第9話 廃坑の闇から湧き出すモノ
「わ、ちょっと想像してたのと違う……」
高さ、横幅ともに二から二・五メートル程に掘られた横穴は、つい最近まで鉱山としての役割を果たしていたのではと思わせる程に綺麗な状態だった。
廃坑だけに、もっとこう……荒れ果てた様相を私は想像していたから。
「中は結構肌寒いね」
「日の当たらない坑道ですから」
上から滴り落ちてくる水滴に、どこからともなく吹き込んでくる冷たい風。
鉱山内のヒンヤリとした独特な空気を感じながら、私は鬼火の灯りを頼りに奥へと進んでいく。
「どっち?」
「右です」
鉱山内は複雑に入り組んでおり、途中何カ所も分かれ道があった。だが、引き続き匣に異形の匂いを辿ってもらい、何とか迷わずに済んでいる。
この匣、人を思いやる優しさの欠片もないが、仕事は出来る匣なのだ。
「ん?」
そうしてしばらく歩いていると、通路の先の方から何やら低い音が壁に反響しながら聞こえてきた。私はそれに耳を傾ける。
「なんだろ? 人の声みたいに聞こえるけど……?」
その不気味な音は、暗闇の
「ま、まさか、本当に落盤事故の犠牲者の声が……」
「いえ、ただの風の音かと」
ビビリな私の反応とは逆に、匣は淡々と冷静に答えた。
「コホン……そうね。私もそう思っていたところ……」
「シッ、カイリ。風とは違う音がします」
匣の言葉に、私は通路の壁を背にして辺りを窺う。確かに、カサカサと言う音を立てながら何かがこちらへと向かってくる気配があった。
ひとつ? いや、ふたつ……ううん、みっつ以上の音と気配。
「もしかして、囲まれてる?」
「はい、恐らくは。先に仕掛けますか?」
「待って、相手の正体を確かめたい。一応、準備だけはしといて」
カサカサという音が近づいてきているのは確かなのだが、その姿は一向に見当たらない。音と気配から察するに、すでにすぐそこまで来ているはずなのだが……
「上です」
匣がそう言った直後、灯りの範囲外から何かが飛び掛かってきた。
「くっ、なに?!」
突然の上からの襲撃に、私は斜め前方へと転がって避ける。
そして、その正体を確認しようと顔を上げた。
「え? ちょ、蜘蛛!? デカっ!」
なんと、人の頭ほどはある大きな蜘蛛が、私の顔を目掛けて襲ってきたのだ。
私はすぐさまに腰の短刀を抜いて逆手に構えると、匣に妖術の使用を呼び掛けた。
「ハコち! 鬼火をいっぱいお願い!」
「ええ」
私の腰にぶら下がる匣が『鬼火』と唱えると、無数の青白い炎が宙に浮かぶ様に現れた。明かりが増えた事で周囲を照らす範囲が広がり、闇に潜んでいた蜘蛛たちの姿が一気に浮かび上がる。
通路の前も後ろも、辺り一面蜘蛛だらけだった。
「いやいやいや、多過ぎ! ジャンジャン当てちゃって!」
「了解」
フワフワと浮遊していた青白い炎は、意志を持つかの様に勢いよく次々と蜘蛛達へと向かって飛んでいく。
「ギシャァァァァァァァァァ!」
鬼火が直撃した蜘蛛達は、気味の悪い断末魔を上げながら次々とひっくり返る。
そうして、藻掻き苦しむ様に手足をバタつかせたまま、青白い炎に燃やし尽くされると、跡形も無く消え去っていった。
辺り一帯に、焦げ臭い匂いだけを残して。
「ゴホ、ゴホッ! 最悪! こんな狭い場所で蜘蛛を燃やし続けてたら、臭いだけじゃなくて、酸素もなくなっちゃう!」
次から次に通路の奥から湧き出てくる子蜘蛛たち。
いつまでもこの場所で相手していても、埒が明かない。そう判断した私は、開けた場所か奥を目指そうと考えた。
「このままじゃキリがないし、ハコち、奥を目指して突っ走ろう!」
その考えに匣も賛同してくれる。
「そうですね。前後を塞がれ、挟撃してくる蜘蛛を相手に立ち回るにはこの場は不利です。奥へと進んで、追いかけて来たところを一網打尽にしましょう」
匣の返事に頷いて、私は一時的に走力を上げる『幻影流体術・
すると、瞬く間に体中が熱くなり、妖力が全身を駆け巡っていくのを感じた。
「前方よろしく!」
「了解」
そうして、道を塞ぐ蜘蛛を匣の鬼火で蹴散らしてもらい、私は奥へと向かって走り出した。体内に
「次はどっち!?」
「左です」
薄暗い通路を、匣の案内通りに私は必死に走り抜けていた、その時。
「あっ!」
「あ」
突然、腰の道具袋と結んでいた匣のヒモが千切れて、落下しながら後方へとコロコロと転がっていった。
「ととと! 待って、待ってよ!」
私はすぐさまに後ろを振り返り、音を鳴らしながら右に左へと転がる匣を拾おうと手を伸ばす……が、蜘蛛の大群が通路だけではなく、壁や天井までも這いながら、すぐそこまで追いかけてきていた。
「ひぇぇぇぇ! 気持ち悪い!」
『鬼火』
追いかけてくる蜘蛛達が鬼火に怯んだ隙に、私はようやく止まった匣を拾い上げて再び全力で走り出した。
「千切れるタイミング悪過ぎ!」
「お手数をおかけします」
落とさない様に匣を懐に入れると、後ろを振り返らずに奥を目指して突っ走った。
「この匂い……」
奥に進めば進むほどに、空気が淀み異臭が強くなってくる。
匣どころか、人の私でさえ分かるぐらいに異形の気配を強く感じた。
「あれ! あの壁の向こう!」
「はい、あそこがゴールみたいですね」
通路の突き当りの崩れた壁に、大量の蜘蛛の糸が隙間なく張り巡らされていた。
「遠慮なく焼いちゃって!」
「わかっています」
塞いでいた蜘蛛の糸に向かって匣が鬼火を放つと、糸はボワッと燃えあがり、あっという間に灰と化していく。
そうして出来た入り口へ、私は転がるように飛び込んだ。
「ハコち!
通路より狭い入り口を通ろうと、一斉に押し寄せて来る蜘蛛の大群。
そこへ、匣は最大火力の『鬼火』を唱えた。
「ギシャァァァァァァァァァァァァァァ!」
「キュルオォォォォォォォォォォォォォ!」
穴から入ってこようとする蜘蛛達は、私を追いかけて来た勢いを止められずに、次々と鬼火の餌食になっていく。奴らは自ら炎に身を投じていた。
「ふぅ~、お見事。まさに、一網打尽ね」
絶えず燃料が勝手に投下され、青白い炎は轟々とその勢いを増していく。
「ええ、これでかなりの数を駆除できたはずです」
火を嫌って散らばる様に逃げていく蜘蛛達。
それを見届けた私は、一息ついてから顔を上げた。
決して油断してはならない。すぐそこに、今回の元凶が居るのだから。
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