第1節余章『聖教会』

 一年前——

 シュヴァリエ。それは『最強』を示す渾名。その在り方をみた誰もが、彼女を“無敵の騎士”と賞賛した。


「無敗の王者……正教会の黒い星。よくわかんない煽りね。強さがよくわかんないわ」


 真白の装いを纏う少女——スノウ・リリィホワイトが、新聞に目を通しながら呟く。


「マスコミとやらは表面的なことしか見ないのだな。私の強さなぞ、副次的なもの。結果にしかすぎないというのに」


 スノウの対面に座る、紅い双眸の黒髪の女性が呆れたように言葉を返す。


「まあ、それが日本のマスコミだからね。しょうがないよ」


「スノウ副教会長も、元はイギリスの人間だろう。随分と馴染んでいるようだが?」


「副教会長が教えてくれたおかげよ。不細工な日本語だったけど、彼が矯正してくれたから」


 スノウ・リリィホワイトは髪を靡かせて、優雅にティーを口へ運ぶ。


「努力の結晶というわけか。なるほど.素晴らしいな」


「シュヴァリエ、貴方の日本語も達者じゃないですか」


 スノウは黒髪の女性を褒めると、次は机上のビスケットに手を出す。


「……これくらい、当然だ。私は最強になるべき人間。言語くらい、マスターして然るべきだ」


シュヴァリエ、と呼ばれた紅い双眸を持つ女性は淡々と言葉を紡ぐ。


「“真の強さとは、天性によるものではなく、努力によるものだ”。『神の使徒』の大主教が遺した言葉だけど、貴方はまさにその体現ね」


 スノウは心の底から感心する。彼女の努力量は、常人のそれを遥かに凌駕する。


「刀の扱いと魔術の出力でいえば、第三の不可魔術師と同等。適当に演算回しただけだけどね」


「私があの、第三不可魔術師と同格——?」


 シュヴァリエは眉間に皺を痩せて、表情を曇らせる。


「不名誉だ」


「……」


 スノウも苦笑いする。


「あんな変人と同じ括りにされるのだけはお断りだ。あんなやつ、掲示板とやらに封印しておけばいい」


「まあまあ、そこまでにしてあげましょう、シュヴァリエ。セーメーさんは性格に難ありだけど、実力だけは本物なんですから」


 シュヴァリエは行儀よくティーカップを口に運び——そして音も当てずにテーブルへ置く。


「あのネット中毒者がですか?」


「……まあね。子どものくせに自称陰陽師。日中の大半はアニメか漫画あさり。それに飽きたと思えば、次はネットサーフィン。これを毎日。不可魔術師なのが嘘みたい」


 スノウの言葉を聞いて、シュヴァリエは考える。少しして、口を開く。


「完成した故の退屈。その退屈しのぎなのかもしれんな」


 不可魔術というのは、ある種魔術の到達点だ.“実現できないとされたものを実現させた”。人間は探究力というエンジンがなければ行動できない。探究力を持っていたからこそ、宇宙という存在を知り、はるか深海の神秘まで解き明かしたのだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る