第8話 骸山の廃坑
「どうやら、骸山方面へと消えて行ったみたいだけど、あっちの方角って鉱山跡がある場所じゃない?」
「はい、その様に記憶しています」
私はふと、以前に聞いた事があった骸山の廃坑の事を思い出していた。
誰も近寄らない廃坑なんて、陰湿な異形が身を隠すにはうってつけの場所だ。だから、もしかしたらそこへと向かったのではないか、と私は考えた。
「鬼が出るか、蛇が出るか……」
そう呟き、骸山を見る。
私は、未だに太右衛門の真意が分からずにいた。
彼は一体何を隠していたのだろうか。それに突然私たちの前から消えた理由。あれは自ら逃げたのか、それとも何者かに攫われたのか。
ただ、ここでジッとしていても答えは見つからない。罠の可能性も大いに有り得るが『虎穴に入らずんば、虎子を得ず』とも言う。
「ともかく、追っかけよう。ハコち、灯りをお願い」
「了解」
匣が『鬼火』と唱えると、私の頭上辺りに青白い人魂の様な灯りがほわっと浮かび上がった。
本来ならば、鬼火は相手を攻撃する為に使用する火の妖術なのだが、最小限の威力に抑えて放出し続ける事で、夜間や暗がりの灯りとして利用している。
で、その妖術と言うのは、私たち人間や異形のモノが発する異能の事で、ありとあらゆる力が存在している。
匣が使用した鬼火の様な火はもちろん、水、風、土、光等の自然的な物から、人知では理解出来ない不可思議な術まである。妖術には得手不得手があり、私はそう言った類の物は使えない。
そして妖力とは、妖術を使う際に必要とする燃料の様なモノである。
原理などはよくわからないが、生命維持や体を動かす為の体内エネルギーを変換する事で、妖力というエネルギーを生み出しているらしい。
もちろん、それは私も獲得している技だ。
変換する事もだが、妖力をコントロールしたり使用するには、やはり厳しい訓練や修行が必要である。しかし、自由自在にコントロールできる様になれば、後は『この力を使用する』と意識を集中することで、妖力は色々な形を成して発現してくれる。
私が師匠より学んだ幻影流体術は、この妖力を利用して主に自身や物質を強化したりすることに特化した武術である。
ちなみに、以前に竹林で蜥蜴に向かって投げたクナイにも妖力を込めたが、あれはクナイの強化と空気抵抗を下げる為のものだ。
そんな感じでとても便利なエネルギーではあるが、何も考えずに使い過ぎると枯渇してしまい、しばらく
そんな時は、体を休めたり食事をしたりと休憩する事で、再び使用できるようになるわけだが、なるべくそうならない様にペース配分を考えなくてはならない。
まぁ、頭を使いなさいよって事ね。
「んじゃ、残り香を追っての道案内もよろしくね、ハコち」
「匣使いの荒い人です」
「まぁまぁ、それだけ頼りにしてるってことだよ。さぁ、行こ行こ」
私は嫌味を言う匣を宥めながら、骸山へと消えた太右衛門の後を追いかけた。
◇◆◇◆
──数時間後。
真っ暗な山道を駆け抜けて、私と匣はようやく廃坑前へと来ていた。
「はぁ、疲れたぁ……整備されていない悪路のせいで、もうヘトヘト……でも、予想通りに異形の匂いは廃坑まで続いていたね」
「はい。異形の残り香は、さらに廃坑の奥へと続いています」
「うぃ、りょーかい」
私が生まれるよりもずっと昔、この骸山は金が採れる鉱山として、とても賑わっていたのだと言う。
しかしある日のこと、鉱山内で大変な落盤事故が発生して、多くの犠牲者が出てしまったそうだ。未だその原因は不明で、当時も山の神様の怒りに触れたのだとか祟りだとかで、それもう大騒ぎだったらしい。
それからと言うもの、鉱山奥から夜な夜な落盤事故で死亡した者達の藻掻き苦しむ声が聞こえてくると噂が広まり、恐れた人々は山自体に近寄らなくなっていった。
その後は政府の手によって鉱山は封鎖され、今では荒れ放題となっている……と、前に師匠から話を聞いた事があった。
『でるらしいぞ?』
『何が?』
『幽霊が』
そんな風に、如何にも恐ろし気に師匠が言ってくるので、私は『くだらないです』とだけ言い返した……体を小刻みに震わせながら。
だって、異形は倒せるからいいけど、怨念の類とかは倒せないし……怖いよ。
まぁ、それは良いとして。
「おチエさんやジンタくんは無事かな」
「そうですね……太右衛門の話によれば、昨日の朝から母子ともに姿を見ないとの事ですが、恐らくはもう死んでいるかと思われます」
「あんた、結論早くない?」
つい先日、似た様なやりとりをした覚えがあると私は感じていた。
これが
「てか、早々に決めつけないでよ。この前もそう言って、お香ちゃんは無事だったでしょ。私はまだ諦めてないから。みんな無事に決まってるし……千里だって」
「ですが、一連の行方不明事件が異形の仕業と仮定するのなら、生存している確率は
「それも言った!
「カイリ、わたくしは現実的な物の見方で話しているのですが?」
「はぁ、もういいから……ホント、あんたなんかに思いやりを求める方が間違ってたわよ、ったく」
気遣いなんて全くする気の無い匣はシカトして、私は岩肌をくり抜いたかの様な廃坑の入り口前へと近づいた。
鬼火の灯りで出入り口の辺りを照らすと、そこには採掘に使用したと思われる道具が乱雑に放置されて散らかり放題だった。それに、中へと立ち入らぬように塞いでいた木の板も、大きな金槌で叩き壊したかの様に派手に壊されている。
「人間の手によるものか、それとも……」
とりあえず周辺の気配を探った後、簡単に廃坑内の気配も探ってみる。
「気配は……流石にここからじゃよくわからないね。なんかウジャウジャいるみたいな感じはするけど、ハッキリとしないみたい」
「そうですね。自分の分身を利用して、上手く気配を誤魔化している様ですから」
「中々に賢い奴か、もしくは余程の臆病者ね」
そうして、視線の先にある真っ暗な廃坑の奥からは、鼻をつく異様な匂いが漂ってきていた。
「微かだけど、変な匂いがする。甘くて、焼いて溶かしたような……これって、離れ座敷で嗅いだ匂いに似てるね」
「ええ、同じです。もし、相手が蜘蛛の異形であるのなら、食事をする際に体外消化を行うのかもしれません。ですから、その匂いではないですか?」
「やけに詳しいわね……まぁ、いいや。とにかく、先に消化液でエサを溶かしてから食べるってこと?」
「そうですね。蜘蛛の糸で
「……ゾっとしないわね。もういいよ、その話は」
「でも、相手は虫の蜘蛛ではないですからね。もしかしたら、そのまま頭からカブりついて……」
「だから、もういいって!」
要らない話を続ける匣を𠮟りつけ、私は軽く頬を叩いて気を引き締め直した。
「はぁ……んじゃ、中は一体どうなっているのかしら?」
十分に警戒しながら、私は真っ暗闇の廃坑内へと足を踏み入れた。
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