思考を巡らせる。


—蜂の壁……そもそもなぜこんなことをら奴は……。


 それは燻り続けていた疑問。依代から抜け出したことによる、外部環境との適応に意識を向けていた彼女が棚上げしていたものだった。


「“神”でも現代の環境には慣れないようね。だから、判断が遅れる」


 ハイヌウェレの脳内に直接響く、幼い少女の声。——現代に存在するものではないものが、現代と同じ時間軸で存在するためには『適応』という作業が必要になる。

『適応』がなければ、いくら神といえどもその能力・性能のランクは低下する。ハイヌウェレは『適応』の省略のために、『シュヴァリエ』の肉体を利用した。


 しかし、今は違う。

ハイヌウェレは本来の肉体で戦いを挑んでいる。『適応』に気を取られていたハイヌウェレは、スノウの真の狙いに気づけなかった。


 スノウはすでに、ハイヌウェレの背後に回り込んでいる。この決戦のために彼女が用意したカードは3枚。ミツバチから継承した『熱殺蜂球』と『飛行能力』。そして、最後のカードは——


「……ッ、女ァ!!」


 ハイヌウェレがスノウの存在に気づき、空中の千剣の切先を彼女に向け、発射しようとする。


「そんな余裕あるの?」


 スノウは笑う。

ハイヌウェレにとって面倒なのは、彼女だけではない。


「ホーネット……ッ!」


 ハイヌウェレが忌々しげに言葉を吐きながら、無数のハチへと意識を向ける。

 そして、次の瞬間には勝負が決まった。

スノウはハイヌウェレの肉体に『ナニカ』を打ち込み、即座に距離を取る。ハイヌウェレの反撃も一手遅れた。


——聖教会の女……何をした?


 ハイヌウェレとスノウの間に沈黙が流れる。そして、先に表情を歪めたのはハイヌウェレだった。ゥウウウ、と低い唸り声をあげ、右腕を抑える。


「パラポネラの毒よ。どう? 銃で撃たれたみたいに響くでしょう?」


「貴様ァ……っっ!」


 ハイヌウェレはやはり、呪いを込めて言葉を吐き出し、純白の少女を睨みつける。対するスノウは余裕綽々といった態度で、人差し指にミツバチを止まらせる。


「チェックメイト。引導を渡してあげる」


 スノウの音なき号令に、即座に蜜蜂の大壁が立ち上がる。だが、ハイヌウェレはそれに対して何の策も打てない。今彼女を蝕んでいるのは、焼けるような激痛。痛みで思考がまとまらないので、結果として魔術の詠唱も不可能となる。


「熱殺蜂球!」


 だが、スノウは容赦なく魔術の宣言を行う。その宣言と共に、およそ万はくだらないであろう蜂が一斉にスタートを切る。豪速——瞬く間に、ハイヌウェレとの距離は埋まっていく。


 熱殺蜂球。それはニホンミツバチが最後の最後で発動させる必殺技。自己犠牲の体現にして、囚われた者を蒸し殺す終わりの揺籠。その内部温度は50度まで上り、オオスズメバチであれば容易に排除することができる。スノウはミツバチの性能を『継承』することで、この能力を手に入れた。そして、自らに制約をかけることで、熱殺蜂球の性能向上にも成功した。


 スノウが熱殺蜂球の性能をあげた狙いは一つ。それはタンパク質凝固の成功率を上昇させるため。彼女がそうしたのは、いくら神といえども、人のカタチをとっている以上はタンパク質が存在するはず……という考えゆえだった。


 そして、もう一つ。

彼女が自身に課した制約。

——自身の魔力保有量を現在値の1/5まで減らすこと。


 スノウは自らの魔力を犠牲にした制約を以って、全霊の一撃を放つ。しかし、ハイヌウェレも神なのだ。ただやられるはずがない。


「たかだか蜂如きで仕留めようなど——」


 神としての威厳。それがハイヌウェレを奮い立たせる。その憤りは、ハイヌウェレに『呪いの全開放』を選択させる。


「呪詛大波!!」


 ハイヌウェレは叫ぶ。敵の殲滅、それだけを目的として絶技を放つ。蜂の大群はそれに臆することなく突撃する。彼らを突き動かすのは“勝利”という本能のみ。


 呪詛の津波はミツバチを飲み込んでいく。無情にも、非情にも。


「…………」


 スノウは、呪詛の大波をみて、覚悟を決めたように瞼を下す。


「前田クン!!」


「なに——?」


 スノウが叫んだのは、病院で治療中の魔術師の名前だった.純白の少女が術師の名前を叫んだ数秒後には、憎悪と呪いの波は消え失せていた。


「時間を操る——不可魔術師か!!」


 シガレットの記憶を読み取り、状況を即座に理解するハイヌウェレ。だがしかし。だとしても、もう間に合わなかった。


「神は持ち上げられただけのただの人間よ。その性能は、私たちと変わらない!!」

 

 無数のハチがハイヌウェレを隠す。蜂たちは球の形状を成し、その身体を振動させる。


 球体内部の温度が上昇していく。

ハイヌウェレであれば、再び『呪い』を噴出し、蜂を駆逐することも可能であろう。しかし、それは適応後の話である。現代の環境に馴染みきっていないハイヌウェレは十分に魔術を練ることができない。


 ハイヌウェレは歯噛みして、顔を強張らせながら言葉を紡ぐ。


「聖教会ッ……!!」


 温度の上がっていく熱殺蜂球の中で、ハイヌウェレはただ自らの怨嗟を唱えることしかできなかった。

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