外伝:原宿騒動24時!〜謎解きはテキーラの後で〜

第1節第1話『後悔は水に流れた』

 ——救えたかもしれない命だった。

——なのに、自分には助けにいく行為すら許されなかった。


 男の目の前に映る光景は、まさに“絶望”といっていいものだった。生徒たちは叫び続けている。荒れ狂う水は、波に攫われた生徒から体温と生命力を奪っていく。死へのタイムリミットが迫っているのは、誰からみても明らかだった。


「先生! ◾️◾️くんを早く助けてあげて!」

「何してんだよ、先生!!」


 教師である男は当然、生徒を助けに行くために河へ飛び込もうとした。だけど、それを他のクラスの女教師が引き留めた。


「——◾️◾️先生、手を離してください! 彼が死んでしまうかも知らないんですよ!?」


「だめです、布施先生。あなたが言っても何も変わらない。ただ、犠牲が増えるだけよ」


「そんな—私はいい。せめて、彼だけは——!」


 布施、と呼ばれた男教師は女教師の手を振り払い、河へと飛び込む。凄まじい流れの勢い。彼は否応なく流れに拐われる。


 容赦なく荒れ狂う水の嵐。

その中で、布施は藁を掴むように腕を伸ばす。

だが伸ばした先には何もない。ただ虚しく水を掴むだけ。布施は唇を噛んで、水の中を進む。そして、その果てに彼はみてしまった。世にも奇妙で——きっとこの青の世界で何よりも無邪気であろう『幽霊』の姿を。


 一見すると、幼い子どものようだった。水に濡れた黒い髪。ほぼ全裸の彼の瞳には、年齢相応の可愛らしさが伺えるが、その中には確固たる決意が宿っている。


「泣いてる……?」


 一目みて、布施はそんな言葉を溢した。少年の目から涙は流れていない。なのに、凛とした双眸はどこか悲哀を浮かべていた。——一瞬だけ、意識を奪われた。だがその刹那で、荒れ狂う波はさらに強くなった。


「——ッ、◾️◾️——ッ!!」


 布施の叫びは、水の中に掻き消される。


「——」


 やがて布施は酸欠となり、意識を失った。


「——ハッ!!」


 布施は飛び起きる。ここが現実なのか確信を得るために、彼は視線をあちらこちらに移す。それを数回。布施はこちらが現実であると理解した。布施の敷布団の傍には、ジリリリ、ジリリリとご主人様の起床を促す時計がひとつ。


「うるさい」


 気持ち強めに、時計を止めた。水分の奪われた目をこすりながら、彼は立ち上がって、寝室から出る。寝室から出た布施は、自宅電話の子機を手にとって、椅子に座る。


「留守電」


 留守電が入っていた。時刻は朝の6時。こんな早朝から一体何のようなのだろうか。寝ぼけた状態の布施は、曖昧な意識で留守番電話を再生する。


『布施さん、私です。聖教会セイントバスターのスノウ・ホワイトリリィです。依頼したいことがあって、電話させていただきました』


 真白の機械から流れてきたのは、聴いただけで可愛い、天使だとわかる可憐な声だった。


『先日はお忙しい中、『◾️◾️』の討伐に当たってくださり、ありがとうございました。で、早速なんですけど。疲弊困憊であろう布施さんに依頼したことがあって、電話しました』


「——」


 布施は心の中で、人手不足を恨んだ。


『依頼というのはもちろん、『事案』の対処なんですけど……。今回の『事案』は、かなり不確定要素が多いです。なので、本来ならば一度死んだって問題ないような人なので、問答無用で『事案』の対処にあたってもらうところですが……。今回は、『選択権』を与えます』


 可愛い声でなかなかえげつないことを言う。いつから労働者から人権が剥奪されたのか。布施は心の中でやはりぼやく。だが、布施は『聖教会で手に負えないほどの案件なのか?』と内心、疑問に思う。

 聖教会。それは世に蔓延る悪霊討伐のために編成された、様々な国籍の人間が集まる組織だ。調査力・戦闘力は練り上げられている。

 そんな話をよく耳にしていたからこそ、布施の頭には疑問符が浮かんだ。


『……聖教会の調査力を以ってしても、全容が把握できないというのは異常事態です。そうですね。魚が肺呼吸できるようになった……というくらいの異常さですかね』


 布施は電話の音声を垂れ流しにして、歯磨き・洗顔のルーティーンを行う。


『唯一わかったことは、“解決できなかったらやばい”ということだけです。このまま放っておけば——』


『一日後に、人類は滅びます』


「〜〜〜〜!!」


 あまりの突拍子のなさに、口の中の水を噴き出す。続けて布施は「は!?」と叫ぶ。曖昧だった意識が一気に明瞭になった。


『……と、ここで布施さんは水を噴き出すでしょう』


「なんでわかる!?」


『ただの当てずっぽです。で、話を戻します。

このままいけば約24時間後、明日の午前6時に、とある座標を基点として人類は“崩壊”します』


「変な言い回しだな……」

 

 しかし、心に留めて置くほどの違和感ではない。すぐに頭を切り替えて、電話の向こうの人間の話を傾聴する。


『人類崩壊の要因は『不可逆的な悪意の波及』……らしいんですけど、これがよくわからないんですよね……』


 布施はここまでの情報を頭の中で整理する。

・とある座標で『事案』が確認された。

・その『事案』は、1日放置で人類崩壊案件になる。

・原因は『不可逆的な悪意の波及』。

・しかし、これが意味するところは不明。


 布施は理解する。


「本当になにも分かってないんですね……」


『今回の『事案』の目的は、『不可逆的な悪意の波及』の阻止。今回は“本隊”にも来てもらう予定です。布施さんには、それまでの調査及び対策をしてもらいたいんです。もちろん、拒否も可能です。布施さんも、


 布施は考える。どうやら、自分はバトンを渡す役らしい。聖教会も“本隊”を動かすらしい。“本隊”が『事案』を解決できるかどうかは、自分の働きに大きく掛かっている。責任重大というやつだ。しかし、布施は口角をあげて答えてみせた。


「任せてください。その『事案』、解決します」

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