第2節第2話『原宿までの道のり-2-』
「——!」
未来は車両に入ったと同時に、息を呑んだ、稜太は彼の後ろで、小さく拳を構える。未来の視界が、騒動を引き起こしたであろう張本人が立っていた。
「——あいつだろ、未来!」
稜太が踏み込んで、張本人に指を差す。
「……なにかと思ったら、新しいぎセいしゃですか」
騒動を起こしたであろう人間は日常的な装いをしていた。黒い覆面に、白いシャツ、オレンジのズボン。念入りに準備を行った犯行とはお前ない——特定を恐れていないような服装だ。
機械的な口調。感情がまるでこもっていない話し方に、未来の警戒心が高まる。
そして……未来の思考は、『いかに犯人を刺激しないか』というものに切り替わる。それは、覆面の男が男の子を人質にとっていたからだ。男の子の首元には蒼銀の刃が当たっている。
「……未来、あいつ殴らせてくれよ!」
稜太が未来の耳元で囁く。
「ダメだ、稜太。今刺激したら、やつは子どもを傷つける。ここは様子見「できるか!!」
未来の静止を振り切り、稜太は前へ大きく踏み出す。
「バ——いや、死なないでよ、稜太!!」
「バカ」という言葉を喉元で抑えつける。彼の信念を罵ることはできない。犯人へ向けて走り出した稜太を援護する準備をする。背後に生成したのは、覆面の男の動きを封じるための『鎖の放出口』。
「——!」
覆面の男が稜太たちの動きに気づく。人質に絡めていた腕を解き、稜太を迎撃する体勢をとる。
——だが、それでは遅い。稜太と覆面の男との距離は瞬く間に詰まる。覆面の男は条理を逸した稜太の動きに唖然とする。
「——どうなっテいる?」
しかし、その答えが稜太の口から返ってくることはない。返ってくるのは——
「!!?」
稜太の全力が込められた拳だけだ。
鈍い音が車内に響き渡る。覆面の男は、稜太の打撃の衝撃で、向かいのドアまで吹き飛ばされる。
「よっしゃ!!」
稜太は心の中でガッツポーズをする。
「いや、まだだ」
未来は『射出口』から4本の銀色の鎖を放つ。衝撃を受けて、気を失っている覆面の動きを拘束するためだ。だが、それらは——
「はぁ!? なんでまだ動けるんだよ!?」
稜太が叫ぶ。稜太の拳を受けて吹き飛んだ覆面の男が『鎖』で弾き、ユラユラと立ち上がる。
「なかなかに楽しまセてくレる……これほど痛みを感じたのは久しぶりです……!」
稜太は困惑する。先の打撃は、自分の『全力』を載せたものだった。『全力』なんて、いっても人間の打撃の威力なんて知れてると思うかもしれない。だが、稜太の打撃は自身の魔術の効力を上乗せした『全力』だ。その一撃は、並の金属なら凹むほどの威力。普通の人間なら無事ではいられないはず。だからこそ、稜太は困惑している。
——自立する機械なんて、もうある時代なのか!?
不明点はあるが、少なくとも人質となっていた男の子は助けることができた。事態は少しは好転したが——
「『鎖』を弾いて、打撃を耐えるとはね。
未来が言い放つ。
それに対し、覆面の男は軽い調子で言葉を紡ぐ。
「統計的に……どうやら、今、私は褒めらレているようです。感謝」
「随分と余裕そうだね。自分が警察に捕まるとか、例えば僕たちにやられちゃうとか、考えないの?」
「統計的に、そレはあり得まセん。戦闘学習データの分析からすレば、私が魔術師のあなたに負ける確率は——0です」
「言ってくれるね。俄然やる気になってきた」
未来が不敵な笑みを浮かべる。そして指を鳴らすと同時に、『鎖の射出口』を展開する。
「……統計的に、貴方は愚かです。同じ手を2度使うなど、愚の骨頂。このままいけば、私は貴方をデータ通りに殺すことができますね」
「……」
「そレに、私の圧勝ではつまらない。少しは
逆境《ハード》がなけレば退屈というもの。そこの少年にはご退場いただきましょう」
覆面の男は余裕の態度で言葉を紡ぐ。稜太は振り返って、確認をとるような視線を送る。対して、未来をアイコンタクトをとる。言葉のない会話を済ませると、稜太は元いた車両につながる扉へと走る。
「負けるなよ」
すれ違いざま、稜太は呟く。
「当たり前。僕をなんだと思ってるの?」
そう言って、未来は稜太に『あること』を同時に伝える。
未来は笑って、言葉を返す。それは稜太を心配させないためでもあり、自身への自信故でもある。稜太が移動したのを確認して、未来と覆面の男は再び見合う。彼らのいる車両の乗客はすでに他の車両へ退避済みだ。
「統計的に考えて……遺言状は、渡さなくテよかったのデすか?」
「ああ。だって、負けないからね」
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