第3節第2話『TRP②』
その男は、“シガレット”と名乗るコーンロウの男の仲間であった。白いキャップを被り、白いマスクをつけ、真白のTシャツにオレンジ色のハーフパンツを着た、よく焼けた肌色の青年。
一仕事を終えた彼は、堂々と人混みの中を歩いている。
(人間ってのは、見えないものは信用しないものだ。だってそうだろう? 『ないもの』には“ある”という根拠がない。見つけられないんだから)
(僕の偽装は完璧だ。誰にも見破られない、誰にも気づけない。僕の仕事は完璧だ。敗北も失敗もない)
青年は口角をあげる。それは、勝利への確信ゆえか。負け知らずの彼は、絶対的な自信で満ち溢れている。
「よう
青年は足を止める。目の前のベンチには、金髪コーンロウの男が座っている。タバコを吸って一服中のようだ。
「労いどうも、テスカさん。例の男、殺せましたよ」
青年は淡々と報告する。成功しかしたことがない彼にとって、それはつまらない作業だ。
フー、と煙を吐いてコーンロウの男は言葉を紡ぐ。
「そいつはいい報告だ。さすがはオレ様のグループのメンバー。しかし疑問だな。聖教会の人間が簡単にやられるとは」
コーンロウの男は疑問を口にするのではなく……当然か、というように小さく笑いをこぼす。
「どれだけ強い魔術師だろうと、手札を使わせなければ木偶の坊。足を引きずれば、どんな天才も凡才へ真っ逆さまってワケだ。ミスターT.S。君の魔術はまさにそれだ」
彼の魔術は『気配を消す』という単純なもの。だが、それは何よりも恐ろしいものだ。警戒心を抑制する。“気がついたら、死んでいた”を実現できる魔術であり——シガレットとキャップを被った青年——ミスターTSもまた、勝利を確信している。
「さぁ、じゃあオレ様たちは『本命』の場所は行こう。ミスターTS。お前も来るか?」
追加のタバコを加えて、シガレットは言葉を紡ぐ。
「同行させていただきます。世界を終わらせる終末の『贄』とやらは、僕も一度見てみたかったので」
ミスターTSもシガレットの後を追う。
終末はすぐそこまで迫っている。終わりの始まりを告げるように、遠くから少年の叫びが聞こえてきた。
なんとなく、ミスターTSは空を見上げる。
空は灰色。曇り空で、陽の光は遮られている。
(……厭な予感がする)
ミスターTSは手応えのなさを感じていた。
聖教会の人間が、心臓を刺したくらいで死ぬのだろうか——?
「どうした、ミスターTS。ミスターTを待たせてるんだ」
「すみません。少し、考え事を」
ミスターTSは、再びシガレットのあとを追う。
「ところでTS。お前はハイヌウェレの伝説を知っているか?」
唐突だった.シガレットはタバコの煙を吐きながら、言葉を紡いだ。ミスターTSも、ハイヌウェレについて多少の知識はある。
「南米の女神ですよね、確か。金銀財宝を生成できるのに、嫉妬に狂った村民たちに殺されたっていう」
「そうだ。今回オレ様たちが起動させるのは、ハイヌウェレ本体……つまりは、“100%”の女神を顕現させるワケだ」
「100%の……」
ミスターTSはシガレットの言葉を反芻する。
「あれはあくまで怨恨の残響だ。実体じゃない。そのために、ミスターTは腹を括ったんだからね」
フッー……と、シガレットは大きく煙を吐く。
「……そもそも疑問なのですが、どうしてリーダーは、彼に協力しているんです?」
シガレットが“ミスターT”に肩入れするという話を聞いてから、TSの中でずっと渦巻いていた疑問。その疑問をきいて、シガレットは足を止めて、ミスターTSの方へ振りむく。そして、ニカッと破顔して——
「だって面白そうじゃないか。オレ様は見届けたいんだ。一人の人間が進むと決めた道の、その果てをな」
その理由は、どこまでも自分の欲望のためだった。ミスターTSはクスリと笑みをこぼして、帽子のツバを下げる。シガレットはまた歩き始める、そう考えて、ミスターTSが一歩前に踏み出そうとしたとき、
「待て。聖教会の魔術師は、やはり面白いな——!!」
シガレットが口角をつりあげる。対して、ミスターTSの顔は青ざめてい
る。
「——な、バカ、な——」
その原因が、彼らの視線の先に立っている
「『気配遮断』とは、なかなかに厄介な魔術を持っているようだ。けど、2回同じ手は食わないよ」
スーツ姿の男——先ほど殺したはずの布施真澄が瞑っていた目を開ける。清楚な純白が、ミスターTSにとって今はとても忌々しい。激情に駆られ、青年は短刀を構える。他人に威嚇する犬のように、歯を食いしばる。
「聖、教会——!!」
ミスターTSの気配が消える。布施へ、不可視の刃が接近する。なのに、彼は交わそうとする予備動作をみせない。
(バカめ——!!)
ミスターTSは己が勝利を今度こそ確信する。次は原型も残らないほど滅多刺しにする。そうすれば、“無敗”の実績も崩れない。
そして、ミスターTSの刃が、布施を捉える——
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