第12話 武者震い
宿屋に戻ったキルシュは装備を整備しながら今を振り返っていた。丸盾の傷や汚れを拭き取り樹脂と油が練り込まれた布で、できた傷を埋める。この盾もだいぶ馴染んできた。
鍛冶屋の息子キルシュ
幼少期の遊びは魔物図鑑と使い古された装備を見比べ、どんな魔物につけられた傷かと想像するのが楽しかった。父のマルシュはそんな息子を想い行商に出たおり廃棄寸前のお古を冒険者から集めては持ち帰っていた。
たまに村付近に出る魔物。直に見る魔物は殺気に溢れ怖かったが盾を持つと勇気が出てくる気がした。そしてだんだんと魔物との距離を近づけていった。訪れる冒険者に稽古をよくつけて貰っていたキルシュ少年も今や銀級間近の青年へと成長している。
戦士の銀級への昇格条件は日々冒険者達を観察していた結果、恐らく武技を使いこなせるかどうか。それも天夜叉との組み手で発露の兆しが見えている。ただならぬ敵により強く攻める力、より硬く守る術。先ほどの稽古を心で復習する。
「そういやよー盗賊の頭目をぶった斬った斬撃凄かったよな。なんか普通のとは違う気迫を感じたぜ」
「大上段は攻め型の華だからな」
「ああ。まぁ上から下へと体重が乗りきるから強いってのはわかんだけどな。どうも自分でやってみて夜之介のと比べるとしっくりこねぇんだよ」
「ふむ。キリシュ構えてみろ」
キリシュは投げ渡された棒を上段に構えながら右足を一歩前へ。
「うん。肘だな。窮屈に感じるまで伸ばしきれ。さらに…」
天夜叉はキリシュの上段に構えられた棒を刀の柄でキリシュの後ろ方向へと背が反るまで押した。
「うぐぐっ」
身体に負荷がかかっているのか苦しそうだ。
「戻りたいか?!キルシュ!!
「なっ…ぐっ」
「どうだ!身体が戻りたがっているだろうっ!だがまだだ!」
急なテンションの変わりように驚くも身体がキツく反応できないキルシュ。
「よし!斬れ!」
この時キルシュは心の中でストンと何かが落ちた気がした。
「バネを作ってるのか…」
肘を曲げたままの場合と肘を伸ばしたのを交互に試しながらつぶやく。
「バネ?まぁ"強撃には弓成り"だ。しならせ戻りたいという力を乗せる。まぁこれも数ある乗せる力の一つにしか過ぎないが。それに肘を伸ばす理由もまだある。斬るべきものと刃がぶつかった時、たわみがあると力が逸れるし弾きを許す。"脇が甘い"に繋がる」
「うん。ああ!」
一度は思案し次に納得の頷きを見せた。素直な少年のように戻ったかと思えば逞しさが見える言葉で紡ぐ表すキルシュ。
「数ある力。どれ…いくつ乗せれるか」
天夜叉は遊びに行く子どものような笑みを浮かべ刀を抜き大上段に構える。
やや半身から一歩を滑るように踏み出す。その一歩はキルシュに比べるとかなり大きい。後ろに置かれた脚は地に着きそうなほど。上体が反られ風が引き裂かれる。そしてまた大上段の形に戻ると同時、後ろ脚が前脚に着いていくようにしてやや半身の姿勢に戻る。
都度、三連して大上段から兜割りが放たれた。振るわれる度に威力の段階が上がるようにして音が変わった。
「あ。足の爪…」
「む。キルシュ、かなり観の目があるな!」
前の足の鉤爪が地を噛み身体を引きつけながら後ろ足の鉤爪が身体を強く送り出す。摺り足で戻る後ろ足親指はわずか浮いているのを見逃さなかったキルシュ。先の指導では肘や反る事の指導をもらってて今。普通はそこに注視するだろう。だが天夜叉の"幾つ乗せれるか"その言葉に全体を注視しなければと気負うた。
「いやぁー。一振りにこんだけ詰まってるんだ。技ってのは奥が深い事を今知ったよ」
「ああ。俺もまだ知らぬ事ばかり、見つけるのと出来るようになる事。楽しいぞ?」
"魔力は記憶を有する"
己に内包する魔力が外の魔力に触れた時。君の目を通して見知った時。強く願う君を手助けしてくれるであろう。私の願いもまたしかり。かつて世界を荒々しく駆け抜けたであろう魔力。その記憶を探している。
古の魔術師アーロン著書より
キルシュはギルドから借りてきた本を閉じた。あの技、業というべきか。それに闘気が合わさった時、その姿を想像して身が震えた。そらは紛れもなく武者震い。
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