14
そう、きみは強い子だね、と、きれいな男娼が、低い声で歌うように言った。子、とついていても、そこに俺を子ども扱いするような色はなかった。なんなら、少し大人扱いするような色まであって、俺は意外に思って首を傾げた。自分が全然強くないってことくらい自覚していたし、それくらいのこと、このきれいなひとに見透かされていないはずもないと思った。
「話しても、平気なのかもね、きみなら。」
俺は弾かれたようにきれいな男娼の小さな顔を見上げ、ぶんぶんと何度も頷いた。今を逃したら、きっと、次はない。
「平気です。話してください。」
「……そうだね。」
彼はまた、父親が立つ街灯の下を見透かすような目をした。俺は彼の肩を揺さぶりかけて、慌ててやめた。また、そこに手形をつけてしまったら、自己嫌悪から立ち直れなくなりそうだった。誤魔化すみたいに、言葉を紡ぐ。
「母親が死んでからのこと、全部話してください。全部。」
「まず、それなんだけどね。」
彼が父親から俺へと視線を移す。人の立ち入れない深い森の奥の泉みたいに、しんと澄んだ目をしていて、俺は少し緊張した。
「ひばりさん、死んでないと思うよ。」
「……はい?」
なにを言われているのか、分からなかった。俺は彼の目を見つめ、その真意を探ろうとした。なにか、言葉遊びみたいなことをしているのだろうか。たとえば、父親の心の中で、母親は生き続けている、みたいな。すると彼は、俺の考えを読み取ったみたいで、軽く肩をすくめ、別に比喩の類ではないよ、と言った。
「ほんとに、多分死んではない。いなくなっただけ。探してるんだと思うよ、敬吾さんは。客取るようになったのは、いつからだか知らないけど、ひばりさんの真似してるんだろうね。少しでも、理解したいんだと思うよ。随分、ひばりさんのことを大事にしていたみたいだから。」
なにを言われているのか分からなかった。だって、俺は母親が死んだと思い込んで、もう10年がたつのだ。それが今更、死んでいないと言われたって。
ちょっと待ってください、と言って、それっきりなにも言えなくなってしまった俺を見て、彼は同情するような色を大きな両目に浮かべた。
「死んでくれた方が、話がスムーズに進むってこともあるよね。分かるよ。」
その同情心に満ちた物言いを聞いて、俺は、多分この人も、複雑ないきさつで親を亡くしているのだろうと思い、なんだか少し、気持ちが落ち着いた。一人っきりで宇宙空間に投げ出された、くらい混乱していたのが、一人っきりで地球上空に投げ出された、になったくらいの変化ではあったけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます