第17話 千鶴。旅の共(友)を得る

 逞しい船乗りや様々な国の人柄で溢れる港街ルカサカの冒険者ギルドに背に自身の身の丈程もある大太刀をこさえた女剣士が入ってきた。首には銀色のプレートを下げている。


「千鶴様。貴女に指名依頼が来ております。応接室に依頼主がお越しになっているので応対お願いできますか?」

「承知した」


 千鶴は短期間の間に銀級まで昇格していた。ルカサカの特質上、海の上、船での護衛も多く。海の魔物は地上の魔物に比べ対応が一味も二味も困難なものとなるが大型と見られるシーサーペントもトライデントを持ったマーマンも一太刀にて斬り伏せた。勤勉な性格なため討伐も座学も苦とせず、また初日の大立ち回りも含め住人からの人気も高い。昇格の速さは必然だった。そんな千鶴への指名依頼は多い。金級にも手が届きそうだ。


 天夜叉も冒険者に登録している筈、その所在をギルドに問うたが、冒険者の情報は信頼が厚く、かなり実績を必要とされるアダマンタイト以上にしか提示できない。言伝はできるが天夜叉の事だ、返答は無いだろう。だからランクを上げつつ魔法を学べる場所の詮索をする事で天夜叉に近づけるだろうと読んでいた。




「立花千鶴。お呼びにより参上仕りました」

「どうぞ、お入りくださいませ」

『依頼主は女性か』


 応接室の扉をノックし名乗りを挙げると、中から風鈴が鳴るようで優しい声色で返事がくる。心の中で当たりをつけ、そして静かに扉を開けて入ろうとした千鶴であったが…


『で、でかいっ!さすがは異大陸。大和とは規模が違う』


 中へ入ろうとした千鶴の目線の先、白い修道服に身を包む妙齢の女が立っていた。千鶴が怯み中へ入らず立ち尽くした原因。それはその女の胸にあった。あまりに大きい。仕立ての良い高級な生地であろう絹が押し上げられまた流れ落ちている。


「ふふっ。どうされましたか?お座りくださって結構ですよ。千鶴殿」

「あ、ああ。かたじけない失礼した」


 2人同時に座るがまたしても千鶴は衝撃に身を固める。なんという事か。馬鹿な。乳房が机に乗り所狭しとしているではないか。それに今まで男どもの下衆な視線を斬って捨ててきた自分がここまで釘付けにされるなど己を恥じるばかりだが、いやしかし。


「ふふ。慣れたものですからお気になさらず」

「あ、いや重ね重ね失礼した!」


 驚愕に目を見開き、そして悔いるような顔に変わり、そしてしかめる千鶴の多面相に察したのか気遣う女。


「申し遅れました。私"マリリア"と申します

貴女には護衛の依頼をお願い致したくお呼びつけしてしまいましたの」


 千鶴は改めて先の立ち姿を瞬時に思い出す。首には自分と同じ銀級のプレート。白い修道服ではあるがスリットが入っていてそこから覗く脚は鍛えられていた。ただの尼ではないのは明白。


「失礼ながら、ご同業の様子、訳ありであれば同ランクの私より上のランクに依頼された方がご安心になられるのではありませんか?仕立ての良い服依頼料に困るとは思えません」


 千鶴は遠回しに何故自分なのかを問うた。


「ご明察です。私が抱える訳をお話し致しますのでそれからご判断を。私はとある宗派に身を追われています。信じる神の違い、治癒魔法その対価を巡る争いなどが原因です。それにこの身体では殿方を刺激してしまい、高ランクと言えど、いえ。高ランクの方ほど信頼が置けません。そこで活躍する貴女の存在を知り頼りにしました。腕も銀級に留まるお方ではないとお見受け致します」

「成程。貴女が信じる神とは?」

「私は私のみが信じる神を頂いております故、他の宗教とは折り合いが悪く。ですが和人の方に聞きました。侍の国では八百万と言って小さきものから何にでも神は宿っており、そういった環境で育った皆様は寛容なのだと」

「ええ。私もそのように教えられました、そして人やその他も信仰を集める事で神格を得て神に至るのだと」

「ええ。現存している神もまた多く居ます。唯一の神など居ませんのに。それでも宗教の正を巡る争いは無くなりません」

「それとマリリア殿は治癒だけではなく近接に特化していますね?」

「ええ。メイスを振るうのが得意です。この腕輪はご存じでしょうか?」

「ウェポンリングでしたか」

「そうです。闘えますが最近追っ手の数が少々増えているので1人では心許ないのです」

「成程…。」

「報酬は前金にこちら、そして私の治癒魔法で得た利益その7割を、そして私が身を寄せてもいいと思える場所が見つかるまで千鶴殿のお供に加えてくださりませんか?」

「それはいささか破格では?」

「追っ手を交わすのに移動の手段に宿も拘らなければならないでしょう。その分を加味しての金額です」

「ふむ」


 マリリアが金貨の詰まった皮袋を置いた。千鶴は問答を経て思案する。


 報酬は破格、自身と同じプレート。すなわち観測魔法が込められた魔石付きのプレート。これは銀級以降で大金を払う事で付与できる特権である。光景を記録でき、ギルドではどこまでの範囲を見せるか自身で決め、その光景を写す事ができる優れもの。討伐、罪の有無など証明の手段、決め手となる。

マリリアの正邪の判断は事後でも対処可能となれば身の上も同情に至る。とすればこちらの都合を相手が呑めるか。


「マリリア殿。お受け致したく、ですが手前は探し人がある身故、旅の足取りはこちらに揃えて頂きたいのです。見つかればその方に随行しますれば、それまでの護衛となりましょう。如何か?」

「ええ。勿論構いません。よろしくお願い致しますわ」


 立ち上がり握手を交わす2人。伸ばした手に押し退けられ所狭しとするたわわな実。柔らかな手。清涼ないい匂い。鈴らかな声。同じ性でありながら、ああ…自分とは何もかも違う。これは殿方ども待ったなしも頷ける。向かう先は何処か



 こうして千鶴にも新たな共が出来た。旅は次の街レガソンに向け進み出す。ルカサカの住人やギルマスに、新人講習で共にした同期達、マリリアの熱狂的なファンに見送られルカサカを出る2人。街が見えなくなるまで進んだ街道にてローブを被り武器を掲げる集団が馬に乗り向かってくる。コールと唱えメイスを握るマリリアにスゥーっと息を深く吸い込み声を上げる千鶴。


「申し訳ありません千鶴殿、さっそくルカサカに潜伏していた追っ手が来たようです」

「直ちに止まりなさい。それ以上は敵対と見做す!………忠告はしたぞ!!!」


千鶴は手を地につけ足を張り伸ばし四つ這いになる


「雷虎一閃」


 身体に紫電を纏い始めた千鶴に雷の虎が幻影となって重なると一瞬にして千鶴が後方に消え、抜き身の大太刀が地と水平に浮かぶ。助走を得た雷虎が大太刀を咥え、そして横薙ぎの一閃が解き放たれた。払われた斬撃の閃きはバチバチと紫電を纏い集団全てを巻き込み通り抜けた。生きている者は皆無であろうその光景。


 "雷虎一閃"この技はルカサカに大群となり押し寄せたハンマークラブを一網打尽にし、千鶴を銀級へと押し上げたのであった。


「ふふふ。凄まじいですね千鶴殿。願いを捧げたその瞬間に果たされる。とても良い気分です♪」

「依頼主殿の御希望に添えられ本望ですともマリリア殿」


 


見目麗しい女2人旅…見た者は顔を赤らめ、曲り間違え手を出せば地面に真っ赤な花が咲く。どこまでも赤に彩られた道になろうや。

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