外伝:原宿騒動24時!! 〜謎解きはテキーラのあとで〜 VOL2

VOL2第1話『顕現、ハイヌウェレ』

「——目醒めろハイヌウェレ。オレ様がとっておきの供物と舞台を用意した。お前の赴くままに——全てを狩れ」


 シガレットはその言葉と共に、黒く染まった小石を握りつぶす。破壊された石から放たれる邪気を感じ取った布施は、即座に動き出す。


「“聖導”!」


 布施の手から極光が放たれる。その極光は、怒涛の勢いでシガレットらを覆い尽くしていく。


「布施とやら、その魔術はなんだ?」


 傍らで魔術を充填するシュヴァリエが問う.


「魔術行使の制限魔術です。長時間極光を浴びれば、一時的にですが、魔術は使えなくなる。あれが“魔力元素”を動力をしているとすれば、おそらくは——」


「なるほど。ならば私は、根を叩きに行く」


 シュヴァリエは布施の行動に合点がいくと、自前の跳躍力で一気にハイヌウェレの発した黒い渦の中へと飛び込む。


「……失敗しないでね、シュヴァリエ」


 スノウにはただ祈ることしかできなかった。彼女の魔術『昆虫操術』のカードは全て使い尽くした。もちろん、補填する方法はあるが、今はその余裕がない。セバスチャンも、思い詰めるスノウを傍で見守り、感じていた。


(お嬢……)


 セバスチャンにも、今できることはない。聖教会に属する魔術師の切り札『聖伐術式』も東京駅で消費してしまっている。故に現在、戦力と呼べるのは布施真澄とシュヴァリエのみなのだ。


「セバスチャン、例の武装の準備、できる?」


 スノウは決意の籠ったような声で、セバスチャンに問いかける。セバスチャンは例の武装にすぐ思い当たり、言葉を返す。


「しかし、それはお嬢の身が——」


「私も黙って観戦しているだけじゃいられない。けど、使うのは今じゃない。一度逃げて、体勢を整えてから」


「というと……ワープゲートですか」


「ええ。使うタイミングはこっちで指示する」


✖︎

代々木公園 『黒渦』最奥


 その獣は、ソラをみている。久しぶりの外界の光に感動することもなく、人の悲鳴に喜することもなく。彼女はただ、一点を眺めている。


「ああ——」


 女神は眼を開く。呪いの積もる山から手を伸ばすように——彼女は大きく腕を振り上げる。


「きたか」


 彼女の目はあるものを捉えていた。それは黒い明星。銀河を展開して、こちらに猛進してくる可憐な戦士。その名を——


「シュヴァリエだっけ? 2度目だね」


 黒い渦に着地したシュヴァリエは、怨敵を見るような鋭い眼差しで、ハイヌウェレを捉える。


「聖教会の命令でな。お前を殺すことになった。神だかなんだか知らないが、我が『最強』には叶わない」


 シュヴァリエの傲岸不遜な宣言に、ハイヌウェレは思わず口角をあげる。


「“最強”? ハハ、笑わせないでよ。だって君、あのコーンロウの男に負けてるじゃん」


 ありきたりな挑発。事実、シュヴァリエは一度コーンロウの男……シガレットに敗北している。勝利のための自己犠牲。自らの右腕を捨てて、その身にハイヌウェレの権能を宿し、ハイヌウェレの魔術を打ち破った。


「……安い挑発だ。歯を食いしばれ、神」


 確固たる怒りをこめて、シュヴァリエは小宇宙帯から隕石を錬成する。現実から切り出された本物の隕石は、徐々に小宇宙から姿を現していく。

 ハイヌウェレにも、その一撃は致命にあたるものであろう、というのは推測できる。しかし、ああいった大規模な魔術は展開に時間がかかる.ならば——


「——!」


 魔術装填中だったシュヴァリエも、ハイヌウェレが何かをしようとしていることに気づき、即座に魔術準備を中断する。


「蝕!!」


 シュヴァリエが回避行動をとったのと同時。黒と白の入り混じった奇妙な光線が、ハイヌウェレの背後から放たれる。回避行動を取ったのが遅かった。かすり傷ではあるが、彼女は『蝕』のダメージを受けてしまった。


「……ッ! 引——」


 シュヴァリエは自身に向かって猛進するハイヌウェレを跳ね除けようと、引力を操作しようとする。


「蝕!」


 ハイヌウェレの二撃目が奔る。シュヴァリエは『引力』が作用しなかったことに一瞬動揺するも、すぐに『隕石』装填の準備をする。


 容赦のない三連星。腐敗の熱線が、シュヴァリエの心臓を目掛けて降り注ぐ。


「–—」


 シュヴァリエは理解している。もはや回避は間に合わないこと。間に合わない。つまりは、直撃。それは避けねばならない。


「結界縮小展開」


 シュヴァリエは小さく呟く。結界——魔術師の有する絶技。その一端の名を。シュヴァリエの周りに小宇宙が再度広がる。


(……ここで結界の開帳? さっきはわざわざ中断して防いできたのに……?)


 ハイヌウェレは一瞬悩む。だが、『蝕』でダメージを与え続ければ、じきにシュヴァリエは堕ちる。


(結界なんて、対処不要——!)


「“小宇宙空間”」


 シュヴァリエのその言葉で、黒い嵐の中に宇宙が広がった。『蝕』の威力を相殺され、それを押しのけて『宇宙』が暴走する。


「……は?」


 ハイヌウェレにとって、それは想定外だった。彼女が隕石を操った時点で宇宙に関連する魔術であろうことは予測していたが、よもや宇宙そのものを操ろうなんて、誰が予想できる——!?


「——、——!!」


 ハイヌウェレが悶える。宇宙は無酸素空間。神であろうと酸素が必要なのは変わらない.無酸素空間に放り出されたハイヌウェレは首をつかみながら、大きくよろめく。


「先ほどの言葉、取り消してもらうぞ。女」


 シュヴァリエが手を掲げ、優越感に浸りながら笑みを浮かべている。ハイヌウェレは、怨嗟の困った形相で、彼方の魔術師を睨む。


「“結界縮小開帳”。“隕星”」


「——」


 ハイヌウェレは自らの死を悟る。シュヴァリエの詠唱と同時、超質量の小隕石が弾丸のようにハイヌウェレの身体を貫く。

無酸素状態への放流。身体機能の損傷。

ハイヌウェレの活動を止めるには、十分なダメージをシュヴァリエは与えた。


「……」

 

 しかし、勝利したシュヴァリエには、一つの不安が残っていた。シガレットの叫んでいた“ハイヌウェレ”の名は、離島の神教信仰の名と同じだ.故に、その実力としては相当上位のはず。“神”と呼ばれたものが、隕石に貫かれた程度で終わるだろうか——そこまで思い至り、そして気づく。


「生き汚い神だな」


 自らの腕で蠢く悪意の蛆に。

シュヴァリエは、その蛆がハイヌウェレであることを即座に理解する。


「——すまない、副教会長。あとは任せる」

 

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