第4話 鬼舞

 屋台が立ち並ぶ場所の一つ。蕎麦屋"一平ちゃん"に天夜叉は居た。なんせこの蕎麦屋、とにかく美味い。それは祭りの主役、天夜叉が居着くほどに。すでに十杯のどんぶりが手前に重ねられていた。一押しは鴨蕎麦である。


 蕎麦粉十割の手打ち。少し苦味を感じるが、甘めの梅雨が程良く感じる。喉越しがただでさえ滑らかなのに、鴨肉から出た脂が加速させるのだ。甘さの仕事をしてるのは、きっとこの脂に違いない。ずるずるずるずると啜り梅雨を飲む。ぷはぁーっと満足げな息を吐く。


満足?


断じて否。この!にわか者めっ!


果てには更に果てがある。




ネギである。辛い長ネギ……


梅雨の甘さに飽きが訪れる頃、この長ネギをキュリッと噛めば、辛味が口の中、甘みを片っ端から切り捨ててゆく。そして鼻から香りと一緒に去っていくのだ。


なんという事だ……先の満足を百とすれば たった今、限界のその先。百二十。


そして零。またあの甘味が恋しくなる。



 天夜叉は十二杯目を頼んだ。



_____________


和太鼓並ぶお立ち台の上、叩くは只人ただびと.蛙人かえるびと.鉱工人あらがねびと.獣人もふ人・芝。四つの種族いずれも筋骨隆々、一人ふさふさ


ふんどし一丁の姿が勇ましい。


ドンッ!ドンッ!ドンダカッカッカー


 脚は名一杯広がりお立ち台を踏み締め、太鼓を叩く腕はしなり、とても力強い。


 ひとしきり太鼓が響いた後、一際大きくドドンッと鳴り終えた。


「「「上様のぉおー御成ぁあーりー」」」


大衆たいしゅうは、わぁあー!っと歓声を上げてキョロキョロと大国主が乗っているであろう煌びやかな駕籠を探す。しかし幾度待てども現れない。ザワザワとし始めた頃、唐突に天から淡い光がお立ち台へと差した。

そして光がボワッと煌めき大衆は目を細める。なんと瞬いて見えた先には大国主が仁王立ちしていた。"白地に八百万やおよろずの金の刺繍が入った衣冠いかん"と呼ばれる衣。その姿は先の光よりも煌びやかだ。まさに絢爛けんらん



みなぁあー!ぞ!!!」


 両拳を天高く突き上げた大国主の声が空を震わせ、大衆は凄いものを見たとばかりに「おぉーー」っと嘆息を漏らした。


「この後に天夜叉による鬼舞が控えてるでな!奴ばかりが目立っては国を盗られかねん!派手に登場してみたぞ!もし奴めに盗られれば、大和が1日で滅びかねん!」


 ドッと笑いが起き、大国主はにひるな笑みを浮かべる


「野暮な話はせんっ!我が民達よ!存分に呑んで食って、そしてうたえ!!!」


 今日一番の歓声が上がった。


 大衆が時を忘れお祭り騒ぎに夢中になっていると日が沈み始めた。そして再び太鼓が鳴り始めゾロゾロとお立ち台近くに集まっていく。鬼舞の頃合いの合図である


「これ天夜叉ぁあーどこぞにあるかぁー?!皆が待ち侘びておるぞぉおー!」


お立ち台の最寄り席、大国主が主役である天夜叉の所在を問えば、お立ち台近く一軒の屋台から片手の拳を掲げ天夜叉がここだー!と答える。もう片手には蕎麦のどんぶり。大国主の衣と相反するように天夜叉は"黒地に金や赤の神楽衣装"とても厳かな見目みめなのだが蕎麦片手に片足を膝に乗せ拳を掲げてる姿はなんとも言えない。


 「よっ!ほっ!ちょいとごめんよっ」


天夜叉が人混みを縫うように又は人の肩に手をかけ空へと舞うように進んでいく。偉丈夫には頭を踏み台にしてしまう始末だ。大衆の目線は天夜叉を追ってるうちに屋台からお立ち台へと移った。


「待たせた!これからしばしの別れになる!今まで皆んなには世話になったから今宵の鬼舞は全霊を込める。しかと見届けてくれ!」


"てやんでぇっ!世話になったのは俺らの方さ!"

"お店で物を買ったらお金を払うんだよー"

"どうか!どうか!もう一手御指南くだせぇ!"

"そっちでも蕎麦食えるよう弟子育てらぁ!待っときんさいな!"

"わんっ!わんわん!わふっ!わんわんっ"

"この怨み晴さ………"

"あたいも一緒に連れてってぇ〜!"


 天夜叉は大衆の声を聞き顔を見て思う。

人の活気に充てられること。なんと心地の良き事か。されど、人と鬼の|性「サガ」を合わせ持つ己。何を思われるかはおいといて、ありのままの己を示さねば、真摯に向き合う事はできぬのだ。それも皆んなからの習い事。



 いざ………


 一の演目/降三世こうざんぜ真断まだちの諸相。


天夜叉が大衆の顔を見渡し終え、懐から扇子を右手に持ち、鬼の頬面を取り出し口にあてがった。


 大衆は変わった雰囲気にあれ?と思う。先ほどまでのひょうきんな姿と違い今は黒地に金と赤。その色彩がおどろおどろしい。


 黒子が現れ神楽衣装に大小様々な鈴を頭、手首、肘、、腰、膝、足首とシャンシャン鳴らし、くくりつけていく。

 

 ドンドンドンッ


 天夜叉が半身をとる。右脚は大きく一杯前、その膝に右肘をつく、左の掌は名一杯開かれ後方高く、そして睨みをきかす。


 ドドンッ


 太鼓は響くが鈴は一切鳴らない。


 次に半身を入れ替えるように左足を一歩前、そして右脚を浮かせる。左手は前下方。右手は天高く扇子がバッ!っと開かれ銀の装飾が光を浴びてギラリと煌めき閉じられた。その諸相は敵を定め、渾身の一太刀にて屠る気概が見て取れる。どの動作も流れるように美しく極めて静か。


 その一太刀が振り下ろされる瞬間を見逃すまいと誰もが緊張を走らせる。太鼓はまるで

心拍を煽るように、やがて完全に心音と一致した。


ド…ド…ド…ドドン、ドン、ドン、ドドドドン


 役目を終えた太鼓が止み静寂が訪れた瞬間

 

浮いていた右脚が前に、大地を踏み締め

敵を定めてた左手は振り上げられた扇子に添えられ

腰は大地近く、沈められ

振り下ろされる扇子はバッと開かれ又煌めく


 『『『『『『『シャンッ』』』』』』』


この全てが一の動作で完結していた。


 見ているすべての者が、『あっ…斬られた』と思った。


 この後、全ての演目が行われた。


「おっかちゃん…どうして天夜叉様の鈴はうるさくないの?」


「それは長い事、心も身体も鍛えられたのよ

。とても難しいの。だから武家の皆様も町民もあのお姿に憧れて練習しているのよ」


「オラもがんばるっ!」



恐れられる事を受け入れていた天夜叉をよそに、親子の会話はほがらかだ。


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