第1節第2話『行こうよ原宿のイベント』
「なあ、原宿行かね?」
髪をバリカンで刈り上げた、制服がよく似合う野球青年は、研究室に押しかけてくるや否や、そんな妄言を吐いてきた。
「……稜太。寝言は寝て言った方がいいよ」
あまりの突拍子のなさに、白衣を来て、いかにもなメガネをかけた文系男子——前田未来は冷たい言葉を返す。
「え!? なんでだよ!」
「なんでって……まだ1学期始まったばかりだし、僕らは一年生だ。土日ってわけでもないのに授業をほったらかして原宿に行くなんて、反省文地獄待ったなしだぞ」
「ん……それも、そうか」
むしろその可能性しかないぞ、と未来は心の中で突っ込む。稜太は楽しい夢から覚めたようにゲンナリする。
「——?」
力の抜けた稜太の手から、なにかチラシのようなものがヒラヒラと落ちる。なんなんだ、と未来は手にとって、内容を確かめる。
「——」
未来はチラシの内容をみて、稜太の突拍子もない発言の意図を理解する。
「……なるほどね。原宿でこんなイベントあるんだね。——東京ラーメンズプライド」
東京ラーメンズプライド。それは一年に一回行われる、ラーメン屋の聖戦。己が渾身のラーメンの威信をかけて相争うイベントだ。
「“一般のお客様、無料でご来場可能。どうぞ、全国各地のラーメンをお召し上がりください”」
未来はチラシにデカデカと書かれた文字を言葉にする。
「そう! 全国のラーメンというラーメンが原宿に行くだけで食えるんだぜ! こんな機会他にあるか!? いやない! だから絶対に行ったほうがいい!」
「けど一年に一回やってるんだろ? わざわざ今行く意味は——」
「いいや、それは違う!!」
稜太が大きく声を張り上げる。軽く流そうとしていた未来は目を見開いて驚く。
「見ろよこれ!」
稜太はポケットからもう一枚のチラシを取り出した。未来はそのチラシの内容に目を通す。
「——なっ!?」
チラシに載っていた内容が、未来の心を大きく動かす。それは——
「元寇タンメン宮本……!」
「なっ! 行きたくなったろ!?」
稜太は目をキラキラ輝かせながら、未来へ顔を近づける。未来は葛藤状態に陥る。
元寇タンメン宮本。それは日本における最高級と名高い、超抜級の美味を誇るラーメン。予約は10年先まで埋まっているという、もはや“幻のラーメン”……! それが、原宿に行くだけで食べられるだって……!?
「いやけど、待って。幻のラーメンが、どうしてそゆなイベントに出品をするんだ」
「それがさ、今回限りの特別らしい。向こう側の“ご厚意”?ってやつだろ」
「そんな、馬鹿な……!」
未来は一瞬、放心する。すぐに意識を取り戻して、椅子から立ち上がる。
「こうはしていられない。すぐに東京に向かおう。いくらなんでも、無視できない案件だ」
「お、行く気になってくれたか!」
破顔一笑。彼氏が行く気になってくれてご満悦な様子の稜太。無論、気を奮い立たせた未来が、至極当然の問題に行き当たる。
「……だけど待て。交通費はどうする? 移動手段は? 今からバスの予約をとるんじゃ間に合わない。電車で行くにもお金が——」
「チッチッチッ、そこは大丈夫だ。マイ・ボーイフレンド」
チッチッと口で音を鳴らしながら、人差し指を立ててそれを揺らす稜太。
「何か策が?」
「ったりまえだ。ノープランで誘ったりするわけねえだろ。手は既に打ってある」
「——すごい。君がそこまで手の回るやつだとは思ってなかった」
「一言余計だぞー」
口元を抑える未来を、涼太は軽口で諌める。
——そうして、二人は東京に突発的に行くことになった。舞台は東京・原宿へ。これがきっかけで、とんでもない事件に巻き込まれるとは、当人たちに予測できるはずもなかった——
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