20

 「あんたを生んでも、ひばりは変わらなかった。……観音通りに立ってたよ。ずっと。」

 俺は、もしかして、と思った。俺の母親が、ずっと観音通りに立っていた重度の男性依存症だったとしたら、もしかして、俺の父親は、この男とは限らないのではないか。

 そう思い到った瞬間に、間髪入れず、父親が言った。

 「俺の子だよ。」

 考えを読み取られているみたいだったけれど、恐怖も嫌悪もなかった。ただ、父親のことを、哀れだと思った。こんなふうに、誰の息子かもわからない俺の存在に縋るしかないくらい、この男の中で母親の存在は不安定なのだろう。同じ施設で育ち、同じ家で暮らしたくせに。

 「じゃあ、なんで俺と寝たの。」

 本当に、自分の血を分けた息子だと思っているのなら、なぜ。

 問いかけると父親は、はじめて動揺を見せた。ぴくりと視線が揺れて、肩の線が強張る。俺は、そのさまをじっと見ていた。

 本当は、この男も、分かってはいるのだろう。俺が、誰の息子かなんて多分、母親当人にすら分かっていなかったことくらい。

 「……ひばりの、息子だから。」

 父親は、声まで動揺していた。微かに揺れ、乱れた声。俺は、その声に欲情した。さっき、父親を抱いていたとき以上に、かもしれない。

 「……母親に、似てたから?」

 欲情を押し殺すと、自分の呼気が妙に熱く感じられた。父親は、少しの躊躇いも見せずに頷いた。

 「似てるよ、あんたは、ひばりに。」

 顔だけだけどね、と、それは自嘲気味に。

 「ひばりは、あんたみたいに思いつめたりする性格じゃなかった。なにも、真剣に考えたり、刃物持ちだしてみたりするような性格じゃ、なかった。」

 顔も知らない母親の姿が、なぜだか脳裏にはっきりと浮かんだ。長く揺れる黒髪と、真っ白い肌。清楚ぶったワンピース姿の、小柄な女。その姿が実際の母親に似ているのか、全然違うのか、確かめる気にはならなかった。少なくとも顔は、俺に似ていたという女。

 「……似てなかったら、寝なかったのかよ。」

 問いかければ、父親はあっさり頷いた。それがごく当たり前のことみたいに。

 俺は、だったらいっそ、全然母親となんか似ていなければよかったと思った。それか、いっそ性格まで似ていればよかったのに、と。真剣に物事を考えたり、思いつめて刃物を持ち出したり、こんな性格になんて、俺だってなりたくはなかった。そして、もしも性格まで似ていれば、ここで父親と暮らす選択肢があったのだろうに、と、思わずにはいられなかった。

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