第3節第1話『TRP①』
『さぁ始まりました!! 第1回東京ラーメンプライド!! 全国各地からラーメンを究めた職人たちが一合に会する、ラーメン魂をかけた熱き戦い!! 北から南。沖縄から北海道。列島内陸関わらず、己が腕に自信のある猛者たちが集いました!!』
時計の短針が“12”を指した昼下がり。原宿・代々木公周辺はすでに『東京ラーメンプライド』の熱気に当てられていた。タクシーに送迎してもらった稜太たちは現在、代々木公園……東京ラーメンプライド、通称『TRP』の会場に向かっている途中だ。
「すっげぇ……! 初めての東京だけど、こんなに人がいるもんだな!」
稜太は心底楽しげにリアクションする。
「日本の首都。エンタメに満ちた最新の
未来も予想外、といった感じだ。
「けど何食べよっかな〜、いろいろあるだろうから、何から食べるか迷うなぁ」
「大目標は『元寇ラーメン』でしょ。なら一直線でそこに行こう。寄り道してメインが食えないなんて最悪だし。他の店は、その後にしよう」
「そうだな! じゃあ、目指すはそこだ!」
稜太は走り出そうとするが、すぐに立ち止まる。追いかけようと準備していた未来も足を止める。
「ど、どうした!?」
「いや、あそこ」
未来は稜太が指差す方向へ視線を向ける。
稜太は視線の先にあるものを捉える。
「女の、ひと?」
植木に女性が倒れている。見た目は幼く、16歳くらいにみえる。黒く、艶やかな長髪。童話のシンデレラのようなドレスに身を纏う彼女は、白雪姫のように安らかに目を閉じていた。
「……いつからここは
未来は呆れた様子で、後ろから声をかける。
そう思うのも無理はない。あまりに現実離れした装いであり、本当に童話の世界から現実に迷い込んだような——
「なあ未来、救急車呼んだ方がいいんじゃないか!」
稜太はポケットから青いカバーをつけたスマホを取り出す。しかし未来は心ここにあらずという様子だ。訝しむような視線を、女性にむけている。
「どうしたんだよ?」
ポチポチ、と電話番号を入力しながら稜太が訊く。
「……稜太。この人、魔術師だよ」
「マジで!? なんでわかんの!?」
「魔術師の勘ってやつ。漂ってる魔力元素の量が全然違うし。それに、彼女は聖教会の人間だよ」
「聖教会?」
稜太が腑抜けた声で訊く。
「魔術師たちの集まる組織だよ。2週間前、稜太のことを襲ってきた魔術師がいただろ?」
「あ〜……確か、“ブラックデーモン”だっけ?」
「ブラックデビルだよ。もう忘れたの?」
「え〜、どうだったかな……?」
稜太は必死に記憶の山を掘り起こす。
ブラックデビル。“依頼”という理由で自分の命を狙った魔術師。『爆破』を専門にしていて、自分と未来の力を合わせて、なんとか打ち勝った強敵。
「あ、思い出したぞ! あの黒マスクのやつか!」
「よかった。聖教会の魔術師は、ああいう『不届きもの』に罰を与えるために行動する執行部隊なんだ」
聖教会。それは『危険度の高い魔術師』を拘束・無力化するために編成された組織にして執行部隊。未来が倒れ込んでいる女性を聖教会の魔術師だと断じたのは、見覚えがあったからだ。未来の家系は名門であり、故に多くの魔術師から目をつけられた。その中で、彼は聖教会にも目をつけられた.幼い未来は、聖教会の魔術師リストで女性の顔を見たことがあった。
「けどよ、なんでそんな人がTRPにいるんだよ」
思い浮かんだ疑問を、稜太はぽつりとこぼす。
未来は神妙な表情で考え込む.確かに稜太のいう通り、謎だ。聖教会が動くということは、規模の大きい事案になるはず。規模の狭い事案は、フリーの魔術師にでも委託すればいい。なのに、TRPの会場付近で聖教会の魔術師が倒れている。
(……厭な予感はする。けど、今日はせっかく稜太と東京に来たんだ。重いムードにはしたくない)
「おーい、未来〜?」
稜太が未来の顔の前で手を上下させる。
「いや……なんでもない。きっと仕事が休みで、お酒でも飲んでそのまま寝落ちしたんだよ」
「ふーん……聖教会? の魔術師ってそこまでしっかりしてるわけじゃないだなぁ」
稜太は素の感想を吐き出す。未来は心の中で“ごめんなさい”と、倒れ込んだ魔術師に対して謝った。
「救急車、呼んであげて」
「オッケー。すぐ来てもらう」
稜太は病院へ連絡をする。
それから救急車がやってきて、女性が搬送されるまではそう時間はかからなかった。遠のいていく白い車両を、二人は足を止めて見送る。
未来は表情は、少し暗いままだ。それは、やはり憂慮していることがあるからだ。
「じゃあ行こうぜ! 人助けもしたことだし、ラーメン食べてもっと気分あげようぜ!」
稜太はタタタッ、と勢いよく走り出す。
「あ、待って、置いてかないで——!!」
つられるように、未来も走り出す。
▽
同時刻。原宿・代々木公園の外れ。何もない原っぱで、聖教会の魔術師、布施真澄は眉間に皺を寄せていた。困惑の理由は、スノウの報告と会場の現状か異なっていたからだ。強い魔術師——あるいは、何らかの『異端』が潜んでいる時は周囲に濃密な魔力元素が満ちるもの。無くてはならないものが欠けてしまっている。
布施は何も感じ取れていない。それは彼が劣った魔術師であるからか。否、この代々木公園では、あらゆる魔力元素が朽ちている。
「聖教会の装置が狂っている……ということはないはず。あそこにあるのは、現代の“最新”が凝縮されたもの。一応、確認しておく必要がありますね」
布施はスノウへ連絡を取る。
ワンコールの間も無く、当人は電話に出た。
「ハロー、布施さん。“調査は順調です”という報告を期待していますが……」
「教会長。あの記録に間違いはないんですよね?」
聖教会・教会長、スノウの言葉を遮って、布施は必要な情報を得るために問う。
「記録……というと、『終末予想』ですね。もちろん、間違いはないですよ? 私たち聖教会は技術にかける費用は惜しみません。第一、
「ですよね。……なら、大丈夫です」
「どうかしたんですか?」
「いや……魔力元素の反応が感じられないんです。僕の感知機能は正常ですので、どうもおかしいと思って」
布施は自身の思うところを口にする。電話の向こうのスノウは「うーん……」とどこか言い淀みながら、黙り込む。
「いや、ちょっと待って! 布施さん、それは——」
電話の声は、そこで断絶した。布施はそれが電話を破壊されたからだと瞬時に認識し、警戒心を高める。周囲に注意を向けても、怪しい人物は見当たらない。地面に吹き飛んだ通信機には、手のひらほどの大きさの銀刃が突き刺さっている。
「投擲……誰——」
布施の言葉が止まる。レコーダーの停止ボタンを押したように、パタっと。布施はゆっくりと、自分の胸元へと目線を下げる。突き刺さっているのは銀刃。通信機を破壊したものと同様のものだ。
(——今の一瞬で? いったい、誰が——)
思考がうまくまとまらない。布施が受けた傷は重い。胸元を手を当てながら、布施は地面は倒れ込む。視界は真っ暗になる。聴覚だけは妙に鋭敏だ。光のない闇の中で、布施は足音を聴いた。
「聖教会の魔術師も落ちたものだね。こんな三流の気配遮断で騙されるなんて」
布施の耳に入るのは、軽々しい口調の男の声。
「『聖教会の人間は見つけ次第殺せ』……そう聴いた時は驚いたけど、蓋を開けたらこの始末! ナイフ一本で殺せてしまうなんて、なんて軟弱なんだ!」
「それじゃあ、仕事も終わったし、帰ろっかな。帰って晩酌でもしよう。うん、それがいい」
そんな言葉が、布施が最後に聴いたものだった。
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