嗚呼! 胡散臭い!

崔 梨遙(再)

1話完結:3500字

 きっかけは、忘年会だった。


 日向(ひゅうが)は二十五歳の男性、広告代理店の営業マン。真亜美は三十八歳、日向の会社のテレフォンアポインター。ちなみに、日向は一七二cmの六三kg、ちょっと筋肉質、更に肌はスベスベ。(後で知ったらしいが)真亜美は一六三cm、スリーサイズは八十九、六十三、八十八、美人ではないが、色気があると社内で評判。髪は目立たない程度の茶髪でセミロングだった。顔が小さいので、実際の身長よりも背が高く見えた。

 

 金曜日の忘年会、たわいもない雑談で、日向は社長に話しかけられた。


「日向君、君は確かバツイチだったよね?」

「はい、23歳で結婚しました」

「離婚は何歳?」

「二十四歳です」

「そろそろショックから立ち直った?」

「はい、ぼちぼち。ですが、まだ女性は怖いですね。特に結婚は怖いです」

「子供はいないんだよね?」

「はい」

「うちの会社に来て、そろそろ落ち着いたかな?」

「はい、おかげ様で」

「じゃあ、子供は欲しいんじゃないの?」

「はい、子供は欲しいですね」


 その時、すぐ横から声がした。


「あら、良かったら、私が産もうかしら」


真亜美だった。


「じゃあ、お願いします」


日向は微笑みながら答えた。

その後、すぐに別の話題になったが、日向は真亜美の言葉を忘れなかった。

 

 解散の時、皆が店の外に出る際、日向は名刺に自分個人の(営業用じゃない)電話番号を書いて真亜美に渡した。名刺には、社用の携帯番号しか記載されていないからだった。


「え?どうして?」


 真亜美は一瞬、驚いたようだったが、


「僕の子供を産んでもらわないといけないので」


と、日向は笑って誤魔化した。すると、真亜美も笑って受け取ってくれた。


「気が向いたら、電話ください」


 その日はそれで終わったが、日向は満足していた。今の会社に転職してきた時から、真亜美のことはずっと気になっていたのだが、きっかけがなくて話すことが出来なかったからだ。あの会話が、良い結果になってくれたらいい。後は、電話がかかってくるのを待った。

 

 電話は翌日の土曜日にかかってきた。正直、日向は嬉しかった。時計を見ると朝の十時だった。日向は、その電話で目が覚めた。


「早速電話してしまったけど、いい?」

「嬉しいです。どうかしましたか?」

「土曜日だから仕事はないけど、主人が朝からゴルフに行ってしまって暇なの」

「そうなんですか、じゃあ、会いませんか?」

「いいの?」

「どこかに遊びに行きましょうよ」

「じゃあ、ドライブがしたい」

「じゃあ、待ち合わせしましょう」


 日向達は時間や場所を決めて待ち合わせた。


 駅前。県で一番大きい駅。


 日向は車を駅のロータリーに停めて少し待った。すぐに彼女は来た。黒のコート、黒のスカート、黒のヒール、インナーは白いハイネック、ネックレスでアクセントをつけていた。スラリとして格好良かった。


「遅くなって、ごめんなさい」


 言いながら、真亜美は車に乗り込んできて、助手席のシートに座った。距離が近い、心地よい香がした。


「いえ、今来たところです。さて、どこにいきましょうか?」

「私、海を見に行きたい」

「OKです、じゃあ、海へいきましょう」


 日向は車を走らせ始めた。正直、この時点で心の中は下心でいっぱいだった。(絶対にこのチャンスを逃さない!)そう決めていた。


 海まで、いろんな話をした。真亜美の旦那様は家にいないことが多く、何年も前から浮気をしていて、それを知ってはいるが、子供のために離婚せずに、浮気に気付かないフリをしているとのことだった。


「じゃあ、旦那様は浮気がバレていないと思っているんですか?」

「そうなの、私はずっと冷めた生活を続けているのよ。どう思う?」

「谷崎(真亜美の苗字)さんも浮気したらいいんじゃないですか?」

「そうねえ・・・」


 真亜美の横顔が寂しそうだった。日向は真亜美を抱き締めたいという衝動を必死で抑えた。


「日向君は優しいね」

「谷崎さんには」

「私だけ?」

「はい、谷崎さんだけ特別です」

「嘘でも嬉しいわ」

「嘘ではありませんが……」

「じゃあ、私のことは真亜美と呼んでね」

「本当ですか? 僕は以前からあなたを真亜美と呼んでみたかったんです。嬉しいなぁ」


 冬で寒いが、車の中は暖かく穏やかな空気に包まれていた。


 レストランで、海を見ながら食事をした。


日向は運転があるので飲まなかったが、真亜美にはワインを出来るだけ飲ませた。


「日向君は、どこに行きたい?」


 日向は迷わずに答えた。


「ホテル!」

「まあ、ストレートね」

「すみません、自分に正直なんです」

「ホテルかぁ、どうしようかなぁ」


 酒でうっとりした目で、真亜美は少し考えていた。


「今なら、お酒のせいに出来ますよ」

「日向君となら、それもいいかもね」

「真亜美さんには、僕の子供を産んでもらわないといけませんしね」


 そこで真亜美は少し笑った。


「子作りは、まだ無しよ」

「それで充分です」

「じゃあ、行こうか?」

「はい、行きましょう」


 席から立つ時に、真亜美が少しよろけたので、日向は受け止めて抱き締めた。真亜子がよろけたのが酒のせいなのか、これからのことを想像して興奮してのことなのか、わからなかった。


 海沿いにホテルがあることは、レストランに入るまでにチェックしていた。建物全体が白く、新しいホテルだった。


 車を停めて、ホテルの中に入った。部屋を選ぶパネルがあるが、土曜日だからか、空室は多くなかった。


「日向君は、どの部屋がいい?」


 真亜美が訊いてきた。


「真亜美さんが、心地よく抱かれてくれる部屋がいいです」


真亜美は少し笑って、部屋を決めた。


 部屋も真っ白な壁と床と天井、ベッドも白い、清々しく清潔感があった。


「いい部屋ね」

「そうですね」


 二人並んでソファーに腰掛けた。すぐに真亜美は、日向の肩に頭をのせてもたれかかってきた。日向は真亜美の髪をゆっくり撫でた。


「酔いましたか?」

「うん、ちょっと、でも大丈夫」

「僕、緊張しています」

「私も」

「入社してから、ずっと真亜美さんを抱きたいと思っていました」

「嘘ばっかり」

「本当ですよ」


 日向は真亜美の額にキスをした。すると真亜子が顔を上げたので、唇にキスをする。すると真亜美が、シャワーを浴びたいと言い出した。日向は一緒に入ろうと提案した。真亜美は少し抵抗したが、すぐに混浴に同意した。


 そして、日向と真亜美は結ばれた。


 それから、日向は真亜美と週に一回はデートをし続けた。

 三ヶ月くらい経った頃、真亜美がしばらく暗かった時期があった。


「暗いね、何かあった?」


と訊いても、


「なんでもない」


としか答えない。


 日向は真亜美のことが心配だった。

 

 そんなある日、真亜美が久しぶりに明るい笑顔で待ち合わせ場所に現れた。何か吹っ切れたようだった。白いボタンシャツにピンクのスカート、相変わらずスタイルがいい。一緒に歩いていても友人に自慢出来るレベルだった。


 抱き合うようになってから、真亜美はますます綺麗に、そして色っぽくなっていた。実年齢より十歳くらい若く見える。

 

 その日は朝から待ち合わせて、二人で屋内プールへ行った。屋内というのは、真亜美が日焼けしたくないと言ったからで、プールをデートの場所に選んだのは日向が真亜美の水着姿を見たかったからだ。それで、屋内プール付のホテルを予約したのだ。


 真亜美の水着は、白のビキニだった。日向達は人目も気にせずイチャイチャし続けた。その日は、初めて真亜美とお泊まりができるということで、いつもより日向も浮かれていた。


 プールから上がると、レストランでランチをしてスグにホテルの部屋に入った。日向は真亜美の水着姿だけで興奮していたので、夜まで待ちきれなかったのだ。

 

 部屋に入ると、清々しい笑顔で真亜美が言った。


「もう避妊はしなくていいから」

「安全日?」

「ううん、危険日」

「え?」

「私、約束を果たすことに決めたの」

「約束って?」

「私、日向の赤ちゃんを産むの」

「マジ?」

「最近、ずっと悩んでいたの」

「何を悩んでいたの?」

「主人が、また新しい女を作ったのよ。しかも、会社の新入社員! 短大卒だからまだ二十歳なのよ」

「本当に? 大変だね、それで?」

「もう、本当に嫌になっちゃって」

「大丈夫?」

「うん、日向の子供を育てるためなら頑張れる」

「でも、発想が極端じゃない? よく考えた?」

「よく考えたわ。主人の稼いだお金で、日向の子供を育てるの。これは主人への復讐でもあるし、私の幸せの為でもあるの」

「でもなぁ」

「私、日向の赤ちゃんが欲しい!」


力強く、迷いの無い言葉。それで日向も腹をくくった。


「それじゃあ、僕の子供を産んでくれ」



以上ですが……。 皆様、この話を信じられますか?







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

嗚呼! 胡散臭い! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る